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11 死因を探る


 授業中は話し相手もおらず退屈なので、校舎内を徘徊することにした。静けさに支配された学校はなんだか不気味だ。

 そんなこんなで放課後を迎え、甘夏のところへ戻ったところ、彼女はちょうど掃除に行こうと立ち上がったところだった。

「秋沢」

 俺より先に江川崎が甘夏に話しかけていた。俺は肩をすくめて少女の横に立った。

「な、なに?」

 江川崎は辺りを見渡してから、声を潜めて口を開いた。

「昼のあれ、誤解してそうだから」

 誤解とは奇妙な事を言う。あんなお楽しみのところを見て、誤解もへったくれも無いだろう。

「べつに江川崎くんが誰となにしてようと、私は気にしないよ」

「いや、えっと、そうじゃなくてさ。べつに俺はあの子と付き合ってるってわけじゃなくて」

「え?」

 ドン引きを表情にだした甘夏を見て、慌てて江川崎はフォローをいれた。

「ああ、違う、えっと、何て言ったらいいかな。相手さ、半ば無理矢理ヤろうっていってきたから、あんま抵抗できなくて。つまりさ、俺はべつにアイツが好きってわけじゃないわけ」

「そう、なんだ」

 そんなこと言われても反応に困る、って感じで甘夏は小さく頷いた。

「そういうわけでさ、えーと……」

 言葉に詰まって、江川崎は頭をポリポリと掻いた。

「……秋沢は誰かと一緒にいたのか?」

「……」

「声がしたからさ」

「私はあのとき一人だったよ。先生に頼まれてた資料を取りに行ったの」

「そ、そっか、気のせいか」

 脈絡のない質問に妙な間が訪れる。

「と、とりあえず掃除に行こうか」

「うん」

 なにがしたいんだろう、こいつ。

 言い訳に失敗した江川崎はこめかみを人差し指で掻き、当番であるトイレに向かった。



「さっき何の話してたの?」

 女子トイレの雰囲気は最悪だった。

 前の日と同じようにトイレの掃除を始めようとしていた甘夏を、同じ班員の女生徒二人が囲んだ。

 本当なら外で待っているべきなんだろうが、不穏な空気を感じた俺は、幽霊の特性を生かして内部に侵入し、なんとも言えぬ現場に立ち尽くしていた。

「ふ、普通の世間話だよ」

「世間話? ほんとに?」

 クラスメートとは思えない敵意のある声だ。

 清掃中の立て看板で誰もはいって来ないので、甘夏を助けてくれる救世主が現れることはない。

「うん」

 必死にかくかくとうなずく甘夏。

 女生徒二人は「ふーん」と鼻を鳴らして嗜虐的な笑みを浮かべた。

「あのさー、わかってると思うけどさ。江川崎は森田さんのカレシだから下手に手を出さないほうがいいよ」

「私はべつに江川崎くんのこと、好きとかそういうのじゃなくて……」

「アタシたち森田さんから悪い虫がつかないように見張っとけって言われてるからさァ、気を付けてね」

 空気が黒く濁る。

 ゴム手袋を手にはめ、

「じゃないと便器みたいに掃除しないといけなくなっちゃうから」

「うっ」

 甘夏の柔らかそうな頬をつまんで笑った。

 思わず俺は蹴りをしていたが、すり抜けるだけで無力を感じるだけだった。

「じゃあ、秋沢さん、掃除よろしくね」

 ゴム手袋を床に落として、女生徒二人は出ていった。

 ばたんとしまるドアに、すすり泣きの声が隠される。

 甘夏の瞳からは涙が溢れていた。

「あの……」

 声かけると彼女は一度鼻をすすり、

「あのさ……」

「っ」

 会話を拒絶するように、個室に入って、鍵を閉めた。

 しゃくりまじりの声がする。

「あのさ、甘夏」

 どうすればいい、何て声をかければいい、どうすれば彼女の痛みを軽減することができるだろう。

「ごめん、俺が、勝手なことばっか、お願いしたから」

「ちがう、ちがうの、そういうことじゃない」

 甘夏の声は震えていた。

「なんでもない、なんでもないの、誰も悪くない、だから、いまは一人にして」

「……」

 彼女の意思を尊重してあげたいが、そんなことできるわけがなかった。

 ここから去るのは簡単かもしれない。ただ俺はいまの彼女からは離れたくないと思ったのだ。離れたら見失ってしまいそうで。

「……ここにいるよ」

「出てって。ここ女子トイレだよ」

「ここにいる。ここにいるから、落ち着いたら帰ろう、いっしょに」

「ばか、いいよ、もう、知らない。勝手にすれば」

「うん。そうする」

 怒鳴られたが、彼女の声に少しだけ覇気が戻った気がした。

 俺はその場にしゃがんで、ゆっくりと彼女が戻るのを待つことにした。


 数分して甘夏は個室から出てきた。目元が赤い。何度かこすったらしい。

「ごめん、ありがとう」

 謝罪とお礼を同時に言われ、戸惑う俺をおいてけほりに、彼女は平然と掃除をし始めた。

 たくましいな、と静かに笑いが起きた。


「江川崎くん、チアリーダー部の三年と付き合ってるらしいんだ」

 帰り道。彼女はゆっくりと歩道を歩いた。一人ぶんの影が伸びている。

「昼休みにヤってた人?」

「ヤって……あっ、え、ちがうの、別の人」

「くずじゃん」

「うーん……モテるんだろうね」

 バス停への道中、甘夏とおしゃべりを楽しむ。人気はない。

 乗り捨てられた錆びだらけの自転車が青々とした生け垣に埋もれていた。

「そんなんだから、一部の女子からけっこう嫌われてて、でも気さくだからまったく人気がないってわけじゃないの」

「よくわかんないな」

「結局さ、野球部のエースだから。付き合ってるだけで女子はステータスなんだよ」

「なんだそれ」

 俺には想像できない世界だ。

 初夏の爽やかな風が甘夏の長い髪を撫でた。

「もうすぐ大会だしね。甲子園の予選」

「そうなんだ」

「スポーツ興味ないの?」

「なんでわざわざ疲れることすんの?」

「私も運動好きじゃないからなんも言えないけどさ」

 そう言って甘夏ははにかんだ。


 バスに揺られて、神社に帰る。木々のトンネルを潜り、境内につくと、端っこのスペースで、幾人かの男たちが謎のオブジェクトを作っていた。

「おー、おかえり、なっちゃん」

 そのうちの一人が気さくに手を挙げた。ずいぶんとフランクな人たちだ。

「あ、ただいま」

 頭にタオルを巻いた男性が「よっこいしょ」と立ち上がって伸びをした。間接がパキパキと音を立てた。

「いま帰りかい。おっきくなったねぇ」

「そんな変わらないですよ」

「いやいや、美人になったよ」

 周りからそーだそーだと声が上がる。甘夏は照れ臭そうにお礼をいってその場をあとにした。

「あれ、なに作ってんの?」

 境内に集まった男の人たちは藁を編むように大きな円上のリーフを作っていた。大きなフラフープみたいだ。

「ちのわ」

「ん?」

「もうすぐ夏超の祓えだから」

「なにそれ」

「ただいまー!」

俺の質問はお祖母ちゃんのおかえりなさいにかき消された。


「夏越の払えは毎年六月の末にやる神社のイベントだよ。近所の氏子さんたちが手伝いに来てくれるの」

 自室についてから、教えてくれた。

「半年分のケガれを落として、その後の半年の健康を祈るの」

 鞄を机にかけながら、甘夏は小さくあくびをした。

「それがあのワッカとどう関係あんだよ」

「厄落としの方法が「茅の輪くぐり」っていうの。八の字に三回、呪文を唱えなからアレを潜るの。そしたら病気にならないんだって」

「ほんとかよ。はじめて聞いたけど……」

「私もよくわかんないけどね。でも出店とかもあるからちょっとしたお祭りみたいで楽しんだよ」

「神社ってお祭り好きだよな」

 一回も行ったこと無いけど。

「そりゃそうだよ。お祭りの由来が宗教なんだもん。奉るとかさ。夏越の祓えは今週末だから、暇だったら見てみたら」

「俺が参加したら祓われるだろ」

「ふふっ」

 冗談を言い合って同時に吹き出した。

「つうか、甘夏はなんかやるの?」

「……」

「どうしたの?」

 突然無言になったので、顔を覗きこむ。

「私は売店の受付」

「巫女さん?」

「うん」

「まじか」

「なんで嬉しそうなの?」

「いや、わかんないけど、なんかテンション上がった」

「でもね」

「うん?」

 甘夏の顔は青い。

「その前に期末があるの」

「……いつから?」

「明日」

 事態は切迫しているらしい。


 お風呂を上がり、自室に戻った甘夏はパジャマ姿のまま「やるぞー!」と気合いを入れた。

 机の上に数学の教科書とノートを広げる。

「よーし」

 シャーペンを握る。

「やるぞー!」

 芯を出す。

「解くぞぉー!」

 停止。

「……」

 ノートには問題とイコールが綴られ、それ以降は一切記入が無かった。

「はやく解けよ」

「……」

「おい」

 石像のように固まる。

「私ね。数学が苦手なの……」

 泣き出しそうな声でポツリと呟いた。

「見せてみ」

「え」

 ぐいっと身を乗り出して問題を眺める。数列だった。

「そんな難しく考える必要はないんだよ。数の式の規則性を探って解いていくだけだから、ある程度パターンを把握しちゃえば余裕だよ」

 問題を一文指を指して、「例えば」と続ける。

「これなんか公式をそのまんま使える。だけど、公式の成り立ちを把握しておいた方が覚えるのは楽だ。ちなみにどこがわからないの?」

「……どこがわからないのかわからないの」

「オーケー。一つ一つ復習していこう」

 なかなか骨が折れそうだ。




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