イチと1/4の魔女
おばぁちゃんは、魔女だ。
近所の子に魔女呼ばれてる。
凹んだ大きな目は、ギョロリと動く。その目尻には、たくさんの皺が刻まれていて、「幸せの証だよ」っとおばあちゃんは誇らしげに笑う。
ピンと尖った耳は、どんな悪口だってきっと聞き逃さない。
90度に曲がった背中。黒く長いマントの下に、黒いワンピースを着ている。真っ黒黒なカラスみたい。
怒ると怖くて、口も悪い。
魔女だから、怪しいお店で怪しい物を売ってるし
「お前ん家のババァ、魔女ババァ!」
って言ってきたケイゴ君を、
「……お望みなら呪ってやるよ?」
っとニッコリ笑って黙らせた。(あれ以来ケイゴ君は、おばぁちゃんや私の悪口を言ってこない)
色んな事を知っていて
いつも私の傍にいてくれる
不思議で面白くて
優しいおばぁちゃん。
私は、そんなおばぁちゃんが大好きで、おばぁちゃんのいるお店も大好きだったんだ。
◆◆◆
「痛い痛いの~飛んでいけ~異世界魔王に飛んでいけ~」
蒸された草の匂い。こぽこぽと音を立てる色とりどりのガラスの筒。吊り下げられたたくさんの草木。壁にかかった変な形の大きな角。ヘンテコで不思議なものでいっぱいのお店。
しわがれた声が優しく詠う。
「ほーら。イチ。これで大丈夫。もう痛くないだろう?」
しわだらけの手が、私のおでこを優しく撫でていく。しわくちゃでガサガサで骨ばった、少し痛い手。その手は少し痛くて、あったかい。
「うん!もういたくない!やっぱりすごいね!おばあちゃんのおまじない!」
「お呪いじゃないよ。それは、魔法だよ」
おばぁちゃんは、幼いわたしにそう返す。
「えー? まほう? でもこれはおまじないだってゆみちゃんも言ってたよ?いちもね、おばあちゃんみたいにしたの~。いたいたいの~とんでけ~って」
「ほう。それで、ゆみちゃんの痛いのは逃げ出したかい?」
「ううん。だめだったぁ。いちのおまじないじゃいたいのいなくならないみたい。おばあちゃんだとすぐにいなくなるのに」
「そらそうさね。ばぁちゃんはベテラン魔女だからね。なぁにあんたもそのうち魔法を使えるようになるさ。なんたってばぁちゃんの孫なんだから」
頬杖をつきため息を吐く私。おばぁちゃんの手が私の頭を撫で回す。私が拗ねるとおばぁちゃんはいつもそう言ってなだめてくる。
「またそれ?おばあちゃん、うそついたらハリセンボンでエンマさまがいたいするんだよー」
「嘘じゃないよ。ばぁちゃんは立派な立派な魔女なんだ。ほら、ばぁちゃんの薬や魔法欲しさに来るだろ?妙な小鬼やどこぞの国のえらーい王女。幼顔のダークエルフにオークの勇者。ぜーんぶばぁちゃんのお客さね」
「いち、おきゃくさんなんてみたことなーい」
「おかしぃねぇ。ちょこちょこ顔だしてきてるんだが。イチにも見えるはずだがねぇ」
口をとんがらせ、ほっぺを膨らます。おばあちゃんはその口に、飴を一つ放り込む。カランコロン。おっきな飴は、りんご味。おばあちゃんのお手製で、食べると元気がでてくる不思議な飴。
「みてくれが悪い奴もいるが、気のいい奴等さ。
この飴みたいにね。なんだって食べてみなきゃわからないだろ?
イチも見えるようになったら怖がらず、友達になってやりなさね」
「ともだち?」
「そうだよ。友達。見た目ではわからない事ってのは、世の中にたーんまりある。
どんなバケモノも、仲良くなっちまえば怖くもなんともないからねぇ」
「おばあちゃんは、オバケとともだちなの?」
「オバケじゃなくバケモノだよ。まぁ、あたしが一番のバケモノかもしれないがねぇ」
カラカラと笑うおばあちゃん。それに合わせて
「んなぁお」
窓辺で微睡んでいたセバトが返事をした。セバトはおばあちゃんの猫。どこもかしこも真っ黒な黒猫。なかなか私に懐かない。いつもつんとしてて可愛げのない#猫__やつ__#だ。
「えーいち、おばあちゃんがオバケとかいやだぁ。おばあちゃんオバケになっちゃだめ!」
「そうかい?いちがそういうなら、ばぁちゃんはいちのばぁちゃんでいられるようにがんばるとするかねぇ」
「なら、はい」
「ん? なんだい?」
「ゆびきり。おばあちゃん、いちをのこしていっちゃだめだよ。やくそく。ずっとそばにいてねやくそくだからね」
麗らかな春の日差しの中、ごちゃごちゃと不思議なモノに囲まれたお店で、おばあちゃんと私は約束をした。
おばあちゃんは、バケモノになんかならないと。オバケなんかにならないと。
「ゆーびきりげんまんうそついたらハリセンボンのーます」
「ゆびきった」
そう約束した。
◆◆◆
「おばあちゃんの嘘つき」
薄暗いお店の中。天井から垂れ下がる草木は、枯れて今にも崩れそう。たくさんの物で溢れてはいるが、それら全てに色がなく寂しい。
寂れた店で私は、カランコロンと手元の小瓶を振る。
みてくれの悪い飴の入った小瓶。これを作る人はもう居ない。
部屋に広がるのは、かびの臭い。試験管は空っぽで、こぽこぽと音を立てる事もない。番台の上には埃が積もり、色褪せた座布団は草臥れた凹みだけが残っている。
此処に来るのは5年ぶり。おばぁちゃんが死んでから五年たった。
「ねぇ。おばあちゃん。私、10歳になったの。おばあちゃん覚えてる? 私が10歳になったら、魔法を教えてくれるって。10歳になったら魔法もお薬の作り方も教えてくれるって言ったよね?」
ーくしゃり
封筒を持つ手に力が入る。
おばあちゃんから宛てられた四角い封筒。
私が10歳になった朝、セバトが咥えて持ってきた。
中には、寂れた銀色の鍵がひとつ。
それと
『あんたにやるよ』
と書かれた茶色の紙。
「おばあちゃん……」
キュポンと蓋を開け、飴を一つ摘みあげる。みてくれの悪い飴は、口に放り込むと懐かしい味が拡がる。酸っぱくて甘い。おばあちゃんの味。
「あれ……おかしいな。これ食べると元気でる筈なんだけど……」
(胸が苦しくて、辛くて、しんどい。おばあちゃんは嘘つきだ。痛みをとる魔法ももうない。おばあちゃんがいないとこのお店も暗くて、不気味だよ。)
「おばあちゃん……お店なんていらない……いらないから……ちゃんと約束守ってよ」
「魔法……教えてくれるって……いったじゃない」
零れた言葉。零すつもりのなかったソレ。だめだな。色んな気持ちが湧いてきて、胸が苦しくて辛い。
ざありざぁり。
「ふぇ?」
生暖かくザラザラとしたモノがほっぺに触れるのを感じた。黒っぽい毛が視界に入る。それは、いつも気怠そうにおばぁちゃんのお店の窓辺にいた猫のもので……
「ええ? セバト、なんで!?」
「貴女が、泣いているから……泣かないで下さい。イチ」
空色と金色の瞳がこっちを見てる。
「泣かなくても大丈夫です。レイアは貴女の傍に、ずっといますよ」
「え? セバト……喋ってる? うそ、セバトが喋ってるぅううう!?」
『喋ってるんじゃなくて、あんたがわかるようになっただけさね』
驚き慌てふためく私の耳に、聞き覚えのあるしゃがれた声が降ってくる。
『お誕生日おめでとう。イチ。あんたも魔女の血が目覚めたようだ』
見上げると、しわくちゃのあの笑顔が私を見下ろしていた。
「えっ? えっ? ええぇぇえ!?」
『なんさね。イチ。人をバケモノでも見るような目で……』
「レイアはバケモノでしょう。現に、イチが心配だからと死んでまで此処に居座る人間は、貴女以外目にした事がありませんよ。
相変わらずの規格外ですね」
『うるさいよ。セバト。あんたも相変わらずの減らず口さね。あれだろ? ツンデレって奴だろ。どうだい?あたしゃ博識なんだよ』
「ツンデレ……またネットですか? いい加減年相応の行動と言動に落ち着くべきです」
『探究心ってのは、幾つになっても持つべきだよ。歳を理由に敬遠するなんて勿体無い事、あたしゃ到底できないねぇ。
日々勉強、日々精進、生涯現役! ってね』
「余計な知識をこれ以上仕入れないで下さい。迷惑です。それと貴女もう死んでますからね。生涯終えてますからね」
『確かに語弊があったね。あたしゃ既に故人だった』
カラカラと豪快な笑い声が響く。ぽんぽんと掛け合う老婆の霊と毒舌な黒猫。
えっと、待って? 意味がわかんない。ナニコレ? どういう事?
『ーというわけでイチ。ばぁちゃん、オバケになっちゃった』
目をまん丸にし言葉を失う私に、おばぁちゃんはウィンクをしてきた。
あーこのヘンテコなウィンクの仕方……間違いなくおばぁちゃんだ……いや、でもなんで……
『そりゃ、あんたを一人前の魔女にする為さねぇ。それに約束しただろう? あんたの傍にずっといるって』
田舎街の片隅にある、古ぼけた小さな小さな魔法のお店。
私が10歳になった日、無愛想な黒猫は喋りかけ、死んだおばあちゃんはオバケになって現れた。
私を立派な魔女にする為に。
幽霊のおばあちゃんに叱咤されながら、使い魔や魔本と一緒に成長していく少女の物語……。
続きは貴方の中で綴って下さい。