カボチャパンツと俺(2)
缶が俺に飛びかかろうとした瞬間、ドアが閉められた。
「この小屋の外はやつらのテリトリーなの。何の準備もなく外に出たら危ないわよ」
「や、つら……?」
俺はドアを閉めてくれた月夜を見る。
「やつらは山神様の不のエネルギーを得て、具現化したデストという怪物よ。今のベルゴットはデストに支配されつつあるの」
「ま、さか……」
俺を嫌な予感が駆け抜ける。
「あなたにはあのデストから、ベルゴットを取り戻してほしいとお願いするつもりだったの」
最悪なお願いだった。
「だけど驚いたわ。私が説明するよりも早くデストに挑もうとするなんて。やる気満々ね」
「そ、い、や、違!」
いやいやいや!
それ違う違う!
否定の言葉を口にしたいのに、デストの恐怖から口がうまく動かない。
「私、嬉しい!」
月夜は満面の笑みを見せた。
可愛い。
いや、そうではなく!
早く断らないと大変なことになる!
「でも、あなたは戦わなくていいのよ?」
「へ?」
「戦闘は私にまかせてちょうだい」
どういうことだ?
「力の弱い人間に、そんな無茶なお願いはさすがに出来ないわ」
「じゃあ、俺は何の為に……」
戦わないと分かったら身体から力が抜けて、口も動くようになった。
「あなたにはここで命令を出してほしいの」
「命令?」
「ええ、そうよ。話が長くなるからとりあえず座って」
俺は月夜に促されて、テーブルの席に着く。
月夜は俺が座ったのを確認してから話し始めた。
「私はキノコの娘。キノコの娘は山神様がゆっくりと休息がとれるように、この地、ベルゴットを豊かにしていくのが役目なの」
月夜は話ながら戸棚に向かう。
「山神様は人間界で山を統治し、その疲れをベルゴットで落とす。その落とした不のエネルギーがデストとなるんだけど、ってこれはさっき言ったわね」
月夜は戸棚から木製のコップを取り出し、戸棚の隣に置いてある樽のフタを開けた。
中には水が入っており、月夜はヒシャクで水をすくい、コップに入れる。
「デストは具現化するとベルゴットを荒らすようになるの。私たちはデストを倒し、荒らされた大地を修復する。そうしてここは成り立っていた。どうぞ、飲んで」
月夜が水の入ったコップを俺の前に置く。
飲んでみると澄んでいて、目の覚めるようなとても美味しい水だった。
「それが近年、山神様の不のエネルギーが著しく増え、私たちでは対処仕切れなくなったの。この近辺はまだ自然が残ってはいるけれど、もう時間の問題……」
月夜が暗い顔をする。
「私たちの力だけではどうすることも出来ないということで、この状況を打開する為に、人間の知恵を借りようとなったわけ」
「それで、俺か……」
「そう! 私への指示はあのパソコンから出来るわ」
月夜が部屋の隅にあるパソコンを指す。
この場所には不釣り合いに見えるパソコンだったが、その構造は普通のパソコンとかなり違うようである。
「あと、もしデストがベルゴットを完全に支配するようになれば、人間界へも影響が出るわ」
「え?」
影響が出るとはどういうことだ。
「山神様は人間界の山々を守っているの。ベルゴットが支配され、休息することが出来なくなれば、山神様の力は弱まり、山を統治することが出来なくなる」
「そうなるとどうなるんだ?」
「人間界の山が痩せ細ったり、地を支えることが出来ずに地滑りが起こったり、最悪……」
月夜がいったん黙った。俺は間が空くのが嫌で、先を促す。
「最悪?」
「力を抑え込むことが出来なくなって、最悪全火山一斉噴火になるわ」
「一斉噴火……」
その状況を考えて、俺は青ざめた。
世界の命運が俺にかかっている。
とんでもなく重い指名だった。
「これを辞退するってのは……」
もし失敗すれば、その被害は計り知れない。
こんな責任重大なことは出来れば避けたい。いや、絶対避けたい。
「無理です」
月夜はあっさり答えた。
「何で?」
「あなたをこちらへ呼ぶのに使用したアイテムは、千年に一度現れる特別な胞子の結晶。もうないから他の人間は呼び出せないわ。次に現れる胞子の結晶を待っていたら、デストにベルゴットを征服されてしまう」
なんてこった。
俺は頭を抱え込む。
つまり俺は拒否することも、失敗することも許されないということだ。
とんでもないことに巻き込まれてしまった。
「……あ、もしかして、元の生活のことを気にしている?」
「は?」
「なんだか悩んでいる様子だったから……。でも、大丈夫。人間界とベルゴットでは時間の流れが違うの。だから、こちらでしばらく暮らしていても、あなたの元の生活に影響は出ないはずよ」
「違う! いや、それは助かるけど、そうじゃねーーー!」
俺は頭をさらに抱え込み、悶えながら天に向かって叫んだ。
「え? じゃあ何?」
本気で分からないという風に、月夜は首を傾げた。
「くそーーー!」
逃げることが出来ない俺には、もはや嘆くことしか残されていなかった。