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Lucifer  作者: 宣芳まゆり
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接触

 携帯のメール受信音で目が覚めた。律子はうーんとうなりながら、布団の中から手を出して携帯を取る。携帯をかぱっと開き画面を見ると、まだ朝の六時だ。七時まで眠るつもりだったのに。

「なんでこんな朝早くにメールを送るのよ」

 律子は文句を言いながら、角田からのメールの本文を開いた。――寝坊するなよ。今日は一現目から授業だろ。それから……。

 携帯のストラップが、ふわふわと揺れる。七色に輝く柔らかな羽、その羽の向こうに悲しそうな顔をした天使が立っていた。

「ええ!?」

 律子は驚いて、布団から飛び出る。いつの間に、部屋に入ってきたのだ? 律子の部屋は、戸建て住宅の二階にあるのに。

「なんで、いるの?」

 パジャマ姿のまま、問いかける。いや、あまり大騒ぎしない方がいい。一階にいる父母が、何事かと不審に思うだろう。

「なぜ願いを言わないのですか?」

 質問に、質問で返される。

「僕はそんなに頼りないですか? 三日間、あなたの願いを待っていたのに」

「ごめんなさい」

 天使があまりにしょんぼりしているので、律子は謝罪した。白い翼が、部屋いっぱいに広がっている。とてもきゅうくつそうだ。

 三日前、律子は天使から願いをかなえる羽をもらった。しかし願いをかなえるという、ざれごとは信じていなかった。さらに一日、二日とたつごとに、天使という非現実的な存在は記憶から薄れていった。

 けれど美しい羽は気に入って、ひもでくくって携帯のストラップにしていたのだ。携帯にぶら下がっている羽を、天使は恨めしそうに眺めている。

 これは何らかの願いを言い、彼にかなえてもらう方がよさそうだ。でないと、この頑固な天使は部屋に居座りそうな気がする。

「えっとー、じゃ」

 何がいいだろうか。

「そうだ。おでこのニキビを治して」

 律子は、ぽんと手を打った。

「はぁ?」

 天使はあからさまに落胆した。

「そんな簡単な願いでいいのですか?」

 律子はこくこくとうなずく。こんなあやしげな天使にかなえてもらわなくてはならないのだ。無難なものがいいに決まっている。

「さては僕を信用していませんね」

 天使は、じとっとした目で律子を見る。

「そんなことはないよ」

 あはははは、と律子は笑ってごまかした。

「あなたを見目うるわしくすることも、病のかからない体にすることもできるのですよ」

 天使のささやきが、悪魔のささやきに聞こえた。

「性格を変えることも、才能を与えることもできるのです」

「遠慮しとくよ。悪銭身につかずと言うし」

 律子は断った。天使に気をつけろ。安易な誘惑にのってはいけない。

「分かりました」

 天使はため息を吐いて、律子の額にそっと触れた。ふわりとした木もれ日のような、ぬくもりが降り注ぐ。天使は治りましたと言い、律子から離れた。律子は、ニキビのあった場所を指でなぞる。ニキビはなくなっていた。

「すごーい、ありがとう」

 素直に感謝すると、天使はうれしそうにほほ笑む。緑色の瞳が優しく細められて、律子は、どきりとした。彼が天使であることが、今なら信じられる。他者の喜びや感謝が、彼の幸福。天使の無上の喜びなのだ。

「僕のことは、ルウと呼んでください。神様がつけてくださった、僕の愛称です」

「ルウ?」

 天使のほほ笑みが甘くなる。

「そうです。あなたのお名前を教えてください」

 そのとき、携帯の着信音が鳴った。律子は携帯を見て、発信者の名前、――角田に、われに返る。天使は窓を開いて、まだ暗い空に白く輝く翼を広げた。

「また会いに行きます」

 長い髪が風になびく。律子は何も言えず、飛び立つ天使を見送った。

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