よろこびの行
仙人のような男は、集落をゆっくりと案内してくれた。
ある者たちは、ひたすら瞑想に取り組み、
ある者たちは、水晶や手相を通して運命を見ようとしている。
ある者たちは、護符に特殊な紋様を記すことで、パワーを引き出そうとし、
ある者たちは、マントラを唱えることで、内なるエネルギーを呼び覚まそうとしている。
ある者たちは、星を観察してそこから運命の流れを読み取り、
ある者たちは、自然を擬人化して交わろうとしているのであった。
そんなものが、無数に多様な形で広がっているのだった。
「目に見えない世界を感じ取り、そのエネルギーを味方につけるには、実に様々な方法がある。
そして、様々な学派がこの集落でそれぞれの道を究めようとしている。」
「どこから、入ったらいいのですか?」
ソラが聞くと、
どこからともなく一斉に、声がかかってくる。
「ここがいいよ」
「いやいやそっちはダメだ。こっちが最高だから。」
「いいものは組み合わせてやったら効果は倍増だよ。」
「いやいや、いいものと悪いものがあるから、一つに絞らないと。」
「・・・自分で決めさせていただきます!」
そう言って、四人は勧誘を振り切って、「裏ティラミス」の幻想的な集落を歩き回った。
「まるで、大きな公園の遊具や屋台みたいにたくさんのお店が並んでいるのね。」
とウミ。
「そういえば、〈トゲ〉を抜くための宇宙のメロディーを探しているんじゃなかったっけ?」
とレイ。
「この集落にありそうな気がするのだが・・・。」
とハル。
四人はダイモンの声を聴くことにした。
すると、風が吹いてきて、彼らを運んでいった。
集落の中には、他とは違い異様に熱く燃えるように輝いている一群がいた。
「よろこびの行」という秘法がそこでは伝授されているようだ。
「道を求めし者よ、よく来たね。
君たちがここに来るのは、すでに定められていたこと。
私は知っておったよ。」
その一群のリーダーとおぼしき仙人は彼らを喜んで迎え入れた。
一群も同様に暖かく、この四人をがっしりとした握手で歓迎してくれた。
「ここでは目に見えない世界を、目で見えるよりも、肌に触れるよりも確実に体験できる。
私たちのうちにある〈こころ〉の眠っていた宇宙が開花すると、新しい自分に生まれ変わり、真実の世界が見えてくる。
そうすれば、激しく、ありありとした明確な体験が得られるはずだ。
まずは、この神秘の体験をすることだ。
そのことによって、君たちが延々と悩んでいるであろう人生の矛盾は解決する!
これは、人間の二次元の世界でしか通用しない〈幸せのルール〉の上をいくものだ。」
体験をした人たちが前に出て次々と自分の体験を語り始める。
「ねえ、ここだったら、私たちの求めているものが手に入るんじゃない?」
ウミは期待をしているようだった。
「うん。やれるだけやってみよう!
ぼくもそれを体験してみたい!」
ソラも応えた。
しかし、レイはそうした体験についていささか疑っていた。
「たしかに、彼らの体験した喜びはあるみたいね。
だけど、〈見えない世界〉の力によるものなの?
脳の中の興奮物質が何かのきっかけで過剰に放出され、そのような意識が生じるだけに決まっている。からくりがあるはずよ。」
しかし、指導者の仙人のなかにも、大学で教えている学識の高い博士などもおり、「そうしたことはありうるのだよ」と難しい説明をし、涙を流して一緒に〈よろこびの行〉に励んだので、レイの思いも少しずつ変わっていった。
ハルは、「ザッハ・トルテのところとは趣が違うようだな。まあいいか。」と思いながらその場に一緒にいることにした。
しかし、仙人たちが涙を流し、懸命にハルの肩を組み、背中をさすりながら行を共にするので、思わず心動かされてしまい、いつの間にか本気でその行に取り組んでいた。
四人は、ついに全身全霊で、見えない世界に触れる体験をしようと〈よろこびの行〉を行った。
しかし、何も起こることはなかった。
「・・・そんな・・・メロディーはここにあるはず・・・あるはずなんだ。
神秘の体験ができないと・・・トゲは抜けないし、宇宙は調和を取り戻さない。」
新しく一群に入った周りの人々は、涙を流し喜び、人が変わったようになっていく。
四人は、それぞれ、自分が見捨てられた気分になって哀しくてたまらなくなった。
「・・・どうしよう。自分だけ、体験が起こらないんです・・・。
素質がないんでしょうか。
自分だけが異常なのでしょうか・・・。」
仙人は励ました。
「それは、君の本気度が足りないからだ!
もっと、熱心に全身全霊で行に励まなきゃだめだよ。
甘い、甘い!
私たちの若い頃なんか、もっと三日三晩不眠不休飲まず食わずでやり通したものだよ。」
そうやって厳しく追い詰めるようなことを言う。
「ああ・・・そういえば、あったなあ。
オレがザッハ・トルテ王国にいたころも、風邪の日も水を被って走らされて・・・喜びがこみあげてきたことが。」
ハルはそんなことを思い出していた。
それでも、四人の誰にも何の変化もなく、それぞれ自分を責め、憂鬱と絶望はますます重たくなっていった。