14 死因を探る
空には青空が広がり、長く見ていると涙が出そうなほど晴れていた。
「ねぇ」
やるせない気持ちを引きずったまま、神社に戻る。石段に腰かけてぼんやりしていると、学生鞄を手に持った甘夏が立っていた。
「何してるの? こんなところで。今日暑いから熱中症になっちゃうよ」
「それ、ギャグか? 俺が熱中症になるわけないじゃんか」
「……ん? あっ、そっか、そうだよね。あ、家に入れないならいま鍵開けるから」
言葉に甘えて、立ち上がる。
「テストどうだった?」
「ばっちり! ほとんど解けたんだ!」
甘夏は幸せそうに白い歯を見せて笑った。
少女とともに家に入る。
他人の家には違いないが、俺にとっても落ち着く空間に変容していた。
町にいくのはヤメよう。なんだか酷く疲れてしまった。
「これで憂い事がなくなったよ」
自室についてすぐに、甘夏は上機嫌でシャツのボタンをはずしはじめた。
「あっ」
途中で俺がいたことに気づいたらしい。
「向こう行ってて!」
と半ば怒鳴るように言うと、部屋から俺を締め出した。
「でもまだテスト期間中だろ?」
「他の教科は簡単だもん。数学乗り越えたら余裕ー」
「油断大敵にならないといいね」
ドアを挟んでなんでもない会話をする。
先程の男の事は訊かなかった。
甘夏に相談しても仕方がないことのように思えたからだ。目を背けていても、結局いつかは終わりが来る。
「ねえ」
がちゃりとドアを開けて、正面から二つの瞳と目があった。
「大丈夫? なんか元気ないね。声に覇気がないよ」
「元気なんかあるわけないだろ。死んでんだから」
「……たまにあなたがそういう存在だって忘れるの」
「それでも、俺は……」
死んでる。
男の濁った瞳を思い出す。
いつか俺もああいう風に召されるのだろう。
「あのさ」
甘夏はにっこりと微笑んだ。
「デートにいかない?」
いつになく上機嫌だ。よっぽどテストに手応えがあったのだろうか。
制服か寝巻きしか見てこなかったので、おしゃれなチェニックの甘夏はなんだか新鮮に感じた。麦わら帽子をかぶってくるくる回る。
「どう?」
「似合ってるよ」
「うふふ」
にこにこと楽しそうに俺を見た。
「どこ行くの?」
バスに乗ってから訊ねる。テスト期間で早く帰宅したので、まだ時間的には昼下がりだ。
「シャーペン買いにいくの」
「たくさん持ってたじゃん」
「もうわかってないな。新しいペンが欲しくなったんだよ。部活用のペン」
「部活って、……え、新聞部の?」
「そう」
にたぁ、とチェシャ猫のようにように笑う。
「今日さ、テスト期間中だから部活しちゃダメなんだけど、鈴野さんが私のために部員集めて歓迎会してくれたの。学食でお昼食べただけだけどね」
「ほー。どうだった」
「スッゴク楽しかった! いい人ばっかりなんだよ!」
それか、彼女はバスが停まるまで新聞部の活動について熱弁し始めた。
甘夏とのデート(?)は楽しかった。もちろん、俺の姿は他人には見えないので、端から見たら彼女が一人ではしゃいでいるだけなのだけど。
シャーペンを買うだけと言っていたのに、結局彼女は服も買った。
荷物持ちできないのが、残念で仕方ない。
買い物を済ませた少女は一休みするため近所の公園のベンチに腰を掛けた。
はっきりと気温を感じることはできないが、太陽は燦々と降り注いでいるので、きっといつもより暑いのだろう。
日陰のベンチに腰かけて、ハンカチで額の汗を拭う。
「夏が近いね」
ぼんやりと空を見上げて甘夏が呟いた。セミはまだ鳴いていない。暑い6月の下旬だ。
隣に腰かける。
「時間が過ぎるのって早いね。このままじゃ、あっという間に受験生だよ」
なんとなく友達と雑談するような調子で彼女は言った。
「……俺には将来があるのが羨ましいよ」
「あ、ごめん……」
「なんてな。全く気にしてないけど」
けらけらと笑って言ったが、甘夏の笑顔を引き出すことはできなかった。
「そ、それで進路はどうすんの? やっぱり家継ぐの?」
神主という職業を女の子が継げるのかは知らないが、聞いてみた。
「……お父さんからはそうやって言われてる……」
「嫌なの?」
「嫌じゃないよ。むしろ好きな方。だけど、わたし……」
言い淀む甘夏に「一人で抱えず相談するのって大切だぜ」と声をかける。小さく頷いてから甘夏は続けた。
「わたし、それよりもっと先生って職業が好きなんだ」
恥ずかしそうに目線を合わさず、それでもはっきりと彼女は言った。
教師、か。
「……うん、合ってるよ」
「ほんとうに、そう思ってる?」
「思ってるよ。甘夏の落ち着いた雰囲気は先生に向いている。でもなんで神主じゃなくて先生になりたいの?」
「中学校の時、優しくて可愛くて、そんな先生にお世話になったの」
「いいじゃん。憧れた人と同じ仕事したいって普通のことだしさ」
「……ありがとう」
甘夏はそう言って、ふいに涙をポロリとながした。
「え」
突然のことで言葉を失う。
「ご、ごめん、急に……涙が」
袖口で必死に目元を拭う。
さっきまで笑っていたのに、今は泣いている。女の子は本当によくわからない。
必死に「大丈夫?」と彼女に声を掛けた。
公園は子供達の声に溢れていた。ターザンロープで雄叫びをあげ、わいわいと非常に楽しそうだ。
「うん、ごめん、平気。ありがとう、私、たぶんその言葉をずっと誰かにかけてほしかったんだと思うの……、最近いろんなことを考えちゃってさ」
「さっきも言ったけど一人であれこれ悩んでてもなんも解決しないぜ。友達に言ってみなよ」
「うん、そうだね」
指を組み、彼女はぼんやりと空を見上げた。
「うちの神社、江戸時代から続いてて、私で11代目、なんだってさ。由緒正しきってやつ」
甘夏は不貞腐れたように足元の小石を軽く蹴る。テンテンと転がって一メートルもいかないところで制止した。
「だから、私が継がないと家系が途切れちゃうの」
「兄弟は?」
「いない。一人っ子だもん。異父兄弟なら一人いるけど」
「ん? どういうこと?」
「私が五歳のときにお母さんの不倫が原因で別れたの。親権はお母さんだったんだけど、不倫相手が私のこと邪魔だって言って、施設に預けられる直前にお父さんに引き取ってもらったんだ」
「父方が神社の家系なんだね。血筋があるから神社をついでほしいってことなのかな」
「……うん」
甘夏は力なく頷いた。
しばらく他愛のない話をした。
好きなドラマの話、一番面白かった小説、クラスメートの話、俺が話せることはなかったので、ただひたすら聞き役だったが、彼女との会話は面白かった。
家に帰る。
「ただいま」
鍵は開いていた。
靴抜きで靴を脱いでいると、背後から野太い声がかけられた。
「どこをはっつき歩いていたんだ? 今日はテストで早く帰れる予定じゃなかったのか?」
袴姿の父親が立っていた。
背が高く白髪が多い。いつも遠くからしか見たこと無かったので正面から甘夏の父親を見るのははじめてだった。
「あ、お父さん……今日は地鎮祭のご予定では」
「予定より早く終わったんだ」
父親の目は冷たい。
「勉強を怠るなと口酸っぱく言ってるだろ。いくら大学は推薦で行けるからといって……」
「っ」
甘夏は下唇をぎゅっとかんだ。
「お前、まさか、あのバカな野球部の男と付き合ってるんじゃないんだろうな?」
無言で首を横にふる甘夏。
「そうか、わかってると思うが、いまが一番大切な時期なんだ。居間でばあちゃんがお守り作ってるから手伝ってやれ」
「……はい」
小さく呟いて甘夏は居間に向かった。
「なあ、なんで、親父さんに敬語なの? 神道関係?」
廊下を歩きながら、甘夏は首をゆっくりと横に降った。
「ねえお父さんと私って似てるとおもう?」
質問の答えではなかった。どこか寂しさを滲ませて彼女は呟くみたいに言った。
「似てるわけないよね。血なんか繋がってないんだから」
「どういう……」
甘夏は襖に手を上げ元気よく引き開けた。
「ただいま! おばあちゃん!」
俺の疑問を振りほどいて、落ち込んだ空気を一掃するかのような明るい声だった。
甘夏は祖母の正面に座り、お守り袋に淡々と紙をつめていく、地味な内職を始めてしまった。
困った。話し相手がいなくなるとどうにもこうにも暇である。
時計の針が音をたてて進んでいく。
「学校は楽しいかい?」
「うん」
お祖母ちゃんが微笑みながら甘夏に声を掛けた。
「ほうかいほうかい。そりゃいいことや」
「でも、たまにつまらないよ」
「つまらない日があるからなんでもない一日が輝くのさ」
甘夏は「そうかもねぇ」と返事をして、また黙々と手を動かし始めた。
一個二個三個とできていくお守り。
中身が女子高生によって封入されていたなんて、微妙にショックだ。いや、ある意味付加価値はついているのかもしれないけど。
「……」
甘夏は無言でお守りを作り続けている。
「甘夏、返事をしないでいいから聞いてくれよ」
退屈なので俺は華奢な彼女の背中に声をかけた。
「さっきの話の続きだけど、やりたいことを我慢して生きるのは、死んでるのと同じことだと俺は思うよ」
「……」
「親は安全で確実な道を示すけど、望んだことじゃなければ本当に不幸なことだと思うんだ。まずは自分のことをしっかりお父さんに伝えてみるべきだと思うよ。理解されないかもしれないし、反対されるかもしれない。その時に自分が本当にやりたいことを考えてみればいいじゃないか」
甘夏は黙々と手を動かしていた。
聞いてくれなくてもいい。ただの独り言だから。
俺は床にしゃがんでぼんやりと天井の隅を見た。
網戸から優しい風が室内に吹き込む。
なにか、おもしろいことでもおきないかな、と思っていたら、いつの間にか寝てしまった。




