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Lucifer  作者: 宣芳まゆり
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遭遇

 話しかけやすい雰囲気をしているのか、街を歩けばよく人に道をたずねられる。駅はどこですか? コンビニはどこですか? そして、――天はどこですか?

「迷子になってしまいましたぁ」

 背の高い美形青年に情けなさそうに泣きつかれて、律子(りつこ)は絶句した。

「助けてください。天へ帰る道を教えてください」

 青年の背中から生えている巨大な白い翼。道路脇のタバコの自販機に、ぶつかりかけている。商店街のそばの道なのに、どうして誰も通りかからないのか。律子はぎくしゃくと首を回した。誰か助けてくれ。

「あぁ、日が暮れる。天の門が閉まってしまう」

 あやしい発言をする青年の外見は、さらにあやしかった。茶色の髪は長く、胸あたりまである。薄手の白いローブが、木枯らしにひらひらと揺れて寒々しい。現実主義者の律子としては認めたくないことだが、その姿はまるで、

「あなたは天使ですよね。地上で身を隠して、仕事をなさる方ですよね。僕はまだ見習い天使です。どうか力を貸してください」

「ちがう、私は天使じゃない」

 かろうじて、律子は反論した。自分の目に映るすべてを否定したい。自称天使は、あれ? と緑色の瞳を丸くした。

「もしかしてあなたは人間ですか?」

 律子は大きくうなずく。天使は、「あぁーー!」とさけんだ。

「見習い期間中なのに、人間と話してしまった。先生に怒られる」

 頭を抱えて、うずくまる。背中の翼がばさーっと広がり、律子は「ひょえー!?」とのけぞった。

「今日のことは内緒にしてください、お願いします」

 天使は土下座する勢いで、頼みこむ。律子は混乱した頭で了承した。

「内緒にする。絶対に誰にも話さない」

 というより、話しても誰も信じない。天使はほっとして、顔を緩ませた。

「ありがとうございます。このご恩は必ず返します」

 翼をはためかせて、天使は夕暮れの空へ飛び立つ。律子はぽかんと口を開けて、天使の後ろ姿を見送った。夢でも見たのか。うん、きっとそうにちがいない。自分で自分を納得させる。

 自己完結したとたん、両手に持っているスーパーの袋が重く感じられた。さっさとテニスサークルの部室に戻ろうと、律子は歩き出す。そのとき、大学の方からひとりの青年が走ってやってきた。

「律子」

 同じ二回生の角田(つのだ)だ。

「先輩たちから、ひとりで酒の買い出しに行ったと聞いた」

 彼はすぐさま律子の荷物を取り上げる。そして、ほがらかに笑った。

「重かっただろ。俺に声をかければよかったのに」

 ビールに、発泡酒に、缶チューハイ。確かに袋は重かった、だがそれが気にならなくなるほどの出来事があった。

「ありがとう、角田。助かったよ」

 律子は笑い返す。いろいろな意味で助かった。現実に引き戻してくれてありがとう。角田は、にかっと笑った。

「もう鍋はできているぜ。今は乾杯のビール待ち」

 彼は歩くペースを速める。律子は小走りで彼についていった。そして部室に着くころには、すっかりと天使のことは忘れていた。


 次の日、律子は大学の構内で、昨日の天使を見つけた。大きな翼はなく、普通のカジュアルな服装をしている。しかし茶色の長髪は目立つ。白い肌と緑色の瞳を持ち、外国人留学生のようだ。天使は律子に気づくと、うれしそうに走りよってくる。

「こんにちは。待っていました」

「こんにちは」

 律子はこわばるほおで、笑顔を返す。天使なのかどうかは置いといて、あまり関わりたくない。

「人間に話しかけていいの?」

 律子は小さな声で問いかける。

「担当教官の許可をもらいました」

 天使は子供のように無邪気に喜ぶ。

「あぁ、そう」

 律子は適当に返事した。律子の通う大学は総合大学で、構内は広くいろいろな人がいる。だがさすがに天使はいない。天使は、白い羽を一枚差し出す。

「これは昨日のお礼です。あなたの願いを、ひとつだけかなえます」

 太陽の光に、羽は七色に輝く。毛のさきまでつやつやとして、赤ん坊の産毛のように柔らかそうだ。

「きれい……」

 羽の美しさに、律子はそれを受け取ってしまう。

「遠慮せずに、何でも願ってください。僕の羽がきっと、あなたを幸福にします」

 天使は、羽よりも美しいほほ笑みを見せた。

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