カボチャパンツと建築(1)
俺たちは荷車を引き、小屋まで帰ってきた。
月夜がグランディを荷車からおろし、小屋の前に寝かせている。グランディの身体だと、小屋に入るのはキツそうだ。
「うーん。それにしても……」
俺はまた役立たずだった。
グランディを乗せた荷車は重く、俺は荷車を引くことが出来なかった。
今も月夜がグランディを荷車から降ろすのを、月夜の後ろで見ていることしか出来ない。
キノコの娘のスペックが高いとはいえ、美少女に負けているのはプライドに響く。
すでにズタボロのプライドではあるが……。
「う、うーん」
「グランディ!」
グランディの眉間と目頭にシワがより、グランディが唸り声を上げた。
「グランディ大丈夫?」
月夜が心配そうな顔で、グランディの顔を覗きこむ。
「ん。だ、誰……?」
「私! 月夜だよ!」
「……月、夜?」
「そう! 月夜!」
グランディが目を閉じたまま、月夜の方に顔を向ける。
「月夜ちゃん!」
グランディが月夜を引き寄せ、寝た状態で抱き付いた。月夜も抱き付き返す。
月夜は寝ているグランディに抱き付いているので、俺の立つ位置からだと月夜のスカートの中が見えて、カボチャパンツが丸見えだった。
感動的なシーンだというのに、俺はどこを見ているのか……。
俺はなるべくスカートの中を見ないように、グランディの顔に視線を固定した。
「良かった! グランディが戻って来て良かった! 私、もうダメかと思って……!」
月夜がグランディの首もとに顔を埋める。その声は震えていて、どうやら泣いているようだった。
グランディが慈愛に満ちた表情で、月夜に頬擦りをするように顔をくっ付ける。そして、目を閉じたまま、月夜の後ろにいる俺の方に顔を向けた。
「……人間? 何で人間がいるの?」
「え?」
俺はグランディの言葉に驚いた。
目を閉じているのに見えているのか?
俺は確認すべく、カニ歩きで左右に動く。すると、俺の姿を追いかけるように、グランディの顔も左右に動いた。
どうやら見えているらしい。
「ああ、グランディに紹介しなきゃね」
月夜がグランディから離れて、俺とグランディの間を遮らないように、身体を右にずらす。
俺は寝ているグランディに顔がよく見えるように、地面に膝を付いた。
「私が人間界から召喚したご主人なの。ベルゴットを救ってくれるんだよ」
いや、ちょっと待て。
確かに俺はベルゴットを取り戻す協力をしてはいるが、救ってくれるというのは語弊があるような気がする。
ここは訂正しておくべきだろう。
「俺は――」
「ご主人様?」
「はい、そうです」
俺はグランディのご主人様呼びに即答した。
グランディはおっとりとした可愛らしい顔付きをしている。
可愛い女の子にご主人様と呼ばれるのは、気分最高だった。
「ご主人、キノコの娘のアマニタ・グランディだよ。一緒に暮らしてたんだけど、いきなりいなくなって……」
月夜の目に涙がにじむ。
「本当に戻ってきて良かった……」
月夜が目尻の涙を拭った。
「身体は大丈夫?」
「身体は……」
グランディは身体を揺すってもぞもぞと動く。両手でパタパタと身体を触るが、起きて確認しようとはしない。
「……痛いところはないけど、身体が重くて起き上がれない」
「ああ、それはさっきご主人が水をかぶせたからだね」
「ん? どういうことだ?」
起き上がれないことと、水をかぶせたことがどう関係あるというのか。
「グランディは水に濡れると身体が重くなる体質なの」
「乾かせば軽くなるんですよ」
「へー」
面白い体質だ。
「悪いとこはどこもないみたい。乾くまで待てば普通に動けそう」
「良かった……」
月夜はホッと息を吐く。
「さっきまでグランディはデストになってたんだよ」
「え? 何で?」
「もう。こっちが聞きたいよ。いなくなってから今までどうしてたの?」
「えーと……」
グランディはしばし考える。
「うーん。覚えてない。デストに襲われて、もうダメだって思ったところまでは覚えているけど、目が覚めたらここで、月夜ちゃんが目の前にいたよ」
「そうなの……」
「自分がデストだったなんて実感ないなぁ」
グランディはそう呟きながら、自分の身体をパタパタと触りまくっていた。
「あ、そういえば、他のキノコの娘は?」
「それは……」
笑っていた月夜の顔が暗くなる。
そうなるのは当たり前だ。
今は月夜以外いない。
「どうしたの?」
急にうつむいて黙った月夜を、心配そうにグランディが見る。
「今は月夜しかいないんだ」
俺は言いづらそうにしている月夜の変わりに答えた。
「そんな……!」
グランディはショックを受けた顔をしていた。
「……で、でも私、諦めないよ。こうやって、グランディは帰ってきたもん。きっと皆、どこかにいるはずだよ」
月夜は顔をグッと上げ、瞳に涙をにじませたまま凛々しい顔をした。
「……そうだな」
俺は月夜の望みを肯定するように頷き、月夜の頭を優しく撫でた。
「俺もそう思う」
何も出来ない俺だが、少しでも月夜の心の支えになれればいいなと思った。