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『鏡にうつるのは』

作者: 佳石/K@—YO

 ふと、後ろを振り返ってみた。

壁にかかったカレンダーには、今日という日が赤いマジックで丸く囲まれている。

首を傾げる。はて、今日は何か特別な日であったか。


 旦那サマは日曜だというのに仕事、子どもたちは学校のお友達のところに遊びに行っている。

迎えに行くまでにはまだ数時間ある。

レシートをたくさん並べた机に向き直り、途中だった家計簿の計算を続ける。


 最近どうも物忘れがひどくなった気がする。

少し不安に思いつつも、忙しい毎日に流されていればそれさえも大した問題ではない。

 首を傾けると、関節が小気味よく鳴った。どうやら、ひどく肩がこっているようだ。

子どもたちが帰ってきたらに肩を揉んでもらおう、と計算を続けながら思う。


 手を延ばしたコーヒーはもう冷たい。入れてからどれくらい経ったのか、壁にかかった時計を見ても、実は何も考えていないので同じ動作を何度も繰り返す。実際、時間を認知するのに4度は時計を見ることになった。

 頭が働かない。はて、今日はなんの日だったろう。

「やめた」

 家計簿を閉じ、レシートをかき集めるとエプロンを畳んで机に置いた。

車のキーは玄関の下駄箱のうえだ。


 服は…と、全身鏡に自分をうつした。まだまだ若いと思う。

結婚が早かったから、同じ年頃の子どもたちの母親よりは客観的に見ても若い。

ただ、こうして毎日を家で過ごしているとふいに、自分が浦島太郎のように気付かないうちに老いてしまったのではないかと思う瞬間がある。


それが恐い。だから鏡だけはどんなに忙しくても必ず見る。

鏡は嘘をつかない。アタシはまだ若い。

そうよね?


「ただいまー」

玄関の鍵が開く音がしたと思うと、子どもたちの賑やかな声が廊下をこちらへ向かってくる。

「あれ、どうして?これから迎えに行こうと…」


驚いた顔でアタシが子どもたちの顔を見回していると、仕事で遅くなると言っていたはずの旦那サマまでがリビングのドアから顔を出した。

「あなたまで!」


本当に驚いたアタシは口に手を当てた状態で後退りして、躓いて後ろにあったソファに尻餅をついた。

「もぅ!どうして電話をくれないの、行き違いになるところだっ…」


ダマされたような気分になったアタシが少し怒りながら言いかけると、目の前がアタシの好きなカスミ草でいっぱいになった。


「誕生日おめでとう!」


旦那サマと子どもたちの声がカスミ草の向こうからした。

あぁ、そうか。今日はアタシの誕生日だったの。


 大きな花束を右に傾けて、改めて旦那サマと子どもたちの顔を見る。

みんなにこにこしている。

アタシもにこにこしている。


「ありがとう」


アタシはまだ若い。でも、今日またひとつ年をとった。ただ、とても幸せなとり方だったけれど。


ふと見た鏡にうつっているのは、どこからどう見ても「幸せな家族」だ。


<あとがき>

とても昔に書いた短編。というよりショート・ショート。

大学の親友の誕生日にその子のイメージで書いたお話です。


不思議な事に、事前情報無しで書いたものの

本当にカスミ草が一番好きな花であったこと。


お互い離れて暮らし年に何度も逢えないけれど、

今では本当にこんなあたたかな家庭に彼女がいる、

それがとても幸せです^^

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