カボチャパンツと俺(1)
俺は突然の冷たい衝撃と苦しさに目を覚ました。
「ガハッゴホッゴホッ」
急激な鼻と肺の痛みにむせる。
「な、何だ?」
目頭がくらくらとするのを叱咤しながら、俺は目の前を確認した。
「……カボチャパンツ?」
緑色の光の中に浮かぶ黒のカボチャパンツ。そこからアミタイツに包まれたムチムチの足がすらりと生え、さらにその足を包むピチピチの黒のロングブーツが目の前に迫っていた。
「目が覚めた?」
「カボチャパンツが喋った!?」
「ちょっと! 違うわよ!」
カボチャパンツが後ろに下がる。すると、カボチャパンツのより上の姿が見えた。
「……誰だ?」
俺は寝ていた身体を起こした。
やたら翻る大きなスカートに、ワンピースになっていると思われる肩もろだしのドレス。腕にはワンピースと繋がっていないが、袖口が大きく広がっている袖を着用していて、それを肘のあたりにベルトを巻いて固定している。
ゴスロリというのだろうか?
黒のドレスの内側が緑色に光っており、どうやら俺はスカートの中を見ていたらしい。
いきなりのことで驚いたが、もっと堪能しておけばよかった。
しかし、カボチャパンツではいささか色気にかける。それに、絶対領域というのはミニスカートとニーソックスの間に生まれる素肌がチラリと見えるのが至高である。
見てはいけないものを見てしまったかのような背徳感と、それでも募る肌色への興奮。それらが合わさることでさらなる高揚を生み出すのだ。
が、それはそれとしてスカートの中は誘われるような魅力があるので、じっくり見られなかったのは残念である。
とりあえず、それは置いておくとして、カボチャパンツの持ち主は奇抜な格好をした少女だった。
黒のゴスロリもそうだが、緑色のヘッドドレスで飾られた褐色の長い髪の裏側がゴスロリと同じように緑色に光っている。
そして、瞳も同じように緑色に光っていた。
顔の造作は整い、美人な少女だったが、光る瞳のせいで、それが逆に怪しさを増していた。
怪しい少女だったが、それ以上に俺の目を引くものがあった。
それは、胸だ。
ワンピースの上部は身体の線にそった作りになっているが、胸の部分も胸を片方ずつ下から包み込むように作られており、胸の割れ目がぱっくりと見えている。そして、胸の半分しか隠していない布地からは、溢れんばかりの胸が今にもこぼれ落ちそうだった。
これは……。
指を引っかけるだけでボロンと……!
俺の一部分が思わず熱くなるのを感じた。
そして、その胸が俺の目の前に迫ってくる。
これは、触れということかあああぁぁぁ!!!
「ちょっと!」
急な怒鳴り声に俺はハッとした。
「あなた私の話聞いてる?」
「え……。あ……」
気付けば、少女が俺の顔を覗きこんでいた。そのせいで、胸が迫ってきているように見えたようだ。
触らなくてよかった……。
「すまん。聞いていなかった」
「えぇー。ちゃんと聞いててよ」
少女が頬を膨らまして怒った顔をする。
整った顔だが、それが動くと案外可愛らしいな。
「私の名前は静峰月夜。私があなたをここに連れてきたの」
「連れてきた……?」
俺はそこで初めて周りを見回した。
壁も床も木で作られた部屋で、どこかの山小屋といった感じだった。
どこかへ繋がっているであろうドアはあるが、窓はない。
部屋の中には端に寄せられた木製のテーブルとイスがあり、その隣にはこれまた木製の戸棚が置いてある。
この部屋で唯一近代的なのは、テーブルの反対側の端にある机に置かれたパソコンだった。
俺はその部屋の中央で倒れていたようだ。
そして、俺自身はべちゃべちゃに濡れている。
「何で濡れているんだ?」
「そ、それは……。あなたがなかなか起きないから……」
月夜が足で何かをスカートの後ろに隠そうとしたが、失敗して転がり出てきた。
それは、木製のバケツだった。
つまり、俺は水をぶっかけられたのか。
なんとも雑な起こし方だ。
「ここはどこだ?」
「ここはあなたの住む世界とは別の世界。山の神の安息地、ベルゴットよ」
「はあ? 別の世界? 山の神?」
ヤバい。
電波にでも拉致られたか?
「あなたにこの世界を救ってほしいの」
月夜が俺の手を握って緑色の瞳で見つめてくる。
「ええーと」
俺は月夜から目をそらした。
豊満な美少女に見つめられているのに嬉しくない。「それはー」
曖昧な返事をしながら、俺は立ち上がった。
ここにいるのは少女が一人。
強引な手を使えば逃げられるはずだ。
俺は出口と思われるドアをチラリと見る。
部屋の中はそんなに広くない。ドアまではすぐだ。
「お願い」
月夜がさらに手を強く握ってきた。
「そのー」
ジリジリと尻を擦り、俺は身体をドアの方へと運ぶ。
「それはちょっと遠慮させてください!」
バッと立ち上がり、俺はドアに向かって走る。
「あ! 待って!」
例え捕まっても、振り切ればいい。
豊満と言えど、月夜の身体は細い。そんなに力はなさそうだ。
いける!
捕まる前にドアに手が届く。
ドアノブをぐっと握り、回し開けた。
開けたドアの隙間から、光が漏れ出てくる。
外だ!
「ダメ!」
月夜が叫んでいるが誰が聞くか。
俺は構わず、ドアを思い切り開けた。
「脱出うぅぅううう?」
俺は外の状況を見て立ち止まった。
「何だここは?」
生い茂る木々。
これはいい。
山小屋のような部屋だったから、どこかの山の中じゃないかと予想していた。
だが、こんな空は知らない。
こんな紫色の空なんて。
空には紫色の靄がかかっていた。
そして、木々の間を歩くあれ。
始めは空き缶が転がっているのかと思ったが、違っていた。
缶に手足が生え、それを器用に動かして歩いている。
えーと。
あれだ。
缶のオモチャ。
そう缶の形をしたオモチャか何かなんだ。
そうに違いない。
しかし、その考えは裏切られた。
缶がこちらを向いたかと思うと、缶の真ん中が裂けたのだ。
俺はヒュッと息を飲む。
裂けた部分はギザギザとなり、それを噛み合わせるようにカチカチと動かしている。
そして、俺に向かって走り出した。
「危ない!」