終わりの始まり
「ここは、どこだ?」
おや、気づかれましたか?
「お前は誰だ?」
少し混乱しているようですね。
「この真っ白い世界は何なんだ!」
ふむ、騒がれても面倒ですので、先にこちらをご覧下さい。
「……ッ!? ぐ、ァアアア! な、なんだ、頭が……ッ!」
走馬灯、と呼ばれるものです。
「こ、これは俺の記憶……か?」
ええ。人の脳というものは、生まれてから死ぬまでの全ての記憶を完全に保管しております。しかし、普段使うことの無い記憶には鍵をかけてしまうのです。今、私がその錠前を外しました。どうですか?思い出せました?
「……あ、あぁ。にわかには信じ難いが」
それは良かった。
「お、俺は確か……あの日の手術で……」
ええ。手術は失敗に終わり、そのまま息を引き取ってしまいました。
「……そうか」
そうです。
「……道半ば……か」
……と、言いますと?
「俺は、医療研究をしていた」
存じております。
「不治の病と呼ばれ、治療法も安定しない病気の進行を食い止めるために、薬を開発していたんだ」
はい。
「今までにだって色んな薬を作ってきた。俺は、沢山の人の命を救ってきた」
ええ、分かっております。
「もう少し、だったんだ……みんなを救えるはずだった……」
……はい。
「死んだのに意識があるって事は、ここはあの世か?」
まぁ、そう言われている場所ですね。
「お前はなんだ? 神様とかいうやつか?」
そう呼ばれることもあります。
「……そうか、そうなのか。それで、俺はどうなるんだ? あれだけの人を救ったんだ、天国にでも連れていってくれるのか?」
いいえ。ここが終点です。
「終点……?」
はい。人の魂というものは、肉体から離れて自らの過去を振り返り、それから浄化されて再び輪廻の輪に乗ります。ここはその終着地点。
「つまり?」
ただ、過去を洗い清め、次の命になるだけでございます。
「……なるほど、天国も地獄も無いのか」
はい。その通りです。
「それで、何をしたらいいんだ?」
何もしなくて結構です?
「……?」
ただ、耐えて頂くだけですので。
「……耐える?」
人の魂というのはとても不思議でして。他人に犯した悪行はすっかり忘れることが出来るのに、自分が被害者だと永遠に覚えているものなのです。
「……何を言って?」
覚えておりますでしょうか。あなたが3歳の頃、弟からおもちゃを取りあげ泣かしたことを。覚えておりますでしょうか。あなたが小学一年生の頃、気になる女子のスカートを捲ったことを。
「お前、何言ってるんだ?」
覚えておりますでしょうか。どうしても欲しかったレアカードを、友達から盗んだことを。覚えておりますでしょうか。テスト中にライバルの用紙をカンニングしたことを。
「そ、それがどうした。そんな些細なこと。俺は沢山の人の命を救ったんだぞ。お釣りが来るだろう!」
いいえ。人の心の汚れという物は、直接拭わねば清らかにならないのです。目には目を歯には歯を。過去の過ちには、それ相応の復讐を。
「な、何をする気だ……ッ!」
何もしませんよ。ただ、あなたにやり返すために、先立たれた方々がお待ちです。ただそれだけの事です。
「ひっ……お、お前は……ッ!」
まだ生きておられる方々も、あなたへの復讐心はございます。ですので、あなたが係わった全ての人が亡くなるまでは、この場所で永遠の苦しみを味わっていただきます。
「そ、そんなッ」
それと、復讐とは不思議なもので、何倍にもやり返さねばスッキリしないのです。
「そ、そんなっ!」
ご安心ください。あなたにも復讐の機会はあります。多くの命を救ったその手で、一体何をするのか楽しみです。
神の声というものは、人の耳に聞こえるのだろうか。あの世というものは、誰のためにあるのだろうか。
ただほんの少し、誰も恨まないように生きてみたいと思った。