カボチャパンツと探索(1)
着替えを済ませた俺は、パソコン机のイスに座った。
「じゃあ指示の出し方を説明するわね」
月夜が俺の後ろからマウスを掴む。
俺の背中に月夜の身体が軽く当たり、その部分が暖かい。
そして、柔らかい。
これはもしや……。
これはもしやあああ!
俺はチラリと月夜の方を見た。
月夜は前傾姿勢でマウスを掴んでいて、俺の背中に当たっているのは……肩だった。
くそっ。
騙された。
「ちゃんと聞いてる?」
「あ、悪い」
俺は下に向けていた視線を上げた。
おおっと、これは……。
月夜の顔が目の前にあった。
前傾姿勢のおかげで、より顔が近付いていた。
「ご主人?」
プルンとしたピンク色の唇が動く。
背中は残念だったが、これはこれで……。
「ご主人!」
「うおっ!」
至近距離の叫び声で、耳がキーンとなった。
「もう! ちゃんと聞いてよ!」
「ああ、悪い悪い」
今度はちゃんとパソコンの画面を見る。
パソコンの画面には左側にメニューリスト、右側に地図らしきものが出ていた。
地図の中央は緑色で、小さく真四角に切り取ったようになっているが、他は真っ黒だった。
「これがベルゴットにおける私のテリトリーの全体図。この緑色になっているところが、私たちのいるところよ」
「これ何でほとんど黒いんだ?」
「……この黒い部分がデストに支配された地域なの」
「これほとんど支配されているじゃないか」
9割以上支配されていることに、俺はギョッとする。
「ええ、そうよ。さっきも説明した通り、危機的状況にあるわ」
これは先行きがとてつもなく不安だ。
「デストによって地形を変えられている可能性があるから、この黒い部分については、私にもどうなっているか分からない。このデストに支配された土地を探索で取り戻し、開拓していくの」
「探索は分かるが、開拓って何するんだ?」
「建築や植林、栽培とかそういったこと」
「俺にそんな技能はないが……」
俺は大工ではないし、農家でもない。
そんなこと学校でも習わない。
知らないことをやれと言われても無理だ。
「戦闘と同じでそれも私がやるわ。ご主人は指示を出して、私に命令するだけ」
「……そうか」
これって俺、必要か?
当たり前の疑問が頭をもたげる。
まあ、命令してほしいというのならするまでだ。
俺にそれ以外の選択肢は用意されていないのだから。
それに、美少女に命令するなどそうそう経験出来ることではない。
そう考えれば、だいぶ美味しい状況だった。
「この左側のメニュー欄で、作業する内容を選ぶの。今回は説明の為に、私がやるわね」
月夜がマウスを動かすと、パソコンの画面内で矢印のカーソルが、探索と書かれたアイコンの上まで動く。そのままクリックすると、地図の緑色の上下左右が点滅しだした。
「この点滅しているのが、探索出来る範囲。とりあえず、上を探索するわね」
月夜は緑色の上の点滅をクリックする。画面が切り替わり、五つの茶色い枠が現れ、横一列に並んだ。
「ここで探索に行かせるキノコの娘を割り当てるわ」
一番左の枠の内側をクリックすると、また画面が変わってカードが現れた。カードには可愛らしい女の子のイラストが描かれている。それは月夜のイラストだった。イラストの下には、プロフィールとステータスが書かれている。
「……キノコの娘って、体力とかが数値でわかるのか?」
「そうだけど、人間はそうじゃないの?」
月夜を見ると、きょとんとした顔をしていた。
「そうじゃない」
「へー、人間って変わっているのね」
変わっているのは、キノコの娘の方だと言いたい。
「で、このイラストカードをクリックすると、探索メンバーに入るの」
月夜が自分のイラストカードをクリックする。すると、前の画面に戻り、一番左の枠に、月夜のイラストカードが入っていた。
「これで準備は終了。あとは探索を開始するだけよ」
「あれ? こっちの余っている枠は何だ?」
月夜のイラストカードが入った枠と同じものが、あと四つ残っている。
「これは……」
月夜が言いよどんだ。
「どうした?」
月夜を見ると、沈んだ顔をしていた。
「月夜?」
「……この枠は、他のキノコの娘を選ぶ枠よ」
「他の? だが選べるカードは月夜しか……。あ、いや、そういえば、さっき月夜は『私たち』って」
「そう。キノコの娘は私一人じゃないの。いえ……。『一人じゃなかった』というのが正しいわね」
マウスから手を離して、月夜は真っ直ぐに立つ。顔は俺から背けるようにしているから、表情を伺うことが出来ない。
「昔は、私の他にもたくさんのキノコの娘がいたわ。……だけど、デストに襲われて少しずつ減っていったの。今は私だけしかいない」
月夜は黙りこんだ。
「そうか……。すまん」
余計なことを聞いてしまった。
「ううん。いいの。……皆の分も私が頑張るから、ご主人もよろしくね」
月夜は俺を見て笑って言った。
しかし、月夜が無理をして笑顔を作っているのは丸わかりで、それは痛々しいほどだった。
俺には慰めることぐらいしか出来そうにないが、月夜がそれを拒否しているのは、その作り笑いから分かった。
頼られているが、月夜の心には大きな壁があった。
出会ったばかりなのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、何だか悲しかった。
「ああ、分かった」
俺は当たり障りのない返事をする。
それしか出来なかったから。
「よし! じゃあ私は探索に出掛けるわ!」
月夜は力強く言ったが、空元気なのは明白だった。
「あとは右下の探索開始ボタンをクリックするだけ。そうすれば、私は探索に出掛けられるってわけ」
マウスを操作して、月夜は探索開始をクリックした。
「探索中の私の様子は、探索メニューから見ることが出来るから、気になった時はチェックしてね。それじゃあ行ってくるわ」
月夜はドアに向かう。
「あ、ちょっと待った」
「ん? 何?」
ドアノブに手をかけながら、月夜が俺を見て首を傾げた。
「俺も行っていいか?」
「別に構わないけど……。どうして?」
今は月夜を一人にしたくないから。
何て俺に言えるわけがない。
「あー、探索がどんなものか確認しておこうと思って」
「なるほど。確かにどんなものか分かっていれば、指示も出しやすくなるわね。分かったわ。一緒に行きましょう」
「ああ」
俺は立ち上がり、月夜とともに小屋を出た。
月夜から作り笑いが消えたことに、安堵しながら。