12 円卓で増大するエントロピー【円卓】
ブリテンの11月の空は、今日も今日とて灰色であり、東からの冷たい風が、大地を覆う草を震わせていた。
石の城(砦)は、いくつもの石を積んで造られている。その巨きさを見るに、労力は、簡単に推し量れる。数多の妖精たちに祝福されたその城をーーひとはキャメロットと呼ぶ。
壁を飾るのは、赤地に白の紋様が染め抜かれたタペストリー。織工たちの手になる、壮大な仕事だ。床を彩る分厚い緋色の絨毯も、また然り。
部屋の中央には大きな円卓がおかれてあり、周りを、13人がぐるりと取り囲んでも、まだ、ずいぶんと余裕がある。
鋭い瞳の男ーーパーシヴァル卿は、立ったまま行儀悪くハギス料理をフォークでつつき、もてあそんでいた。
「俺はどうも、腑に落ちんのだ」
「何をだね、パーシヴァル卿」
卓の上に広げた羊皮紙の字面に見入っていた、眼鏡(!?)の男、グリフレット卿が、顔を上げ、チョイ悪オヤジ風のパーシヴァル卿を見やった。
「食品のカロリーについてだ」
「ほう、カロリー」
年若いグリフレット卿は、興味深そうな様子である。
「カロリーがどうしたというのだ、サー・パーシヴァル。よもや、貴公、エントロピー増大の法則を知らぬわけではあるまい?」
「ぐ……。も、もちろんだ。知っているとも。びろんびろんに伸びたゴムが、二度と戻らぬという現象だ。貴公の部屋が散らかっているのも、我らが王の名声があの白いドーヴァーの崖を越えてはるか異国に轟くのも、すべて、びろんびろんになったゴムは戻らんという現象と同じこと」
グリフレット卿は、少しばかり嬉しげに頷いた。我が意を得たりといった様子である。
「……フ。貴公、勉強したのだな。物理ⅠBの追試で赤点を取ったときには、貴公はもう終わりだと思ったものよ」
「よせ、そんな昔の話……。とにかく、だ。サー・グリフレット。熱っつあつのホット・ヌードルを食べても、冷めて伸びきったヌードルを食しても、カロリーが違わぬのは、何故だ……? カロリーとは熱量であるはず。熱っつあつのヌードルのほうが、カロリーが高いはずなのだ」
パーシヴァル卿の言葉に、グリフレット卿は驚いたらしかった。
「何と! 貴公、賢いな……。たしかに。だが、その理屈ならば、我々は、熱いホット・スプリング(温泉)に浸かっているだけで、生き延びられることになってしまう……。それは、いささか、おかしくはないか?」
パーシヴァル卿は、自分の顎をなでさすり、首をひねる。
「然り。貴公の言は、いちいち尤もだ。やはりーーあれか。我々は栄養学以前に、細胞(cell セル)の成り立ちを学ばねばならんというのかーー」
「? 貴公、今、何と? セル、といったのか?」
「……フ。やはり、書に埋もれるだけの貴公と、欧羅巴のみならず、東洋、はるか東の果ての明国にまで旅した俺とでは違うな。貴公、顕微鏡(Microscope)も見たことがないのであろう?」
「まいくろすこーぷ、だと? フン。そのようなもの、私の家には山と積んであるぞ! いいか、見ていろ。明日、持ってきて見せてやろう」
「いや、けっこう。顕微鏡は、何かを見るものであって、顕微鏡そのものを見ても、仕方がないのだ。サー・グリフレット」
「そ……そうか」
グリフレット卿はうなだれた。図らずも、自らの無知をさらしてしまったのだ。無理もない。
「して、その、セルとやらは、何なのだ」
「俺も良くは知らんが、何やら、我々の身体を形作っているモノらしい」
「ーーフン、見えたぞ。貴公、どうせいつもの讒言であろう? そのようなことをいって、私をからかうつもりなのだ」
「違う! 分かってくれ、サー・グリフレット! これは、我らが王の治世を確かなものにするために、欠かせぬものなのだ」
「もういい。私は、たまごっちに餌をやらねばならんのでな。失礼する」
「た、たまごっち……だと! 貴公、いつのまにそのようなものを!」
「ネット・オークションで手に入れたのよ……ふん。貴公は、せいぜい、その顕微鏡とやらで、セルとやらを眺めているが良い」
「クッ……! サー・グリフレット……っ!」
完敗だ。
悠々と歩み去る眼鏡のグリフレット卿を、その背中を、チョイ悪オヤジ風のパーシヴァル卿は、ただ、見送ることしか、できなかった。
(つづかない)




