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10 死因を探る


 なんて声をかけたらいいのか分からなかった。

 全部俺が悪い。

 予想外とは、いえあんな情事を目の当たりにするなんて、甘夏には刺激が強すぎる、ような気がする。

「大丈夫かい?」

 しゃがみこんだ甘夏を体調を崩したと勘違いしたらしい黒縁眼鏡の女生徒が声をかけてきた。

「うずくまってお腹でも痛いのか。保健室に行く?」

「あ、違うんです、立ちくらみがあっただけで」

 甘夏は慌てて顔をあげ、立ち上がった。

「それは心配だな。肩を貸そうか?」

「いや、そんな大事じゃないんで」

 恥ずかしそうに愛想笑いを浮かべる。廊下は昼休みの喧騒に包まれ、立ち話に興じる二人もその景色に染まっていた。

「そうかい。それはよかった。まあ困ったことがあったらなんでも言ってくれ」

「困ったこと……」

 女生徒に微笑みを投げ掛けられて甘夏はぼんやりと呟いた。

「新聞部の部室って」

「ん?」

「新聞部の部室ってどこですか?」

 甘夏の質問と同時に、眼鏡の女生徒はプルプルと震えだした。寒風に投げ出されたウサギのようだ。

「え、え、だ、大丈夫ですか?」

「ついについについに!」

「え、なにが」

「きみは、なん組? 名前は?」

「あ、えと二組です。秋沢といいます、けど、突然、なんですか?」

 勢いに負けるように名乗る甘夏の手をがっしりと掴んだ眼鏡の女生徒はにんまりと笑った。

「そう、アッキーだね。ウチは鈴野、よろしく!」

「あ、よ、よろしくおねがいします」

「同い年だしタメ語でいいよ。さ、それより急ごう! 早くしないと昼休み終わっちゃう」

「はい?」

「入部希望者でしょ? さ、ついてきて、部室はこっちだよ」

 必死に「違います!」と甘夏は訴えたが、鈴野は聞く耳をもたなかった。

 鈴野が意気揚々と甘夏の手をもって半ば引きずるように先行する。

 上履きが擦れる音が廊下に響くのが恥ずかしかったのか、甘夏はやがて抵抗するのを諦めたように、ショボショボと鈴野のあとに続いた。


 新聞部の部室は一番端っこにあった。

 聞いていた話と大分違う。

「さ、さっ、中に入って、遠慮することはない!」

「お邪魔します……」

 涙目だ。

「もっと自己主張したほうがいいって」

 たまらず声をかけてしまう。

「だってぇ……」

 涙目で俺を見てくる。悪いがこの世ならざる者にはどうしようもない。

「さっさっさっ、お茶を淹れよう。新聞部に入ればポットのお湯も使いたい放題さ」

 鈴野は微妙すぎるアミニティを自慢しながらティーカップをお盆に載せて持ってきた。

 鼻を刺すような濃厚な匂いが室内に漂う。

「さ、どうぞ」

 甘夏はペコリと会釈をしてからティーカップに口をつけた。

「ハーブティーさ。それはローズヒップ」

「美味しいです」

 愛想笑いを貼り付けて甘夏は答えた。

「だけど、私は……」

「ところでアッキーは文章を作るのは好きかい」

「え、えと、きらい、ではないです」

「そっかよかった。じゃあ、早速綴ってみようか。ここに、君の名前を!」

 蛇に睨まれた蛙みたいに固まる甘夏。

 差し出されたのは入部届けだ。

 ボールペンもセットである。

「……す、すみません、私はべつに入部希望者というわけじゃなくて」

 さすがに流されるわけにはいかないと悟ったのか、存外強い口調で甘夏は続けた。

「用事があっただけなんです。新聞部の部室に」

「用?」

 肩を落として鈴野は首を捻った。

「でも入部希望者以外に部室に用がある人なんていないよ」

 謎の決めつけに甘夏は少しだけ眉間にシワを寄せた。

「あの、バックナンバーを見せてほしいだけなんです」

「壁新聞の? それは構わないけど、なんだってそんなものみたいんだい?」

「えっと……」

 素直に言っても信じてもらえないだろう。ばか正直な甘夏は言葉に窮した。融通がきかないらしい。

「兄貴の記事が載ってるとかてきとーなこと言っとけ」

 甘夏にしか聞こえないので、普通の声量でヒントを与える。彼女はそのまんま告げ、鈴野を納得させた。

「オーライ。それならバックナンバーをお見せしよう。ただ部外持ち出し厳禁だから閲覧はここだけにしてくれよ」

 

 色とりどりのファイルが棚にずらりと並ぶ。

 バックナンバーは相当数あった。

 甘夏は一年前のものを手に取りパラパラとめくっていったが、目当ての記事を見つけるのには時間がかかりそうだった。

「……」

 残り数分の昼休み中に済む用事ではない。

「あの、また来ていいですか?」

 あきらめて、ファイルを棚に戻す。

「んー、うち個人的にはかまわないよと言いたいところだけど、他の部員の目があるとどうにもね……」

 困ったように鈴野は後頭部を掻いた。

「部員なら、いいんですよね」

「そりゃ、そうだけど」

 しばらく無言で考えていた甘夏は意を決したように言った。

「私、入ります。新聞部に」

 予鈴が鳴った。その音にも負けないくらいの大声で鈴野は「本当かい!」と叫んだ。

「ただ、あの、私、二年なんで」

「ウチも二年さ! しかも文学部との掛け持ちで本業は向こうの方さ!」

 なにも自慢できることじゃない。

「そのだから、もうすぐ受験勉強とかも始めないといけないんで、その、それに家業もあって」

「?」

 甘夏はたどたどしく続けた。

「あまり、活動できないと思うんで、その、幽霊部員というか、仮入部というか、そういうのでお願いしたいです」

 よくわからない頼みだ。

「いやはやそういうことかい」

 にたりと笑い、鈴野は一回手を叩いた。

「かまわないよ。籍だけでも大変助かる。実はあと一人メンバーが増えると給付される部費が少し増えるんだ。名前だけでも貸してくれるなら願ったり叶ったりだ」

「あ、それならよかったです」

「まあ、入り口はそんなものでも、いつかはペンを握ることの魅力にとりつかれるものさ」

 鈴野はにたりと笑った。


「悪いな」

「え?」

 本鈴まであと五分程度しかない。鈴野と別れ、はや歩きで教室に戻る甘夏に俺は話しかけた。

「わざわざ部活にまで入ってもらって」

「べつにいいよ。私もなにか始めたいって思ってたし、それに」

 教室のドアを開けながら小さく呟く。

「誰かの役にたつのは嬉しい」


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