とある世界で異世界人が召喚される理由を彼女は語る。
「――此度の『召喚の儀』は……、我が国で、執り行うことになった」
……国王のその言葉で、この国が滅びることが確定した。
『召喚の儀』とは、私達が生きている世界とは別の世界から『救い主』と呼ばれる存在を招く儀式のことである。
救い主とは、その名の通り私達の世界を救ってくれる存在で。
ある時は天災から。
ある時は魔獣から。
この世界の人間では解決できない、あらゆる問題をも解決することのできる存在である。
しかし、召喚するには『生贄』が必要だった。
救い主は異界の存在。
生贄とは、即ち『餌』である。
救い主は、この世界の人間を喰らうのだ。
救い主が女性体であれば男性を。男性体であれば女性を贄として捧げる。
繁殖はしない。ただ喰らうのみである。
そして対象は召喚した国の国民全て。
――全て、である。
つまり、どちらの性別であろうが、救い主と同じ性別の人間も助からないのだ。
救い主によって殺される。
異性は食料。
同性は玩具。
幸か不幸か、国が一つ滅ぶくらいで救い主は満足し、召喚された原因への対処をして、帰ってゆく。
そんな存在が何故救い主とされているのか。
最初に召喚した人間が取引をしたのだと伝えられてはいるが、どのような内容だったのかは判明していない。
――ただ。
王家の人間に限り、救い主と同性の人間は見逃される。
血筋を絶やさないように、『餌』が減らないように、見逃されるのだろう。
今回もまた、世界の脅威に対抗するための召喚を行う。
『魔王』などという存在のせいである。
魔王は特殊なスキルを持つ、ただの人間であった。
スキルの名は『魔物使い』。
ちゃんと学べば、その力は世界に役立てることができたであろう。
しかし、魔王は貧しい村に生まれた。
魔物に懐かれる魔王を、村人は迫害した。
魔王のその恨みが、村から世界へ向けられた。
世界中で魔獣の被害が拡大し、いくつもの村や街が犠牲になった。
これ以上の被害を出さないために、各国の国王が集い会議を行った結果、召喚の儀が執り行われることになった。……なってしまった。
世界規模の犠牲を増やさないために、国一つの犠牲を差し出すことを決めたのだ。
救い主から指定されたという家系の『神官』の神託により、今回の救い主は女性であることが分かった。
ちなみに神官は各国に所属していて、救い主に捧げられることを待ち望んでいる狂信者である。
王家で見逃されるのは、王女である私と、妹と、王妃である母と、王太子である兄と結婚して王太子妃となった義姉と、弟と結婚しで義妹になった男爵家の令嬢。
……義姉はともかく、義妹は弟がどうしてもと婚姻だけ結んだ形である。
死なせたくないのは分かるが、婚約も式も全て飛ばしての暴挙は如何なものかと思う。
本当ならば、弟は婿入りして王族から外れる予定であったのだ。
果たして、どこまでが王族として扱われるのか。
もしかしたら、義妹は王族として認められないかもしれない。
その場合、罰が与えられるのではないか。
罰の範囲は本人だけなのか全員が対象なのか。
家族の心配より自分のことを考えてしまう私は薄情者で、王家の人間失格なのだろう。
だって。
「お願いです! 私をセルジオ様のもとに行かせてください!」
そんなことを言う彼女を私は見捨てようとしている。
ちなみにセルジオとは私の弟の名前である。
「……今から行っても手遅れよ。それに王家の男子は救い主への生贄と決まったの。覆すことはできないわ」
とりあえず、そう言ってみる。
「シンシア様はお相手が生贄にならないからそんなことが言えるんです!」
シンシアとは、私のことである。
確かに、婚約者は隣国の王太子なのだが。
私以外、この場、隣国へ一瞬で向かえる魔法陣の中にいる人間は相手が生贄として城に残っているのだが。
「セルジオは、本当だったら犠牲になるはずだったあなたを助けたの。そのあなたが城に戻ってどうするの」
「そんなの――、そんなの、私は望んでいませんでした!」
私の言葉に義妹は叫ぶ。
「セルジオ様がいないなら、私が生きる意味なんてありません!」
「…………」
言葉を失った。
どうやら、思ったより義妹は弟のことが好きだったらしい。
てっきり玉の輿狙いかと思っていたのだが。
それに関しては反省しなくてはならない。
しかし。
それは王族に属する人間としては失格の言葉だ。
「……お姉様。私もマリッサ様と同じ気持ちです」
すみません、と妹が小さな声で言った。
義妹、マリッサと妹、パメラは仲が良かった記憶はない。
しかし、義妹は弟を、妹は婚約者である宰相の息子、ソルトスを城に残してきている。
似た境遇だと思ったのだろうか。
まさか、妹までがそんなことを言い出すとは思わなかった。
境遇の似た二人は私を敵認定したのかもしれない。
「私も――ソルトス様がいない世界なんて意味がないんです」
仮にも王族が私情を優先するのはどうなのか。
だが二人は気にしていないようだ。
これは、私ではもうどうすることもできない。
途方に暮れ、私は義姉と母を見た。
共に伴侶が城に残っているのだ。私よりも二人を説得できるかもしれない。
そう、思ったのだが。
「……そう、そこまで覚悟ができているのならば城へ戻りなさい。私は止めません」
母はそう言った。
――切り捨てた。
私は母の瞳を見て悟った。
二人は気付かなかったようで、「ありがとうございます!」と喜んでいたが。
「城の抜け道は覚えていますね。直接儀式の間へ向かいなさい。まだ救い主様は現れていないようだから」
「あ、あの、お二人は向かわれないのですか?」
義妹が尋ねる。
この場合の二人とは、母と義姉のことであろう。
彼女はこちらを見てもいなかった。
「私は戻りません。王家として、次代を導く義務があります」
母は言い、義姉を見た。
「私も、命を繋ぐ義務があります」
義姉は言って、腹部に触れた。
……そう、少なくとも義姉は、生きなければならない。
妹達も理解したのだろう、二人で視線を交わして――城へ向かった。
「……私達も行きましょう。もう、あの二人は帰ってこられないのだから」
母の言葉に従い、私達は魔法陣を起動させ、隣国へ着いたと同時に魔法陣を破壊した。
……隣国の王城にある一室で、私は手鏡を取り出した。
召喚の儀を行った部屋に、遠見の魔法陣を仕込んでいたのだ。
救い主に気付かれそうになったら痕跡を残さず消えるようにしたが、どうだろうか。
――使わないだろうと思っていたのだ。
誰だって、身内の惨殺現場など見たくはない。
だが、二人を引き止められなかった……否、引き止めなかった罰を、私は自分に課すべきだろう。
自分の罪を忘れないように、次代に繋げるために。
――結果。
二人は、間に合わなかった。
救い主が現れた直後、洗脳されたらしきそれぞれの婚約者に、一瞬で命を刈られた。
それでも、即死できただけでも幸運だったのかもしれない。
これから国民全てが喰われ、惨殺されるのだ。
代わりに世界は救われる。
少なくとも、次の脅威が現れない限りは。
――それすらも、もしかしたら救い主の仕組んだことかもしれないが。
――まるで女神のような造形の救い主の姿を思い出す。
彼女は、血を浴びながら愉しそうに嗤っていた。