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Lucifer  作者: 宣芳まゆり
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 階段教室の中で、律子は角田の姿を見つけた。いつもどおり前の方の席に座って、授業が始まるのを待っている。

「おはよう」

 律子は彼に声をかける。しかし声がこわばっているのが、自分でも分かった。

「はよ」

 角田はいつものように、にかっと笑った。律子は、背負っていたリュックを机の上に置き、角田の隣に腰かける。

「朝のメールはどういうことなの?」

 けわしい調子でたずねた。

「天使に気をつけろ、そのままの意味だ」

 目の前が真っ暗になるかと、律子は思った。朝のメールだけならば、まだ分からないふりをしていられた。

「角田も天使なの?」

 声が震える。入学したときからずっと、そばにいたのに。

「その逆」

 気楽な感じで、彼は笑う。

「俺は悪魔だ」

 律子の驚きは飽和して、もう驚くことはできなかった。

「なんで悪魔が大学に?」

「日本の古典文学が好きと言っただろ」

 角田は悪びれない。

「まさか勉強するためだけに大学にいるの?」

 律子はあきれたが、それは学生として正しいあり方だ。彼は真面目に授業に出席し、ノートをきちんと取っている。天使が道ばたで迷子になり、悪魔が大学で勉強をする。この世界はどうなっているのだ。

「私が知らなかっただけで、日本には天使と悪魔がいっぱいいるの?」

「いーや。たまたま、お前のまわりに俺とそいつがいるだけ」

 すごい偶然だ、神に問いただしてみたい。

「信じられない」

 律子は頭を抱えた。

「なぁ、律子」

 ふいに角田は真剣な声を出す。

「俺の気持ちに気づいているだろ?」

 律子はぎくりとした。言ってほしくない。なのに、

「好きだよ」

 さりげなく落とされる爆弾。律子はためらったすえに、答えた。

「ごめん」

 受け入れられない。角田の想いにはこたえられない。それは、もう無理なのだ。

「そうか」

 角田の顔が悲しげにしずむ。律子はリュックを持って、彼の隣の席から離れた。授業が終わると、律子はすぐに家路についた。いつもは角田とテニスサークルの部室に顔を出すのだが、そんなことはできない。

 電車に揺られながら、心の中を整理しようとする。白い翼を持つ天使に会って、それだけならまだしも、――角田が悪魔で、告白をしてきた。何に一番驚いていいのか分からない。

(私は、角田が好きだった。彼からの好意も、なんとなく感じていた)

 いつかふたりは付き合うだろうと、まわりからウワサされていたのも知っていた。なのに……。ルウの笑顔が邪魔をする。ほんの少しだけ触れた、彼の指さきのぬくもりが心を乱す。

 私は彼に興味がある? ちがう。ただ、めずらしいだけだ。動物園でパンダやキリンを見たいのと同じ感覚だ。自分に言い聞かせて、律子は電車から降りる。そしてホームの中で、ルウを発見した。

 黒色のダッフルコートを着て、寒そうに身を縮めている。駅の看板を、興味深そうに見ている。ホームには、ほどほどに人がいて、目立つ容姿のルウを気にしている。律子が乗っていた電車は走り去ってしまった。

 ルウは律子の視線に気づいて、顔を向けた。緑色の瞳が優しげに細められる。なぜルウは、その日のうちに会いに来るのだろう。律子は唇をかみしめた。こんなにも早く、現れないでほしい。一晩、二晩たてば、忘れられるのに。現実に立ち戻ることができるのに。

「名前を教えてください」

 開口一番、彼は名前を問うた。

「なぜ?」

 ルウの性急さには理由があるように思えて、律子は聞き返す。彼は照れたように微笑した。

「あなたに愛を告白するのに、名前を知らないままでは……」

 律子はほおが熱くなって、うつむいた。出会ったばかりとか、彼が天使とか、すべてが消えていく。

「私は律子」

 顔を上げて、差し伸べられた手を取る。しかしそのとき、彼の翼にかげりが感じられた。

「ルシフェル」

 彼の本当の名前に気づく。神にもっとも愛される、光り輝く天使。

「私はついさきほど、その名前を失いました。神の愛を拒絶し、堕天しました。けれど、律子」

 黒い翼が広がる。ホームにいる人々が驚いて、おちた天使を見返した。

「あなたの愛を得るためならば、何も惜しくないのです」

 ルウが律子の手の甲に口づけると、わっと歓声と拍手がわき起こる。

「映画やドラマのロケと思われているみたいね」

 律子は笑い、彼の体にぎゅっと抱きついた。

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