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最終話 智志活躍、後夜祭スペシャルイベント

 智志が正門を抜けると、

「サトシくぅん、ここだよぅ」

 亜紗が手を振りながら大声で叫んで、居場所を伝えた。

 真依も亜紗のすぐ隣にいた。

「あの、何があったの?」

 智志は心配そうに尋ねる。

「智志さん、クイズ大会に出てくれませんか?」

「クイズ大会?」

「後夜祭のイベントで、今から行われるの。優勝したら、店で買うと十万円はする超特大テディベアがもらえるの。わたし、みんなの前に出るのは恥ずかしいので。一般客も参加自由ですから」

 真依は智志の目を見つめながらお願いして来た。

校庭には他にも多くの同校生徒達や先生方、一般客が集まっていて、中央付近に野外ライブで使用されるような大きな舞台が設けられていた。

「僕も、自信ないなぁ」

「サトシくん、ここより進学実績の良い豊高生でしょ。楽勝だよ」

「いや、僕のテストの成績、豊高で三百人中七〇番くらいだし、そんなに大したことないよ」

 智志は謙遜してしまう。

「大丈夫。クイズ研主催だからその子達は参加して来ないから」

 亜紗は説明する。

 同じ頃、

『参加者、他にいませんかーっ? まもなく締め切っちゃいますよ』

 生徒の誰かが舞台の側でマイクを使ってしきりに叫んでいた。

「サトシくん、時間切れになっちゃうから早く申し込みに行こう!」

「うっ、うん」

 智志は亜紗に背中を押されていく。こうして亜紗と智志のペアで出場登録を済ませた。チーム名は『ラノベ大好き』と亜紗が名付けた。

 いよいよ締め切られるとクイズ研究会部員達の手によって、舞台上に長机と、参加者人数分のパイプイス。長机の上にチーム数分の押しボタンと色紙が数枚置かれた。

全部で一〇チーム二〇名【本校生徒一三名、一般客七名】が参加することになったのだ。

智志と亜紗、他の参加者は舞台に上がり、イスに座って始まるまで待機。

観客は基本立ち見となるが、地べたに座っている人も多かった。

しばらくすると、闘牛士の歌のメロディーが舞台両サイドにあるスピーカーから流れ始めた。

【ではこれより後夜祭、クイズ大会を始めまーす。みんな優勝目指して頑張ってね】

 その音声を背景に、司会進行役がマイクを使って告げる。すると観客席側にいる生徒・先生方・一般客から大きな拍手が沸いた。司会進行役はクイズ研究会部長が務めているようだ。

 司会進行役は初めにルール説明をした。クイズの形式は、早押しと書き取り。その両方がランダムに出題されるとのこと。最初に五ポイント獲得したチームが優勝となる。

【それでは早速第一問、世界一高い山……】

「分かったーっ! エベレストだ。楽勝、楽勝」

 亜紗は問題文が「山」と言い終えたところですばやくボタンを押し、自信満々に答えた。

 数秒間の沈黙。

「あれ? 違うの? 合ってるよね?」

 亜紗は観客席の方をきょろきょろ見渡す。

 次の瞬間、

 ブブーと不正解音が鳴り響いた。

同時に、観客から笑いも起こった。

「えっ、なんで、なんで?」

【ですが……世界で二番目に高い山は何でしょう?】

 動揺する亜紗をよそに、司会進行役は問題文を続けた。

「知らなーい」「二番目なんて眼中にないよ」「アコンカグア?」

 観客席にいる生徒達は口々に叫ぶ。

「こらこら、おまえら。地理の授業で習わんかったんか?」

 針ケ谷先生は笑いながら突っ込んだ。

「K2。ちなみに標高は、八六一一メートル」

 智志が緊張気味に答えた。

【正解。でも一度間違えてるのでポイントはあげられません。分かってたのに惜しかったね、ラノベ大好きチーム。早く答えたいという気持ちが墓穴を掘りましたね】

 司会進行役はにやりと微笑んだ。

「やるなあ、あの子」

 針ケ谷先生は智志を褒めて、パチパチ拍手した。彼が以前交渉しに来た子と同一人物だとは気付かなかったようである。

「ずるぅーい!」

 亜紗は大声で不平を呟き、唇を噛み締めた。

「勢理客さん、問題はなるべく最後の方まで聞いた方がいいよ」

「ごめんねー」

 智志に優しくになだめられ、亜紗はてへっと笑う。

(わたしが出れば、よかったかも。でも、わたしも緊張して、答えられなかったかも。智志さん、頑張って下さい)

 真依は複雑な心境で客席から見守っていた。

【ラノベ大好きチーム、これから五問、つまり六問目終了まで回答権がありません】

 司会進行役が嬉しそうに告ぐ。

「そんなぁー」

「五問も!?」

 亜紗と智志は嘆いた。

(これはまずいかも)

 観客席前の方にいる真依も少し心配する。

【第二問、世界一標高の高い場所にある鉄……】

 またも言い切る前に、あるチームがボタンを押した。

「青蔵鉄道」

 そのチームの子の一人が、ぼそぼそとした声で答えた。

【正解。世界一標高の高い場所にある鉄道駅、タングラ駅がある路線名を答えよという問題でした。鉄研チーム、推察力抜群ですね】

 司会進行役に褒められ、鉄研チームのメンバー二人は照れ笑いした。

「マニアかよ」

 智志はすかさず突っ込む。

(わたしも知らなかった。さすが鉄道研究会の子達ね)

 真依はほとほと感心する。

続く三問目も四問目も五問目も正解チームが出てしまい、ポイントを先制されていく。

(三問目以降、全部分かってたんだけどなぁ)

 智志は内心、とても悔しがる。

(サトシくん、マイちゃん、本当にごめんね)

 彼のその心境が、亜紗にも伝わったようだ。智志の表情に表れていた。

【第六問、次の漢字の読みを答えなさい】

 司会進行役が告げると、クイズ研究会部員の一人が大きな画用紙を持って舞台の上に上がってきた。

 画用紙には、『今帰仁』という文字が墨で大きく書かれていた。

 参加者の方に見せた後、観客側にも見せる。

「読めへんわー」「いまきじん?」「むずっ」「分からん」「漢検何級くらいの問題?」

 当然のような反応が起きた。

 回答権のあるチームは、用意された色紙に答えだと思うものを書き記していく。

 制限時間の十秒が経ち、

【そこまで、皆さん答えをオープン】

 司会進行役は命令する。出された答えは、[こんきじん][いまきじん][いまかえりじん]、無回答の四パターンだった。

【なんと、全チーム不正解。あの、ひょっとしてラノベ大好きチームは知ってましたか?】

「知ってたよぅ。ワタシのお祖母ちゃんちがある所だもん。答えは『なきじん』だよ」

 亜紗がかなり悔しそうに答えた。

【おおおおおっ! やはり。さすが勢理客っていう沖縄風な苗字なだけはあるね。これよりラノベ大好きチーム、復活!】

「やったあ!」

「良かった」

ようやく回答権が戻って来て、亜紗と智志は表情がほころんだ。

(ここから巻き返し出来るかなぁ?)

 真依は固唾を呑んで心配そうに見守る。

書き取り形式だと正解チームが複数出る場合がある。その場合、ポイントが与えられるチームはじゃんけんで決められる。つまり運も左右されるのだ。

その後は、九問目まで早押しクイズが続き、智志の健闘によりラノベ大好きチームが独走することが出来た。一気に3ポイントを獲得し、トップに躍り出たのだ。

 ところが、十問目、昆虫の写真を見て生物名を答える問題。十一問目、デシリットルを漢字に直せと連続で続いた書き取りクイズで共に正解したものの、他に正解していた鉄研チームにじゃんけんで連敗し、彼女らに並ばれてしまった。

その次の問題に差し掛かる前に、

【これより、スペシャルゲストのご登場です。チーム名は本の虫、どうぞーっ】

 司会進行役がそう告げると、新たに参加する二人が観客に向かって手を振りながら、舞台の上に上がってきた。

 他のクイズ研究会部員達がイスと、その他必要な物を手配する。

 観客からは、大きな拍手が沸いた。

「えっ! 何であの人が――」

 智志はかなり驚いた。

 一人は、石郷岡先生だったのだ。

 そしてもう一人は、ライトノベルを図書室に置くことを断固として認めてくれない針ケ谷先生であった。

「神辺くんも参加してたのね。じつは先生、ここの卒業生で、針ケ谷先生の教え子なの」

「えええーっ!」

 初めて知らされた事実に、智志はあっと驚く。

 他のチーム、そして観客席からは『おおおおおーっ』というどよめきと、拍手も沸いた。

「針ケ谷先生に憧れて、私も教師を目指そうと思ったの」

 石郷岡先生は嬉しそうに打ち明ける。

「やめてー、照れるわー」

 針ケ谷先生はくすっと笑った。

(どうりで石郷岡先生、生徒に厳しいわけだな。ていうか、針ケ谷先生も笑うんだな)

 智志は思わず笑ってしまいそうになった。

「あの針ケ谷先生が参加かぁ。ピンチだよ。針ケ谷先生は、雑学の知識も豊富だよ。ア○ック25の予選に、もう少しで通過するところまでいったこともあったらしいの。ちょっと厳しくなるかも」

「本当? あの人凄すぎる」

 ラノベ大好きチーム、やや自信を失う。

【それでは第十二問、化学の鶴見先生の飼っているペットの鶏の名前は?】

 司会進行役は、一般教養を身に付けただけでは答えられないような問題を出してきた。誰もボタンを押さない状態が続く。十秒間回答がないと全員不正解となる。

「サトシくん、知ってる?」

「この学校の先生の秘密なんて知るわけないよ」

 亜紗の問いかけに、智志は困惑する。

「チャボ衛門や。みんな答えんから遠慮せずに押したで」

 あと一秒でタイムアップになるところで、本の虫チームがボタンを押した。答えたのは、針ケ谷先生だ。

【正解。さすが! この問題は先生方しか知らないですよね。第十三問。竜巻で……】

「「はいっ!」」

 またも本の虫チームが、目にも留まらぬ速さでボタンを押した。

「ライマン・フランク・ボーム」

 今度は石郷岡先生が冷静な口調で答える。

【正解です。竜巻で飛ばされたドロシーとトトが、カカシ、ブリキのきこり、ライオンを仲間にしてエメラルドの都に向かう、というあらすじで有名なオズの魔法使いの作者は誰か答えなさいという問題でした。作品名は多くの方が知ってると思うけど、作者名は知らない人多そうですよね】

「はっ、早い。ワタシは問題文最後まで聞いても分からなかったよ。さすが国語の先生だね」

 亜紗は唖然とした。

「僕は最初、藤田スケールだと思った」

十二問目から十五問目までずっと早押しクイズで、本の虫チームが正解し続け四ポイント獲得。ラノベ大好きチームは一気に逆転された。

「なんで針ケ谷先生が出るんですか? 反則ですよ」

 亜紗は抗議する。

「うちらと針ケ谷先生じゃ、実力に差があり過ぎますよ」「せこい」「不公平です」「ハンディ付けてーっ」「針ケ谷先生、経験者やろ?」

 他の参加者からもブーイングが起きた。

「世の中そんなに甘くはないねん」

 針ケ谷先生はそれに臆さず、きりっとした表情で言い張った。

「先生もあのクマのぬいぐるみさん欲しくて、でも、先生だけの力では絶対無理だから針ケ谷先生にお願いしたの」

 石郷岡先生は照れくさそうに打ち明けた。

「勢理客、美甘、おまえらが勝ったら、ラノベとかいう低俗な駄文を、図書室に置いてやる!」

 針ケ谷先生は亜紗と智志のいる方を向いて、大きな声で宣言した。

「本当に!?」

「本当ですか?」

 亜紗は目を大きく見開き、真依の顔は綻んだ。

「ああ、約束してやる。せやから全力で頑張りやっ!」

 針ケ谷先生は握りこぶしを作り、迫力ある声でエールを送る。

【針ケ谷先生、優しいですね】

 司会進行役はパチパチ拍手する。連動するように客席からも。

「いやあ、まあ。かわいい教え子のためなら」

 針ケ谷先生は微笑み顔で告げた。

【では、第十四問、数学に関する問題です。(x‐a)(x‐b)(x‐c)という】

 ラノベ大好きチームはここでボタンを押し、

「0」

智志が大きな声で答えた。

【正解。よくこれだけで分かったね。xマイナスの部分にアルファベットaからzまでをを当てはめた展開式の答えだけど、数学が得意な子なら一瞬で解けちゃうよね。超有名な問題だし、ちなみにうちはこの間の中間テスト、数Ⅲ21点、赤点でしたよ。もう文転しまーす】

 司会進行役は照れ笑いながら自嘲する。

「おいおい、入試に出ん雑学ばっかやなく、教科の勉強も真面目にせえ」

 針ケ谷先生はその子に向かって苦笑いしながら忠告しておいた。

「先生、国語担当だから全然分からなかったわ」

「うちもや。お恥ずかしながら」

 この問題は、本の虫チームも手に負えなかった。

(わたしはすぐに答えが0だって分かったよ)

 真依の反応である。

現時点、ラノベ大好きチーム、本の虫チーム、共に優勝にリーチのかかった4ポイント。

他の九チームのうち、3ポイント獲得が鉄研の一チームだけで、他は1ポイントと0ポイントだった。

 もはやラノベ大好きチーム、本の虫チームの一騎打ちといった感じだ。

「先生、絶対負けないよ」

 亜紗は本の虫チームの二人を見つめる。

「こちらも手加減しないわよ」

 石郷岡先生はにこっと微笑んだ。

「そういや勢理客さん、一問も正解答えられてへんやん。全部そっちの男の力やろ?」

 針ケ谷先生は得意顔で挑発してくる。

「いいじゃないですか!」

 亜紗はぷくぅと膨れた。

「あさちゃん、頑張れーっ」「ファイト!」「針ケ谷先生に一矢報いてやり」

 他のチームの子達から応援される。もはや他のチームは、ただ一チームを除き勝負を捨てているように見えた。

【では第十五問。初代横綱は明石志賀之助、二代目は綾川五郎次、で……】

「「はい!」」

 最初に押したのは、鉄研チームだった。

「「丸山権太左衛門」」

 二人、声を揃えて答えた。

【正解。三代目の横綱の四股名を答えよという問題でした。マニアックな分野の知識量はすごいですね】

 司会進行役は褒め称える。

 これにて鉄研チームも4ポイント獲得。優勝争いに加わった。

「白鵬さんよりも強いのかなあ。サトシくん、知ってた?」

 亜紗は問いかける。

「力士のことはさすがに知らないよ。あの子達すごいな」

 智志は鉄研チームに少し尊敬の念を抱いた。同時にあのチームに絶対負けたくないという気持ちも高まった。

【じつは、ボーナスポイント問題を出して一気に5ポイントの大逆転、なーんてのを打ち合わせ会議で考えていたんですけど、針ケ谷先生からお叱りを受けて没になっちゃいましたーっ】

 ここで、司会進行役は笑いながら打ち明けた。

 参加チームや観客席から「えーっ」「それじゃあ盛り上がらない」「なんでーっ?」などとため息が漏れる。

「地道にコツコツ積み重ね。それが大切なことやねん」

 針ケ谷先生はみんなに向けて言い放った。観客の一部から拍手が起こる。

【おっしゃる通りですね。では第十六問、レモンなどに多く含まれる、ビ……】

 今度は本の虫チーム、ラノベ大好きチーム。ほぼ同時にボタンが押された。

(遅れちゃった)

(たぶん、答えはあれね)

 鉄研チームの二人は、ちょっぴり悔しがる。

【これはどちらが先か? 判定は、豊葉台高校の金剛先生にしてもらいましょう】

 司会進行役がそう言うと、金剛先生がゆっくりとした歩みで舞台の上に上がってきた。

「っていうか、何であの人が?」

 智志は当然のように驚いた。

「先生が呼んできたの」

 石郷岡先生は嬉しそうに言った。

「そういうことか」

 智志はすぐに納得する。

「えー、ただいまの、判定について何やけどもぉ、えー、本の虫チームが押すのと、ラノベ大好きチームが押すのとでは、えー、ラノベ大好きチームの方が、0.05秒ほど早かったら、ラノベ大好きチームの勝ちやっ!」

 金剛先生が渋い声で告げると、

「やったあ! 嬉しい」

「よかったぁ」

 亜紗と智志は手を取り合い、大喜びした。

「コラぁ、神辺ぇ!」

「はっ、はいーっ」

 金剛先生に突然大声で呼ばれ、智志はびくーっとなった。

「いっつも体育の授業中、ぼけーっとして授業態度悪いけどもな、ここではちゃんと結果出したれぇよ!」

「はい。分かり、ました」

 智志は緊張気味に返事した。彼は体育の授業中、準備運動のトラック一周を走るのが遅いとかラジオ体操の動きが悪いとか、サッカーやバスケをするさいコート内を積極的に動いてないとかで、金剛先生にしょっちゅう注意されているのだ。

 金剛先生はそそくさと舞台から退場していった。

【それではラノベ大好きチーム、三秒以内に答えをどうぞ。3、】

「L‐アスコルビン酸」

 司会進行役が〝2〟と告げる前に、智志は大きな声で答えた。

 

(間違ってた?)

 智志の心臓の鼓動は急激に高まっていく。

 答えた後、沈黙が続いていたのだ。


【正解! レモンなどに多く含まれる、ビタミンCの正式名称を答えなさいという問題でした。優勝はラノベ大好きチーム。おめでとう!】

 十秒ほどのち、司会進行役は大きな声で叫んだ。

 そのあと観客からの歓声と盛大な拍手、そして他のチームからも拍手が送られた。

「先生の負けね。普通にビタミンCって答えようと思ったの。あなた達の勝ちよ」

「うちも正式名称は知らんかった。勢理客さんと神辺とかいう男の子。ようやった。おめでとう!」

 本の虫チームも拍手を送った。

「バンザーイ! マイちゃん、ワタシ達、優勝だよ。テディベアゲットだよ。図書室にラノベ置いてもらえるよーっ!」

 亜紗は、客席で呆然としていた真依に叫びかけた。

「……ゆっ、優勝、優勝!? 嬉しい、すごく嬉しい」

 真依はハッと気付いた後、声を徐々に大きく出して喜びを実感した。ちょっぴり嬉し涙も流れていた。

「優勝、したのか」

 智志も思わず笑みが浮かんだ。

「マイちゃん、こっちに来てーっ」

 亜紗が呼びかけると、

「うん」

 真依は、ちょっぴりぎこちない足取りで舞台の上へ。

 再び観客と他のチームから盛大な拍手が送られる。

他のチームが全員舞台から降りたことが確認されたその時、

「改めて、優勝おめでとう」

司会進行役が高さ一メートル以上はある特大テディベアを両手に抱えて舞台に上がって来た。

「マイちゃん、いよいよ貰えるよ」

「百パーセント、智志さんのおかげだけどね」

「ごめんね、マイちゃん」

「いやぁ、僕も勢理客さんが隣にいてくれたおかげで、あまり緊張せずに冷静に考えられたから」

 智志はフォローしてあげる。

「ありがとう、サトシくん」

「智志さん、とても優しいね」

 真依は期待いっぱい。

「では、もう一問、スペシャルクイズを出題するよ。それに正解すればテディベアゲット出来るよ」

司会進行役は突如こう告げた。

「えっ、そんな……」

真依は愕然とする。

「ひど過ぎ」「詐欺やで」「かわいそう」

 観客から非難を浴びせられるが、

「いや、ほら、ゲームでよくあるでしょ。ラスボスを倒したと思ったらさらにパワーアップして復活してくるとかっていうの、そんな感じ」

 司会進行役は怯まず、照れ笑いする。

「わたし、挑戦します!」

 真依は宣言した。

 すると観客席から『おおおおおーっ』という大声援と大拍手。

「それでこそ昆女生やっ!」

 観客席に戻った針ケ谷先生も大いに褒め称えてくれた。

「その言葉、来ると思った! それでは、山の高さに関する超難関○×クイズを出題するよ。ちょっと準備するね」

 司会進行役がそう告げると、三人がいる場所五、六メートル後ろ側の幕が閉じられた。

三〇秒ほどのち、再び幕が引かれた。

 現れたのは、襖のような形をした大きな紙。横幅五メートル、高さは二メートルくらいあった。真ん中に縦の線が一本引かれていて、その右側に○、左側に×と書かれていた。

「あれって、クイズ番組によく出てくる、間違えると泥か白い粉まみれになるやつでしょ?」

 亜紗は笑いながら突っ込む。

「その通り! だから慎重に選ばなきゃね」

 司会進行役はにやりと微笑む。

「泥まみれにはさせません!」

 真依は真剣な眼差しで、強く言い張った。

「ふふふ、では問題。阿蘇高岳の標高と、ニセイカウシュッペ山では、阿蘇高岳の方が高い。○か×か? さあ、正しいと思う方に全速力で思いっきり飛び込んで」

 司会進行役は嬉しそうに問題文を述べる。

「ニセイカウシュッペ山って、ワタシ聞いたことないよ」

「わたしもないよ、そんな山。名前から判断して北海道にあるのは間違いないと思うけど。阿蘇高岳の標高は確か、一五九二メートルだったと思うの。ニセイカウシュッペ山の標高なんて、見当もつかないよ」

 亜紗と真依は困り果てた。

「僕も初めて聞いた。どっち選ぼう?」

 智志も悩む。

 観客も、「どこにあるの?」「マニアック過ぎるやろう」「外国の山だよね?」「スイスかどっか?」といった反応が起きざわついていた。

「簡単やな。ニセイカウシュッペ山。学生の頃、一度登ったことがある」

 針ケ谷先生は呟いた。彼女には正解が見えたのだ。

「亜紗さん、智志さん。○にしましょう。根拠は無いけど」

「分かった。無理して考えるより、一か八かの賭けだよね。ワタシ、テストの記号問題で分からないのがあったらいつもそうしてるもん」

「僕も同じようなことしてる」

 真依、亜紗、智志、三人意見を合わせると、智志が代表して○と書かれた方へ向かってとことこ走っていく。

 その途中、

「智志くん、ダメェーッ!」

 観客席から叫び声。

「こっ、この声は?」

 智志はぴたりと立ち止まる。

 声の正体は、

――榛子だった。

「答えは、×だよーっ!」

 榛子は大声で叫んで教える。

「そっ、そうなんだ」

「あの子、サトシくんのガールフレンド?」

 亜紗は興味津々に尋ねてくる。

「いや、ちっ、違うよ。それより早く選ばないと、時間切れに」

 智志は慌て気味に言う。

「そうだね。あとでじっくり聞かせてもらうね」

 亜紗はウィンクした。智志は向きを変え、×と書かれた方へ走っていく。

(まさか榛子ちゃんが、見に来てるとは思わなかったよ。きっと母さんが、見に行ってあげてねとか言ったんだろうなぁ)

 こう気まずく思いながら。

 突き破った瞬間、

 トンッとごく普通の着地音がした。

(正解、だよな?)

 智志は少し戸惑う。

「おめでとう! あなたの選んだ答え、合ってるよ。ニセイカウシュッペ山は標高一八八三メートルだから」

 司会進行役はにこにこ笑いながらこう告げた。

「やったぁ! サトシくん、素敵」

「ありがとう、智志さん。今度こそ貰えるね」

 亜紗と真依は笑いながら叫ぶ。二人とも満足そうだった。

 しかし次の瞬間、

「見事正解したわけですが、第三者からの意見が入ったので、失格です。テディベアはあげられません」

司会進行役は笑顔でこう告げる。

「ありゃまっ」

 亜紗は微笑む。

「あっ、ごっ、ごめんなさい」

 榛子は三人のいる舞台の側まで近寄り、ぺこんと頭を下げて謝罪した。

「あのっ、べつにいいです。あのまま答えても貰えなかったので。テディベアは貰えなかったけど、ラノベを図書室に置いて貰えるので、わたしはそれで大満足です」

 真依は罪悪感に駆られている榛子を慰め、満面の笑みを浮かべた。

「あの、ありがとう。許してくれて」

 すると榛子は、次第に笑顔へと変わっていった。

【さすが昆女生、潔い閉め方です。では皆さん、この子達の栄誉を称えて拍手ぅっ!】

こうして三人は観客から大きな拍手を浴びせられながら、舞台から降りていく。

「智志くん、一生懸命頑張ってて、すごくかっこよかったよ」

「そっ、そうかな?」

 榛子に褒められ、智志は照れくさがって俯いてしまう。

「やっほー、サトシン。八問目くらいから見てたぜ」

「智志お兄ちゃん、すごく頭いいね」

「智志ちゃん、大健闘してたね」

 ほとんど間を置かず千陽、伸実、由利香さんも智志達の側へ近寄ってくる。ここに駆け付けて来てくれたのだ。

「あたしもあのぬいぐるみさん欲しかったぁーっ」

 伸実は特大テディベアが舞台裏に引き下げられていく様子をじーっと見つめながら残念がる。

「ノッポ、わがまま言っちゃダメだよ。あれはクイズ大会制した者が貰える景品なんだぜ」

 千陽はなだめてあげる。

「分かってるけど」

 伸実は残念そうにしながらも、素直に諦めた。

「私も欲しかったけど、正当なやり方じゃなきゃダメだよね」

 榛子もすっかり諦めが付いていた。

「あのう、あなたはサトシくんのガールフレンドですか?」

 亜紗は榛子に興味津々に問いかける。

「うーん、そうなるのかなぁ?」

 榛子は疑問を浮かべながら答える。

「違うよ、幼馴染なんだ」

 智志は慌てて説明する。

「そうでしたかっ。かわいい幼馴染がいるのはラノベでは定番の設定ですね」

 亜紗は大いに感心する。

「ガ○ャピンと○ックみたいな関係なのかな?」

伸実のツッコミに、

「カ○オと花○さんの方がしっくりくるかもです」

「いやっ、の○太くんとし○かちゃんに例えた方がぴったりじゃねえ?」

 真依と千陽はこうコメントする。

「サトシくんとキスしたことはありますか?」

 亜紗はもう一つ、榛子に質問した。

「うーん、したこと、あるかも」

 榛子は真顔で答える。

「はっ、榛子ちゃん、ここから逃げよう」

「あっ、智志くん」

 智志は榛子の腕を掴み、一緒に立ち去っていく。

「智志ちゃんと榛子ちゃん、相変わらず仲良しね。最初会った時と全然変わってないわ」

 由利香さんは微笑ましく二人の後姿を眺めていた。


夕方、智志は家に帰った後、

「智志、今日は現実の女の子といっぱい触れ合えて楽しかったでしょ?」

 母からにやけ顔で問いかけられた。

「まあ、今日はけっこう楽しかったかも」

 智志は満足そうな表情で、嬉しそうに言う。

「それは良かったわ。アニメの女の子なんかより、現実の女の子の方がずっといいでしょ?」

 母は柔和な笑顔を浮かべた。

「いやぁ、それは人によるかな?」

 智志はこう答えて、照れ隠しをするかのように自室へと逃げていった。


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