是正の軍勢
俺が全身から殺気を発すれば、ほぼ全ての神がこちらを向いた。
そして、その中心にいたシンレーラが口を開いた。
「アレラを御したか。〈破魔の根源〉」
特に動揺せず、淡々と奴が言う。
「大したことはなかったぞ。奴は貴様に名をもらったことを誇りに思っていたようだぞ。その割に主の方は大した思い入れもなかったか」
「我々は世界を平定するためだけの存在。感情などは必要無い。まして人間如きに遅れをとったものに、与える慈悲などない」
ふむ、つくづくこいつは神のようだな。
「あまり時間もない。手短に終わらせてもらうぞ。」
俺は剣に魔法陣を描く。
剣を媒介として、行使する魔法の一種、剣魔法だ。
瞬間、剣の闇色が赤く変わる。
俺は剣心に沿って、手を動かした。
イングドゥが炎を纏う。
「〈業火絶対領域〉」
炎を纏ったイングドゥを投擲する。
それが是正の傀儡の一体に突き刺さり、それをきっかけとして溜めていた魔力が解放される。
その瞬間炎の大爆発が起こり、奴だけでなく、その周りにいたものすべてに同じことが起こった。
明らかに、爆発圏内から逃れていたものもだ。
「全員仲良く亡びよ。」
この現象は、俺が得意とする魔法、〈領域魔法〉の特徴だ。
本来であれば、対象とその周りにあるものすべてを魔法効果に巻き込むだけだが、この術式にはまだ極められる先がある。
俺は術式に改良を施し、相手の根源と魔力波に合わせて変化するようにした。
今回の場合、是正の傀儡に特攻を設定したのだ。
それにより、爆発を全くくらわなくとも、その魔力に当てられただけで反応し、根源が同じ結果を強制されるというわけだ。
ただただ同じものを数に任せて攻め込ませてきた場合には、もってこいの魔法だ。
「さて、何はともあれ今の魔法で大事な兵は八割方亡びたようだが、どうする、是正の神?」
奴は表情を崩さず、しかし確かな驚きを秘めて、言った。
「…〈破魔の根源〉にそんな力はなかったはずである…」
「俺がそのわけのわからないものでないことは、これで証明できたか?」
しかし、奴は更に表情を険しくした。
「何がどうなろうと、お前が持つ運命は変わりはしない。お前が、お前たちがこの島にいることこそ、その最大の証明ーーーー」
奴はその他に尋常ではない魔力を集める。
光が収まり、現れたのは純白に輝く神の剣。
是正の剣ファスカルトだ。
「お前達は、我々神にとって何をおいても亡ぼさなければならない大敵。それが新たな力を得ているとすれば、由々しき事態である。故にーー」
奴は問答無用に是正の剣を突き出してきた。
「是正するのだッッッッッッッッ!!」
「大言は吐くものではないぞ、是正の神」
俺は剣の先にてそれを完璧に受け止めていた。
剣先から溢れる闇の魔力が、奴の是正の剣を侵食してゆく。
それは、滴り落ち、大地さえも侵食し始めた。
「見ろ、貴様とて自らの剣さえ制してはいない。一滴から侵食が始まれば、大地を伝って広がるのが道理だ。やがて貴様は、自らの手でこの島を亡ぼすのだろう。」
口にした瞬間、奴が手にしていた純白の神の剣が霧散した。
「なッッッッ?!ばッッッッ………か、な………」
「俺が自らの剣の力さえ抑えきれていないだと?寝言は寝てから言うものだ。
貴様ら神は俺の力さえ知らなかったと言うのにな。ただただ侵食をまき散らしただけだと思っていたか?」
次第に大地に描かれていた黒い円が詳細な輪郭を得てきた。
そうーーーそれは、侵食の魔力で描いた魔法陣。
「呪魔法、〈呪詛隷属〉の味はどうだ?やはりこの魔法は侵食の魔力で描くのが一番効率が良い」
奴は魔法に強制され、動けず、ただただ屈辱に染まった神瞳で俺を睨むことしかできなかった。
「さて、リリアの様子も気になることだ。そろそろ俺は行くぞ」
ここまで侵食の魔力を食らっては、このまま魔力を吸われ続けて亡びるだろう。
まずは村の様子を確認することが先決だ。
その時、後ろの神の魔力が急に膨れ上がった。
思わず振り向き、俺は目を見開く。
光っている。
奴は全身を維持する魔力さえも切り崩し、〈呪詛隷属〉に抵抗しているのだ。
そんなことをすればどうなるか、わからぬ馬鹿ではないだろう。
まさしく、最期のチカラであった。
「何も出来ずに、神が人間に敗北するなどあってはならない。私は亡び、他の神へとこの使命を繋ごう」
奴は根源に魔法陣を描く。
「〈死爆〉」
それは全ての根源を持つものが、死に際に使える亡びの魔法。
根源を爆発させ、周りにあるものに巻き添えの呪いを強制する。
通常、亡びれば確実に世界の整合が崩れる神は、〈死爆〉を使うことはないが、それ程までに俺の存在は世界の整合を脅かすのだろうな。
〈死爆〉は、本来止められない魔法だ。
何故なら、魔法というのは魔力が同等以上でなければ絶対に干渉できないものだからだ。
魔力が足りなければ、魔法が使えないのと同じだ。
そして、何者も、亡びる覚悟を持った捨て身の魔力には勝てない。
相手が俺でなければな。
瞬間、俺は奴の根源にイングドゥを突き立てていた。
魔法陣を侵食し、改竄する。
その全ての魔力を力づくで制御し、まとめて奴の根源の内側に放たれるようにした。
「お前如きが、亡んでも俺に届くと思うな」
しかし奴は勝ち誇ったように笑っている。
「今、漸くこの神瞳に貴様の根源が見えた。アレラの呪いは聞いているようだな…」
息も絶え絶えに奴が言う。今もなお、奴の内側には、荒れ狂う亡びの魔力がある。
「ああ、あの煙幕もどきのことか?魔結界で完全に遮断したが」
「神の呪いは結界では防げない」
「だからなんだと言うのだ?」
「間も無く審判の始まりだ、〈破魔の根源〉」
それこそ呪いのように、奴が言った。
次の瞬間、甲高い音とともに、奴の魔力が完全に消滅する。
俺は振り返る。
「ふむ、やはりな」
結界が破られていた。
俺が最初に放った〈業火絶対領域〉では、神の傀儡を完全に亡しきれなかったはずだった。
にも関わらず、俺がシンレーラと戦っている時、他に魔力波を感じなかった。
魔力波を隠蔽しているのかとも思ったが、そもそも俺の魔瞳は、いかな魔法を使おうと、その場にあるものを見落とすほど弱くはない。
俺が多少なりともシンレーラに気を取られているうちは、リリアの加護なき結界を破ることは容易かっただろう。
つまり、奴らはこの中にいる。そして、もう一人の奴らの目的を狙っているはずだ。
俺は村に駆け込み、結界の破れた部分に、侵食の剣をあてて侵食の結界を描いた。
そのまま村の中心部へ急ぐ。
俺の予想が正しければ、奴らの狙いは、この村で俺に次ぐ、桁違いの魔力、そして特別なチカラを持つ者ーー
この村の長、世告げの姫、リリアだ。
リリアを守れーー