9 田中、悪人になる。【田中】
「俺は今日から悪人になる。」
田中、17歳の春であったーー
「なんだと田中!?」
「田中をやめて悪人になるというのか田中!?」
田中は瞑目し、ゆっくりと語る。
「ずっと考えていたんだ。俺は何者なのかーー。誰か、と訊かれれば『田中』だと答える。だが、それは果たして、俺が何者かであるという証明になるのかーー否」
鈴木と佐藤と万里小路は、固唾を飲んで、田中の次の言葉を待った。
「たしかに俺は田中だ。だがそれは、田中に生まれたというだけのことーー俺は未だ、真の田中ではないんだ」
鈴木が、立ち上がった。
「いや、お前は誰よりも田中らしい田中だ。俺はかつて、お前ほどの田中には会ったことがない」
「ーーいや、いいんだ。」
田中は、鈴木の優しさに甘えたくなかった。
「これからは、お年寄りに席を譲ったりしない。狸寝入りを決め込むことにする」
佐藤が、悲痛な顔をする。
「ああ、田中! お前、そんなこと」
ここで、万里小路が口を開く。
「ーー田中。もう、決めたことなんだな」
万里小路の顔をしっかりと見つめ、確かな決意で、田中は頷いた。
「白い粉を路地裏で売りさばく。ーーオキナワ産の、サトウキビから精製した真っ白なやつだーーこれで皆を、メタボにするんだ」
「た、田中。いくらなんでも、それは悪すぎる。もうちょっと、小さな事から少しずつ積み重ねていったほうがいいんじゃないか?」
鈴木が、首をすくめながら言った。
田中は、ニヒルに微笑んだ。
「すでに俺は、行列のできるラーメン店の行列に割り込んだんだぜ……? もう、怖いものなんか、ないんだ」
「ま、まさかそんな。田中。やっぱりやめろよ。一度、悪人になったら、もう田中には戻れないよ」
戦慄に震えながら、佐藤が、止める。
田中は、ゴミ袋とホウキを手に、確固たる足取りで教室を出ていった。
「河原のゴミを拾いに行ってくるよ。いくら悪に堕ちても、これだけはやめられなかった……」
「田中……!!」
「田中ぁあああ!!!」
「お前……」
鈴木が、佐藤が、万里小路が、涙を流す。ーーそうだ。悪人であろうと、善人であろうと、彼は、生まれついての田中ーー
そう、田中なのだ。




