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アリジゴク

「また同じ・・・また同じだ。」


ハルは独りつぶやいた。


「行けると思ったんだ。

この道を忍耐強く歩んで行けば、自分は変われる、別のものになれると。

オレの人生は変わる・・・そう思っていた。

だけど、登っては、ずり落ち、登ってはずり落ちの繰り返しじゃないか。


オレたちは、皆アリジゴクの巣のアリだ。

登れど登れど、砂からずり落ちて、結局は悪へと転落してしまう運命なのだ。


絶望的なことは、そこにちらりちらりと希望が星のようにちらつきながらも、決してその希望に手が届きはしないと言うことだ。

・・・いや、違うのかもしれない。

この絶望的な状況を直視したくなく、そこから逃れるための幻想として、希望などというまやかしを考え付いたに違いない。


この〈世界〉は、人を天に向かわせるために存在するものではないのかもしれない・・・!


オレたちの行き先は、もはや天ではない。

希望や永遠から遠く隔たった闇にしかない。


・・・そうオレは確信しているッ!


ザッハ・トルテだけが異常な世界だと思っていた。

あの〈異常な楽園〉さえ抜け出せば、そこには〈普通〉という自由と幸福が待っていると思っていた。

だけど、違う。


たしかにいささか現れ方は違うが、人間の世の本質というものは、変わらぬものなのだ。


ああ、見るがいい。

誰もが、その胸に大きな〈トゲ〉を抱えている。


それぞれがそれぞれの正義を振りかざしながら、折り合いをつけることが出来ず、互いに敵と味方になって争い合う。


しかし、〈善き人びと〉は、そんな自分自身に気が付くことがない。


トルテ王を崇める臣民たちも、バコアで保身に生きる人間も、素朴な街で穏やかに暮らす人々も同じことだ。」


少年少女たちは、〈幸せの法則〉を果たすことが出来ず、むしろ、それを繰り返し繰り返し破らずにはおれないことに、責められ、ついには逃れられぬそれを重荷に感じた。


そして、人生の生きる喜びをすっかり失ってしまった。


「私たちに生きている価値はあるのだろうか・・・。

いつか必ず、私たちには裁きが下る・・・。

ほかならぬ私はそれを自覚している。

〈永遠の君〉がご存知でないわけがない・・・。

私は、悪だ。

反省しても再び過ちを犯し、ついには反省もできなくなる悪だ。

顔と姿を隠したい。」


食べることも、眠ることもできず、恐怖だけが毎日を支配した。





少年少女たちは、一緒に旅をしたが、それぞれの心は全く孤独そのものであった。

それぞれの心は、ほとんど同じものに触れて、同じことを考えていたのだが、それを分かち合うということがなかった。


マスターがいた時は、子どものようにただいるだけでわけも分からず楽しい日々だった。


ところが、今や、彼らは高邁な〈こころ〉を目指そうとして、自己というものを突き付けられた。

それが、とらわれの始まりだった。


かといって、幼く何も知らなかった〈こころ〉の頃に後戻りもできない。


彼らの苦しみに共感できる人は誰もいなかった。


マスターの不在は、彼らに孤独と、不安と、いらだちとをもたらした。



この内なる葛藤を表現したい。

誰かに受け止めてもらいたい。


旅の道中の小さな村に、とても有名と言われる教師がいた。


彼は、世界中を旅し、多くの物事を知って、経験も豊富だった。


ハルは、この人であれば自分の苦しみに何か答えを与えてくれるのではないか、自分をこの苦しみから解放してくれるのではないかと思い、考えていることや胸のたけを勇気をもって思い切って打ち明けた。


ハルは、何時間も饒舌に思いのたけを語り続けた。


その教師と呼ばれる人は、腕を組みながら頷いていた。


しかし、ハルが話し終わると、彼はこう答えていった。


「・・・ああ、そうかあ。」


ハルはごくりと次の言葉を期待した。


「あなたの言っていることは難しくてよく分からないなあ。


考えすぎ。考えすぎだよ。


考えるから良くない。

もっと、アバウトに考えたらどうだい。


気にしなきゃいいんだよ。そんなことは。」


ハルは、それを聞いて、恥ずかしくなった。

打ち明けたことを後悔した。

崖から突き落とされたような気がして、落胆し真っ青になった。

哀しくて哀しくて仕方なかったのだが、その哀しささえもだれも気がついてはくれない。


「ほら、そんなテンションの下がる顔をしてないで。

あまり悩むなよ。

応援してるから。

がんばれ、な。」

そうやって、背中をポンと叩かれた。


「そうなのか?

そうなのか?


それができないからこんなにもしんどいというのに・・・。」


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