藤吉郎
天文十七年(1548年)尾張国中村の路地の片隅にある小川の端で二人の少年がしゃがみ込んで何かを見つめていた。
一人の少年はふぅぅ……ふぅぅ……と申し訳程度に積まれた枯れ草や落ち葉や枝に向け息を吹き掛けていた。
するとそこから小さな煙が立ち上がり、やがて火が起き出す。
「ほれ、こうやってな、火起こすやろ?ほんでよ」
少年が手に持つ錆びた五寸程の釘を火で炙り出す。
しばらく炙った後、釘を小川に浸した。
もう片方の少年はただじっとその様子を見つめていた。ただ無言のままに。
「ほんでこうやったら又使えるようなるんだわ、ほれ」
そう言い小川に浸していた釘を少年に見せてきた。
「ほんまだわ!さら(新品)みてえだぎゃ!」
少年は目を輝かせその釘を手に取り、じっと見つめる。
「落ちとる釘とか針とかその辺あるやろう?そしてな、こうやりゃあな、又使えるんだわ」
「へえー……他なんか無いか?わしもっと知りてえわ」
少年は目を輝かせその少年を見つめそう言った。
彼は非常に感動していたのであった。
言われた少年は、うーんと唸り、流れる小川を見つめ考え出した。
「他……ほんなら……いくさ終わったあとに死体転がっとるだろ、その着とるもん剥いでよ、河原で洗って売る言うの聞いた事あるで」
「ええ?そんなもんこわあて嫌だぎゃ……」
言われた少年はやや怪訝な表情を浮かべそう言った。
「……藤吉……後ろ後ろ……」
釘の再利用方を教えていた少年は、ぼけーとする少年に小声でそう言った。
言われた少年はさっと後ろを向いた。
ツカツカと、ある男が近づいてくる。
「おい!藤吉!酒買って来い言うたろ!何しとんだおみゃあ!」
男はそう怒鳴りながら少年の元にたどり着くと少年の頭をパンッと叩いた。
「…………」
叩かれた少年はただじっと黙り込む。
「おみゃあも失せ!ぶつぞたあけ!」
男はもう一人の、釘の事を教えていた少年にも怒鳴り付けた。
もう一人の少年は渋々と立ち上がり、じっと少年を見つめた後、足早に駆けていった。
「おい早よ酒買ってこやあて!またぶつぞたあけ!ん?なんでこないな所で遊んどんだ馬鹿垂れが!はよ行け!!」
「…………」
少年、藤吉郎は無言のままに立ち上がり、銭を握りしめたまま市場へと駆けていった……
村の市場で酒を買い終え、とぼとぼと帰路につく間に少年は色々な事を考えていた。
こんままわしはここにおってええんだろうか……一生あのお父にこき使われるんは嫌だわ……
酒の入った徳利を手にし、とぼとぼと歩く。
あのお父はわしと血も繋がっとらん……
昔、まだわしが幼い頃にほんまのお父は病で死んでしもうた。
ある日、お母が家に連れてきよったのがあのお父だった。
お母がわしの父親代わりになるお人だと言うとった。
平素は尊大で優しくも厳しいまともな男で、わしにとってもほんまの父のような存在に感じとったんだが……
酒が入ると人が変わりよる。その姿は到底同じ人物とは思えず、とても父と呼べるようなもんではなかった。
大嫌いだった。
そうは言うても酒飲んどらん時はその正反対で好いてはおったが……
「藤吉!」
路地の脇から声がし、見ると先程の少年がいた。
少年、藤吉郎に声を掛けて彼の元に駆け寄ってきた。
「大丈夫だったか?また酒買わされとるんか」
少年は彼の持つ徳利を見てそう言う。
「大丈夫だで、いつもの事だかや」
「そうか?おみゃあ気丈だのう」
「なんともあらぁせん、それよりおみゅあ又今度色々と為になる事教えてちょ?」
藤吉郎はニコリと微笑むと少年にそう言った。
「……あぁわしの知っとる事ならなんでも教えるわ」
「おおきにな、ほんならわし行くわ、酔っとるお父うるせえでよ」
「あぁ……」
藤吉郎はそのまま去っていった。
少年は若干十一才の藤吉郎の背を見つめながら思った。
なんであんな気丈に振る舞えるんだろうと……
それから月日が経ち、藤吉郎は十四歳となっていた。
夜中、継父の竹阿弥がいつものように酔い潰れ、いびきをかいて寝ている時に囲炉裏を見つめながら藤吉郎は母なかに自分の思いを語り出した。
「お母、わし駿府行こう思うとんだわ。」
「駿府?」
唐突な事でなかが藤吉郎を見つめ、きょとんとしている。
「駿府の今川んとこ行って……侍なりたいんだわ」
藤吉郎はただ囲炉裏を見つめてそう告げた。
なかはええ?と驚いている。
「駿府の今川言うたらこの辺りではどえりゃあお殿様だろう?だで、わしそこに支えて武士になりてえんだわ」
藤吉郎は囲炉裏からなかに視線を移し、なかを真っ直ぐに見つめてそう言った。
「……無理せんでええて」
なかがそう呟く。
「おかあ、わしおりゃあ飯も大変だろう?わしもええ歳だで、お父も……」
いびきをかいて寝てるを竹阿弥を見つめ……
「わしの事好いとらんもんで、わし侍なって偉うなりよったら又帰るわ!な?」
そう言い藤吉郎はなかに向けニコリと愛嬌のある、不思議に人を安心させる笑みを浮かべた。
「そんなに無理せんでも、そこいらで商売すりゃええがね。あんた商売向いとるて、みんな言うとるもん藤吉郎さん口達者だし人柄もええねぇて、な?」
「この地はもうええわ……わしは駿府行って今川の侍になるんだわ。そう決めたんだで、またお母にも顔出すわ。許しとくれやお母」
「藤吉!うぅ……」
「泣かんでもええて……また顔出すでよ……な?」
なかはただ涙していた。
それは不安な気持ちと、息子の強い意思を感じとり胸が締め付けられたせいであった。
悲しみの涙ではなく、期待と希望の心を抱いた息子の気持ちがなかの中に強く伝わり、意思に反し自然に涙が溢れ出ていたのであった。




