ほんとう
ソラが訊いた。
「では、一体何が〈ほんとうのこと〉なのでしょう?
〈ほんとう〉のことに見えることは、すべて偽りで、〈ほんとう〉があったとしても僕たちは決してそれにたどり着くことはない。」
「だけど、〈ほんとう〉ということを、君は何かこころの奥底のどこかで知っている。
人間のこころのなかには、〈ほんとう〉という見えない物差しがある。
だからこそ、偽りを知ることが出来るのだよ。
外見上は同じもののように見えても、本物もあれば偽物もある。
本物のダイヤの指輪と、よく似たおもちゃの指輪があるように。
有名あからとか、みんなが良いというからという理由で、それが本物であるとは限らないし、そうでないからといって本物ではないとは言えぬのだよ。」
「ぼくたちは・・・〈ほんもの〉になれますか?」
「誰だって、皆〈ほんもの〉なのだ。
しかし、まだまだ未完成で、永遠に成長し発展していく余地を残しているがね。
はじめは、形だけでもいいから、続けていくことだ。
大切なのは、小さなことの積み重ねだ。
外側のメッキだけだというかもしれぬ。
しかし、メッキでも塗っているうちに、本当に内側までが〈ほんもの〉になっていくものなのだ。」
ウミは言った。
「〈ほんとうのこと〉は、きっと育てていくものなんじゃないかな・・・。
毎日のなかに出会い続けていくもの。
どこか遠いところに見つけるものではなくて・・・。
わたしたちの間の中に、〈ほんとうのこと〉は生まれ、そして、成長していく。
だから、ゆっくりでもいい。
ていねいに丁寧に、回り道をしていってもいいんじゃないかしら。
一緒に歩いて行こう。一緒に悩んでいこう。」
「どのように困難な時でも、自分を抱きしめ、愛してくれる誰かが居れば、たとえ問題は解決しなくても・・・たとえ答えがでなくても、オレたちは安心していられる。
・・・恐れることは、ない。ないのかもしれない。」
船頭の目に再び光が灯ったような気がした。
「ワシはすっかり自信を失い、失望し、恐れ、もはや師の資格などないと思っていた。
しかし、今、君たちに教えながら、ワシ自身が教えられたような気がする。
今、ワシは小さくともなにか一つの使命をやり遂げたような満足に浸っておるよ。
・・・無念。
たしかに、ワシの人生は、無念、無念、無念・・・無念の連続で、叶った夢など一つもなかったし、志半ばで挫折したものがほとんどだった。
そして、ワシが願ったこと、志したことのすべては誰にも顧みられず、闇から闇へと葬り去られてそれっきりなのだと思っておった・・・。
しかし、その無念の思いは決して、そこで終わるものではないと言うことが今分かった!
全ての無念は、たとえ、無意味と挫折に終わり、気が付かれることなくとも・・・
全ての生命は、ありとあらゆる目に見えないすべての無念を生かすために存在している。
・・・だから、君たちは、ワシの無念を生かさねばならぬ。
この名もなき小さな街角のおいぼれの無念を・・・この世界のすべての栄光のために!」
「ありがとうございました!」
一同は礼をした。
船頭は言った。
「旅を続けるがいい。
君たちは、確かにあのメロディーをこころにおさめたのだろう。
こころは一つのところにとどまっているのではなく、さらに深くなってゆく。」