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9 死因を探る


 目を覚ますと、甘夏は再び下着姿だった。

 口内で小さく「なんでやねん」と突っ込む。

 ちらりと窓を見るとすっかり日が昇っていた。チュンチュンと雀の声がする。

 朝だ。

 カーテンから漏れる白い明かりに目を細めて起き上がる。

 どうやら幽霊の睡眠は随分と深いらしい。

 甘夏はシャツを羽織り、スカートを履き、鏡の前で長い髪を結っていた。

「なぁ」

「ひっ!」

 またも大げさに跳び跳ねられた。親切心からタイミングを見計らって声かけているのに逆効果らしい。

「わっ、わ、わ、あ、い、いたの?」

「おったよ」

「え、でも、え、いつの間に?」

「寝ると気配なくなるらしいね。よくわからないけど」

 体を起き上がらせる。

「おはよう」

「お、おはよう」

「今日も学校?」

「うん。……」

 俺の意思を伺うようにちらりと上目遣いで見られる。さて、どうしたもんか。

「暇だから俺も行っていい?」

「うん。いいよ」

 甘夏はにこりと笑い、鞄を持って立ち上がった。


 1つ思い出したことがある。

 俺はあの学校の進学コースに通っていた。二年二組だ。 クラスメートの名前は忘れたが、ぼんやりと顔は思い出せる。

 人見知りの甘夏に二組に行ってくれというのは酷だろう。だから、彼女が授業に出ている間、俺は一人行動に出ることにした。

 甘夏にその旨を伝えて、彼女のクラスの前で別れる。目指すは二組。

 授業中の廊下はとても静かだった。漏れ聞こえる教師の声がたまに響くぐらいだ。

 穏やかに午前中は過ぎていく。

 途中道に何回か迷ったが、すぐに目的地にたどり着くことが出来た。

 廊下側から中を見てみる。

 英語の授業中らしい。黒板に見慣れぬ文法が綴られていた。

 教師が黒板を向いた瞬間、ドアを開けようとしたが、すり抜けるだけでやはりうまくいかなかった。

 全くもって不便だが、どうせ見えないのだから、臆することはあるまい。

 黒板側のドアに移動し、ガラス越しにクラスの様子を見る。

 全員が全員、まっすぐ黒板の文字を追い、同じようにペンを動かしている。

 そこに見知った顔はなかった。

 やはり。

 ぼんやりとした予想が確信に変わる。

 どうやら俺が意識を失ってから半年以上が経過しているらしい。

 なら、俺の体は。

 いや、落ち着け、寝たきりの意識不明の重体の可能性がまだあるじゃないか。

 ともかくあれから何ヵ月経っているのか、俺の体はどこにあるのか、調べるのが先決だ。


 あいにく頭に霞がかかったみたいに自分がいた年代が思い出せないが、一つはっきりと思い出したことがある。俺は死ぬ前に新聞部の手伝いをしていた。あの歯列矯正の友人ならば、きっと俺が落ちた時の事も記事にしているに違いない。それを読めばある程度思い出せるはずだ。

 思い出したからといって現状が変わるわけではないが、いまよりずっと前に進めるのは間違いない。

 興奮を深呼吸で落ち着かせ、俺は甘夏のいる教室に戻ることにした。


 普通科三組の甘夏のクラスに戻ったはいいが、扉が開かないとなかにはいれないので、授業が終わるまで廊下で待機する羽目になった。

 漏れ聞こえる地理に耳を澄ますのも不毛なので、外の景色を見てぼんやり過ごす。

 雨が降ってきた。小雨だが、しとしとと町を濡らしていく。アスファルトが黒く染まっていった。

 チャイムが鳴って、先生が扉を開けて出ていく。入れ替わるように内部に侵入する。「やあ」と軽く手を挙げたが、甘夏は一番後ろの席で不機嫌そうに眉をよせるだけだった。

「ん?」

 小休憩の時間にも関わらず、室内の女子はトイレに行こうともせず、ぐだぐだとおしゃべりに花を咲かせている。一方、男子はというとぞろぞろと連れだって教室を出ていった。

 民族大移動でも起こったのかな、と首を捻りながら辺りを見渡していたら、顔を赤くしてコバエでも追い払うように手をしっしっと動かす甘夏と目があった。

 なにしてんだろ、とぼんやり眺めていたら、教室から男子は一人もいなくなった。

 男女別に移動教室でもあるのかな、と考えていたら、女子連中はシャツのボタンを外しはじめた。

「あ、体育か」

 気づいた時にはもう遅い。

 ラッキースケベな展開ではあるが、透明人間たる俺に性欲のような感情はなかった。それは少し悲しいが、今はよかったと心底思う。

 すけべな顔を甘夏に見られないですむから。

「ごめんごめん。気づくの遅れた」

 教室のドアはぴったりと閉められているので、今さら逃げることはできない。出入りでしか教室内を行き来できないのだから、許してほしい。

 甘夏の突き刺すような視線を浴びながら、誰もいない窓際に行って外の景色を眺めた。


「最低!」

 体操着姿の女子の一団から一歩後ろを歩く甘夏はぼやいた。

「見てないから許してよ」

「覗きとか不潔だよ」

「あんなん気づかないよ。教えてくれなきゃ」

「私があなたに声かけてたら、不審者に思われるじゃん」

 唇を尖らせてプリプリと頭から湯気が出ている。

 唯一外界との繋がりである少女の機嫌を損ねるのは得策ではない。

「ごめん。悪気はなかったんだ」

 体育館に着くまで謝りたおしたらなんとか許してくれた。



 女子は十月の体育祭に向けて、ダンスを練習しているらしい。体育館に上履きのゴムの音がキュッキュッと響いていた。

 耳覚えのある洋楽に合わせてボンボンを持った何人かがピョンピョンと楽しそうに跳ねている。

 甘夏はというと、どんくさかった。

 真剣なのは伝わってくるが、どうにも動きがきごちない。

 まあ、彼女に限った話ではなく、クラスの女子の半分くらいがそんな感じだ。きっとやる気があるのは一部のスクールカースト上位の女子だけなのだろう。

 十月までにはがんばって仕上げてほしいもんだ。


 体育は少し早めに終わった。

 着替えの時間と移動の時間を教師が考慮してくれたらしい。

 甘夏はまた誰とも話さず、話しかけず、後ろの方をとぼとぼ歩いていたので、そっと声をかけた。

「ダンスいいじゃん」

「……怒るよ?」

 お世辞は通じないらしい。顔を赤くして静かに睨み付けられた。

「練習すればもっとうまくなるよ。それよりさ、新聞部に行ってほしいんだよ」

「藪から棒だね。新聞部? なんで?」

「俺の死因を探りたい。事故の記事があると思うんだ」

「ふーん。お昼休みでいい?」

「うん、それでかまわない」

 教室に戻ってから甘夏たちはまた制服に着替え始めたが、さすがに今度は廊下で待った。

 彼女が授業を受けている間、俺は必死に記憶の糸をたどり、友人の重要な発言を思い出していた。

 歯列矯正器具をつけた彼から聞いた新聞部の部室は部活棟の二階の一番奥、そこにはバックナンバーがいくつかあるはずなのだ。


 休み時間、お昼を食べ終わった甘夏は早速行動に移ってくれた。

 青春の三年間をしょうもないことに捧げる連中を尻目に甘夏は新聞部の扉を叩いた。返事はない。

「誰もいないみたいだよ」

 小さくささやいてから、ドアノブに手をかけた。

「開いてる」

 鍵はかかっていなかった。

 静かに扉を押し開ける。

 カーテンが閉まっているので薄暗かったが、窓はなぜかなぜか全開で室内に優しい風が流れ込んできていた。三階にも関わらず、校庭で遊び回るサッカー部のバカ笑いが飛び込んできていた。

 倉庫のようなところだ。

 机が重ねて置いてあり、なぜかわからないが、寸胴鍋と炊飯器が置いてあった。

「バックナンバーを探してくれ」

「それは構わないけど、……ねぇ、ここほんとに部室なの?」

「そう聞いていたが……おかしいな」

 新聞部の具体的な活動を知らないのでなにも言えないが、どうにも奇妙だ。


 がたん、俺の思考がそんな音に分断された。

 物音がした。目を見合わせる。

 甘夏は俺の意図を汲んでくれたのか、音がした方に歩みを進めた。物が多く歩きづらいので横歩きだ

 棚の隙間から顔を覗かせた甘夏は、思わず息を飲んでいた。


 半裸の女子と男子がいた。

 甘夏は言葉を失っている。

 察した俺がため息をつくよりも早く、甘夏の顔がみるみる赤くなっていく。

「あっえっと」

「きゃ」

 小さな悲鳴を上げて、乳房を見られた女子はシャツを引っ張ってそれを隠した。あと床に転がる赤いブラをどうにかした方がいい。

「ちょっと、見ないで、なにしに来たのよ」

 先生ではなく生徒ということを悟ったのか、偉そうに怒気を込めて女生徒は言い放った。

「あ、えと、ごめんなさい」

 甘夏は逃げるように部屋をあとにした。

 それにしても、彼女は気づいたのだろうか。

 一切声をたてず、目を見開いていた相手の男性は、江川崎に違いないということに。

 まあ俺には関わり合いのないことだけど。

 廊下に出てから甘夏は大きく深呼吸し、その場にしゃがみこんだ。耳まで真っ赤だ。

 そういうのに耐性がないのだろうか。

「……最悪」

 ぼそりと少女は呟いた。


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