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『ん』
あらすじ世界一短い小説である『あ』に対抗! 世界一短い台詞による短編ですにょ。
「ん」
はにかみやの娘が、一輪の花を差し出す。今年いちばんに見つけた、たんぽぽ。
「ん」
無口な夫が、空のご飯茶碗を差し出す。退院して初めて食べる、家でのごはん。
「ん」
私が指差して笑う。夫の頬についた、小さなごはん粒。
「ん」
挨拶にもならないような音を残して、息子が友達と遊びに出かける。
「ん」
寝たきりの祖父が、天井を指差す。
星の好きな彼のために、蛍光塗料で星座を描いた努力は報われたらしい。
「ん!」
娘は、祖父の鼻の穴で生け花を始める。
「ん!」
夫よ、それは5杯目のお代わりか。
「ん!?」
ケータイに着信。上京した長男からだ。
「ん?」
夫がこっちを見ている。
「ん。」
娘よ、それ以上祖父の周りに花を供えるな。
「ん!」
私はにこりと笑う。
夫に向けたケータイの画面には、彼女といちゃつく我が息子の笑顔。
「ん」
無口な夫は、新聞を読む作業に戻るが、心なしかその表情は嬉しそうである。
「ん~」
娘は、祖父の頭に花冠をかぶせてフィニッシュ。やり遂げた芸術家の顔であった。