カボチャパンツと探索(2)
また小屋を出た俺は、辺りを見回した。
紫色の空に生い茂る木々。さっき襲ってきた缶のデストはいないようだ。
俺はほっとする。
勢いで俺も行っていいかなんて言ってしまったが、デストとかいう化け物はやはり恐い。
「探索は北の方。小屋の裏手から真っ直ぐに行くわ」
月夜はそのまま小屋の裏に行こうとする。
「探索の用意とかはしないのか?」
俺は月夜に付いていきながら、ふと思ったことを口にした。
「探索の用意? 何をするの?」
月夜が立ち止まって振り返る。
「何をって、例えばデストと戦う為の武器だとか、途中で休憩する為の食料や飲み水とか」
月夜が俺を見て、目をパチクリとさせた。
「探索に何か持っていくなんて、考えたこともなかったわ。そっか、そういうものを持っていけば、途中で回復することが出来て、探索を失敗することも減るのね。さすがご主人! 私にはそんな発想なかったわ。やっぱりご主人を頼って良かった!」
「おいおい。今まで丸腰でやってたのかよ……」
俺は月夜に呆れた。
「今は武器も食料もないけど、飲み水の用意は出来るわ。すぐに持ってくる!」
月夜は走って小屋に戻っていった。
「武器も食料もないって……」
そこまで切羽詰まっているのか。
そういえば、小屋の中にはほとんどものがなかった。
仲間を失い、生きていくにも事欠く暮らし。
月夜は……。
月夜はどんな思いで、デストに立ち向かっていたのだろうか……?
「お待たせ!」
小屋から出てきた月夜は、小さなタルを二つ持っていた。タルには持ちやすいようにヒモが付いている。
「一つはご主人のだよ」
俺は月夜からタルを受け取った。ずっしりと重い。
水だけをタルいっぱいというのは、持ってきすぎな気がするが……、まあいいか。
「よし。出発しましょう」
月夜と二人で、小屋の裏手から森の中に進む。
森といっても、人が通れるぐらいの幅で木が生えていて、歩くのに邪魔になったりはしない。木の枝もほとんどが俺の身長より上に伸びているのばかりで、視界は良好だった。
まだデストは出てこない。
俺はキョロキョロと見回しながら進むが、森は静かで平和そのものだった。
デストの姿を見ていなければ、あんな化け物がいるなどと信じられなかっただろう。
しかし、デストはこの森のどこかにいるのだ。いつあの缶のデストが飛び出してきても、おかしくはない。
ノドが渇いたように感じ、俺はツバを飲み込んだ。
「ご主人」
「ひゃい!」
俺は思わず肩を揺らして立ち止まる。
つい変な声が出てしまった。
俺は月夜から熱くなった顔を隠した。
「大丈夫よ。ご主人は私が守るから、安心して歩いて」
「お、おう」
うう。
これは情けない。
俺は心持ち俯きながら、また月夜と二人で歩き出した。
「デストってのは何で缶の形をしているんだ?」
俺は月夜と話をして、恐怖を頭から追い出そうと思った。
「デストの形は山神様が人間界で受けたストレスによって形を変えるの。缶のデストは缶ゴミのポイ捨てによって受けたストレスね」
「ゴミのポイ捨て……」
「水が汚れればヘドロのようなデストが発生して、排ガスの汚染でガスのデストが発生するの。その他にも色々」
俺はポイ捨てしたりするわけではないが、人間のせいでキノコの娘がツラい目にあっているかと思うと、申し訳なくなった。
恐怖心は薄れたが、別の感情で心が重くなる。
完全に話題チョイスミスだ。
しかし、月夜との話題となると、どうしたってデストの話か、キノコの娘の話か、月夜の生活の話になってしまう。
暗い話になること間違いなしだろう。
何か気のきいた話はないのか……。
考えてみるが、何も出てこない。
己のトーク力のなさが嫌になる。
「ご主人、止まって」
月夜が俺の前に腕を出して、俺を制止した。
俺は言われた通りに立ち止まり、月夜を見る。
「どうした?」
月夜は目を細めて、正面を見据えていた。
俺も正面を見る。
木々はまばらで、ところどころ青々とした繁みが生えている。
どこも変わったところはないように見える。
「月夜?」
「しっ」
月夜は口に指を立てて、俺に静かにするよう伝えてくる。
月夜のジェスチャーで俺が黙ったその時、前方からがさがさと草を動かす音が聞こえてきた。
俺も正面を注視する。
すると、木の陰や繁みの中から、缶のデストが出てきた。
しかも、一体や二体ではない。
十体以上はいるかというデストたちが、俺たちに向かってきていた。
「おいおい……」
一斉に襲われるなど想像していなかった。
俺は戦力にならない。
この数のデストを月夜一人で倒せるのか?
月夜を見ると……。
月夜は笑っていた。