プロローグ―3
それから一時間ほど僕達は町中を散策した。日も落ち、宵闇が町を包み込んでいく。
「やっぱりそんな簡単には見つからないものね」
そりゃそうだ。見えないなら見つかるわけがない。かく言う僕も見つけることはできていない。やはり見やすい時間帯とかあるのだろうか。そこのところの知識がないからまるで分らない。
「今日はこれまでにしましょう」
「そうだね、ぜひそうしよう」
僕はあくまで普段通りを装って返事したが、心中では万々歳である。
「じゃあウチで作戦会議ね」
「…………やだ」
僕の返事に彼女は再び不満げな表情を募らせる。しかし、どれだけ彼女の反感を買ったところで僕は絶対に彼女の家には行かないと決めている。行ったら絶対に彼女の父親に夕食を共にすることを強要され、僕の小食ぶりを見て「軟弱物が!」などと罵られ、丼に入ったご飯を何杯食べさせられるか分からない。両親がいない僕への気遣いというのは嬉しいのだが、彼女の父の存在が僕の足を彼女の家から遠ざけさせている。
彼女はしばし僕のことを睨み続けていたが、やがて妙案でも思いついたのか、先程の不満そうな表情から一変、不敵な笑みを浮かべる。
「来なきゃパパに言いつけるわよ」
「それ反則……」
「じゃあ来るわよね、もちろん」
「いや……それは……」
「私が手料理を振る舞ってあげるのだから、もちろん来るわよね?」
「それ、もっと反則……」
僕が彼女の家に行きたくない理由はここにもある。澪の料理はまるでよろしくない化学反応でも起こって人を死に至らしめるような物質にでもなったかのように不味い。どうやったらあの味になるのか不思議で仕方がない。彼女の料理を食べて腹が正常であったためしがないのだ。
「言うわよ」
「うっ」
「来るわよね……」
ここまで脅されて断れるほど僕の精神力は強くない。悠々自適なアフターファイブを諦め、僕は「澪の家」という名の戦場へ赴くのだった。
「どうしたのその顔」
「……ああ、ちょっとね……」
翌日、通学路で顔を合わせた途端に彼女は僕を見て首を横に傾げた。彼女がそう言うのも無理はない。目の下にはクマができ、顔は完全にやつれていた。
「昨日いったい何があったの?」
「いや、何も……」
「何が原因なのかは知らないけど、ビシッとしなさい!」
「…………はい」
よほど「お前が原因だ」とでも言ってやろうかと思ったが、その後どうなるかも見えているので下手に地雷は踏まない。それにしても、十五分ごとに猛烈な腹痛が襲ってくるなんて、彼女は料理に強力な下剤でも仕込んでいるのだろうか。そして僕と全く同じ料理を食べているのにもかかわらず全く腹痛を起こすことがない彼女や彼女の父親は、一体どれだけ強靭な消化器官を備えているのだろうか。
「早く行かないと学校遅刻するわよ」
「はいはい……」
彼女は僕の方に目もやらず、さっさと歩を進める。僕も彼女に追いつこうと腹に手を当てながら重い足を進めようとした。
刹那、ただならぬ視線――否、殺気が背後から突き刺さる。
「!」
とっさに振り返るが、そこには殺気の正体はおろか通行人の姿ですら視認できない。僕はしばらく視線を右往左往させていたものの、先程の殺気が何であったのかはまるで分からず、やがて澪の「早く!」という声に急かされ、後ろ髪を引かれるようにその場を後にした。