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第一話 母、智志のオタク趣味を見かねてついに……

 翌朝水曜日、七時五五分頃。

「智志、今度の土曜、資源ごみの日だからあんたのお部屋にある大量の雑誌、全部紐でくくって出しなさいね」

「えー、まだ読むかもしれないのに」

「またそう言って。そのうち床が抜けるわよ」

「僕の部屋に溜まってるアニメやマンガの雑誌、まだほんの四〇冊くらいだよ」

「溜め過ぎやっ!」

「そんなことないって」

「智志のオタク部屋に置かれるよりリサイクルされて、地球上の森林保護に繋げてあげた方が雑誌さんも喜ぶわよ。捨てないようなら、母さんがあんたの少女マンガやCDもまとめて勝手に捨てるからね」

「……分かったよ。ちゃんとくくって出しとくって」

 智志は母とキッチンで朝食を取りながら、こんな楽しくない会話を弾ませていた。

 父は毎朝七時過ぎには家を出るため、智志の平日朝食時はいつも母と二人きりなのだ。

まもなく八時になろうという頃、ピンポーン♪ と、玄関チャイムが鳴らされた。

「はーい」

 母が玄関先へ向かい、対応する。

「おはようございまーす。おば様♪」

 お客さんが先に玄関扉を開けた。

――榛子であった。

面長でぱっちりとした瞳、きれいなピンク色をした薄い唇、細長い八の字眉、丸っこい小さなおでこが彼女のチャームポイント。ほんのり茶色みがかったさらさらとした髪の毛を、真っ白なリボンで二つ結びにして留め、肩の辺りまで下ろしているのがいつものヘアスタイルだ。すらっとした体型で、背丈は一六〇センチくらいある。

「おはよう榛子ちゃん。風邪治った?」

 母が爽やかな声で挨拶すると、

「はい。もうばっちりです」

榛子は満面の笑みを浮かべる。彼女は自身が欠席でもしない限り、学校がある日は毎朝この時間くらいに智志を迎えに来るのだ。智志は中学に入学した頃から現在完了進行形で登校は別々でも良いと思っているのだが、榛子がそうは全く思っていないので付き添ってあげているという感じである。そうはいっても智志もべつに嫌がってはいない。けれども通学中に同じクラスのやつにはあまり会いたくないなぁ、という年頃の少年らしい気持ちはあった。

「榛子ちゃん、智志ったらね、部屋にジャ○プいーっぱい溜めて、ゴミ屋敷みたいにしてるのよ」

「智志くんの気持ちは私にも良く分かります。私も毎月買ってるり○んやな○よしやち○お、半年分くらいは捨てずに置いてますから」

「そういう健全な雑誌なら、タメになるから溜めてもいいと思うわ。うちも榛子ちゃんくらいの頃はね……」

(母さん、僕、ジャ○プは一冊も持ってないって)

 二人の会話は食事中の智志の耳にもしっかり届いていた。

 まもなく智志は朝食を取り終えて、通学鞄を手に持ち玄関先へと向かう。

「ではおば様、行ってきまーっす!」

「じゃ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」

 こうして八時頃、榛子と智志はいつものお出かけの挨拶をして家を出た。

 二人とも徒歩通学。二人の家は学校まで1.5キロ圏内の自転車通学禁止区域に指定されてあるからだ。

 門を出て、通学路を一列で進む。この時、たいてい榛子が前になってくれる。

「智志くん、今日はあまり元気がないね。何かあったの?」

 榛子は後ろを振り向きながら、心配そうに話しかけてくる。

「昨日僕のラノベ、石郷岡先生に没収されちゃったんだ。千円以上の思わぬ損失だよ」

 智志はしょんぼりとした声で答えた。

「そうなんだ、かわいそう。智志くんの宝物だもんね。でも、不要物だから没収されても仕方はないよ。文句は言えないよ」

 榛子は同情しながらも、真剣な眼差しで注意もしてくれた。

「それは、分かってる」

 智志はちょっぴり反省。

「そういえば智志くん、今日までに提出の数Aのプリントは、全部出来てる?」

「あっ、まだやってないや」

「じゃあ写させてあげるよ」

「ありがとう。いつもごめんね、いろいろ迷惑掛けて」

「全然気にしなくていいよ智志くん。それにしても今朝は結構冷え込んだね。吐く息が白い」

「もうすぐ十一月だからね。僕も今日はコートが欲しいくらいだよ」

他にもいろいろ取り留めのない会話を進めていくうち、学校のすぐ側まで近づいて来た。

この二人以外の豊葉台高生達も周りにだんだん増えてくる。この高校の制服は男女ともブレザータイプで、女子用ジャケットは三つボタンのついたえんじ色、スカートは藍色の目立つチェック柄。男子用ジャケットは二つボタンのついた濃紺色、ズボンはグレーを基調としたチェック柄だ。

智志のおウチから学校までは徒歩約一七分。二人は校舎に入ると、最上階四階にある一年六組の教室へ。二人は小学五年生の時以来、久し振りに同じクラスになることが出来た。芸術の選択科目で同じ書道を取ったため、なれる確率も高かったのだ。


「よぉ、さとし」

「あっ、おはよう啓太」

智志が席に着いて五分ほど後、いつものように彼の高校時代からの親友、啓太が登校してきて近寄って来る。彼もまた、徒歩通学だ。

机に突っ伏していた智志は少し顔を上げ、暗い声で挨拶を返してあげた。啓太の出席番号は智志のすぐ後ろ。そのことがきっかけで入学式の日から自然に話し合う機会が出来、お互い仲良くなったというわけだ。

部活動を選ぶ際、体育が苦手なため運動部には一切興味を示さなかった智志は、科学部にするか地歴部にするか悩んでいた。そんな時、啓太に「俺、文芸部に入るから、さとしも一緒に入ろうぜ」と半ば強引に誘われ、結局当初入る気もなかった文芸部に入部することに決めたのが四月の終わり頃。

その選択により、啓太との友情をますます深めることが出来たのだが……(友達選び間違えたかなぁ? いや、啓太と出会えてよかったよ。新しい世界が広がったから)と智志は今になって反語的に思うことが時々ある。

なぜなら啓太は、高校入学当時ファ○通と三大週刊少年誌とテレビ雑誌、榛子が読んでいた少女漫画誌くらいしか雑誌の存在を知らなかった純粋な智志に、マニアックな月刊漫画誌やアニメ雑誌、声優雑誌、美少女系のゲーム雑誌。さらにはライトノベル、同人誌、深夜アニメの存在などを教え、そっちの道へと陥れた張本人だからだ。啓太自身は、小学五年生頃から萌え系の深夜アニメに嵌っていたのだという。

「さっとしぃ、今日はいつもより元気ないなぁ。やっぱ昨日のこと引きずってるんか?」

 啓太はにこにこ顔で、陽気な声で話しかけてくる。

「うん。それプラスかなり憂鬱なことがあるんだ」

「へぇ、どんな?」

「僕、本や雑誌ばっかり買い集めてるからって母さんに小遣い半分にされて、今までに買い集めた雑誌類も全部捨てられそうなんだ」 

 智志は沈んだ声で伝える。

「とうとう来てしまったか、その時が。俺も母ちゃんによくアニメ雑誌勝手に捨てられるぜ、ゴミ屋敷になるからって」

 啓太は同情心が芽生えた。

「お互い様だな。僕の母さん、月刊コミック○ライブとか、電○大王とか電○文庫MAGAZINEとか、コン○ティークとか、メ○ミマガジンとか、まんがタ○ムき○らキャ○ットとか、少年○ースとかも全部〝ジャ○プ〟って呼んでるんだ。それと、表紙に美少女キャラのイラストが載ってるマンガやラノベは、少年向けでも少女マンガだよ」

「俺の母ちゃんも似たようなもんだぜ。W○iもプ○ステ3も3DSもファ○コンって呼ぶし」

「それ、僕んちも同じ。僕の母さん、まだ四〇代半ばなのに考え方は団塊の世代だよ」

「食事のことを全部〝ちゃんこ〟って言うお相撲さんみたいだね」

 榛子も智志の席の側へ近寄って来て、にこやかな表情で突っ込みを入れた。

「そうそう、まさにそんな感じ」

 智志は苦笑顔で同意する。

「おはよう、啓太くん」

「……おっ、おはよう」 

 榛子に明るい声で挨拶された啓太は、思わず目を逸らしてしまった。彼は榛子のような、同い年くらいの三次元の女の子が苦手なのだ。話しかけられると緊張してしまうのは物心ついた頃かららしい。その性格が、彼が二次元美少女の世界にのめり込むようになった原因ではないかと智志は推測している。

「智志くん、行く時渡した数Aのプリントは、もう写し終わった?」

「あっ、まだだ。忘れてた。ごめん榛子ちゃん。今すぐやるから」

「慌てなくていいよ。四時限目だからまだ時間たっぷりあるし」

榛子が優しくそう言ってくれたその時、八時半の、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り響く。

 啓太と榛子、他の立っているクラスメイト達は自分の席へと向かっていった。

「皆さん、おはようございます」

ほどなくしてクラス担任の石郷岡先生がやって来る。彼女はいつも通り出席を取り、諸連絡を伝えた。そして一時限目の授業が組まれてあるクラスの方へ足早に向かっていく。

 昨日没収された本を返してくれる気配は、当然のように微塵も感じられなかった。


          ○


「それじゃ、智志くん。またね」

「うん。さようなら」

 放課後、図書部に入っているが今日は活動の無い榛子は、そのまま同じ部活の同性友達と下校する。

智志と啓太は週一回水曜日だけ活動している文芸部の部室、コンピュータルームへと向かった。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが五〇台ほど設置されてある。

文芸部の主な活動は漫画、小説の創作活動。パソコンを使って作業をすることが多いため、ここを部室として使っているのだ。

ところがこの二人は、パソコンでアニメ鑑賞などをしていることがほとんどである。顧問はいるものの、放任状態となっているため特に咎められることはないという。二十数名いる他の部員達もゲームで遊んだり、動画投稿サイトや某巨大ネット掲示板を眺めていたりと本来の活動内容とは全く違ったことをしている者は多い。真面目に活動している者は少数派なのだ。

二人は一台のパソコンの前にイスを寄せ合い、近くに固まるようにして座る。智志が電源ボタンを入れ、彼のパスワードでパソコンを起動させた。

「早速今日録ったやつ見ようぜ」

 啓太は録画した深夜アニメ番組が焼かれてあるDVDを通学鞄から取り出し、CD/DVD投入口に入れて再生した。

「啓太、母さんにも突っ込まれたんたけど、現実世界にはアニメに出てくるような髪の色した女の子って、まずいないよな?」

「確かに、あんなピンクとか水色とか緑とかでうちの学校来たら、金剛から門前払いされてスプレーで無理やり黒に染められるな。女でも容赦しないぜ、あいつは」

「こんな色設定なのは、キャラの見分けを付けやすくするためなんだろうな」

「俺もそう思うぜ。まあ俺は、髪の色みんな同じでも全員見分けられる自信はあるけどな」

 高画質かつ高音質で流れてくる映像を眺めながら、智志と啓太は楽しそうにお喋りし合う。

そんな二人は四時半過ぎに早々と学校を出て、徒歩で最寄りの私鉄駅へと向かった。この二人は月に二、三回程度、学校帰りに阪急電車に乗って梅田へ遊びに行くことを今年五月からの習慣にしているのだ。梅田からさらに地下鉄を乗り継ぎ西のアキバ、ポンバシとも称されるオタクの聖地、【日本橋でんでんタウン】まで足を伸ばすこともたまーにある。

主にお目当てのアニメや声優のCD、マニアックな月刊・隔月刊誌が発売される日だ。

これも部活動の一環なのだと二人は勝手に決め付けている。  

駅構内へ入った二人はさっそく切符を買い、改札口を抜けてホームへ上がり、ほどなくしてやって来た阪急宝塚線急行に乗り込む。

揺られること約12分。終点の梅田駅で降りた二人は人ごみを掻き分けながら歩き進み、お目当てのアニメグッズ専門店へ立ち寄った。

 発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。

 彼らと同い年くらいの子達が他にも大勢いた。

「良かった。売ってた」

 智志はさっそくライトノベルコーナーへ向かい、昨日没収されたのと同じ作品の三、四巻二冊を手に取りカゴに詰める。

「俺、このアニメのブルーレイめっちゃ集めたい。でも三話収録で八千とかじゃ手が出んわー」

 啓太はそのすぐ近くにあった、店内設置の小型モニターに目を留めた。現在放送中の深夜アニメのCMが流れていたのだ。

「僕達高校生にとっては高過ぎるよね」

 智志も物欲しそうに眺める。

「同意。俺、このフィグマもめっちゃ欲しいーっ。けど二五〇〇円もするんかぁ。やっぱ高いなぁ。これ買ったら今月分の小遣いすっからかんや」

啓太は商品の箱を手に取り、全方向からじっくり観察する。

「買おう!」

 約五秒後、彼は魅力にあっさり負け、購入することに決めた。

「啓太、やるなぁ。僕も欲しいグッズがあるんだ。あのクリアファイル」

 二人は当初買う予定の無かった商品もカゴに入れ、レジに商品を持っていく。

「六七五〇円になります」

 店員さんから申される。

 代金は二人で出し合った。ポイントカードも差し出す。この二人はコミックスやラノベ、漫画・アニメ・声優雑誌、アニソンCDなどを買い揃えるため度々このお店を利用する常連客なのだ。

 アニメグッズの詰められたレジ袋を通学鞄に詰め、二人は意気揚々と店から出る。梅田から学校最寄りの駅まで戻り、

「じゃあさとし、また明日な」

「うん。じゃあな啓太」

改札出口で別れを告げて、それぞれの家へと帰っていった。


「ただいまー」

 夕方六時半頃に智志が帰宅すると、

(あれ? 見慣れない靴が……)

 玄関先に、真っ白なハイヒールが並べられてあった。

「おかえり智志」

「智志ちゃん、おじゃましてるね」

「あっ、こんにちは」

リビングへ向かうと、案の定お客さんがいた。

「今日はうちの生徒の親戚宅から送られてきたお土産を届けに来たの。いっぱい貰い過ぎちゃったからお裾分けよ」

 お客さんは嬉しそうに説明する。サーターアンダギー、さとうきび、ちんすこう、ゴーヤー茶といった定番の沖縄土産の数々がテーブルの上にたくさん置かれてあった。

「智志、由利香ちゃんと会うの、かなり久し振りでしょ?」

「うん。一年振り、くらいかな?」

母と同じ点訳グループに所属していて、母より五つ年上の園部さんの娘、園部由利香さんというお方だった。細長い鳶色の瞳に面長なお顔、サラサラとしたセミロングの栗毛が特徴的なお姉さんで、現在二三歳。十年ほど前から時たま神辺宅を訪ねて来るため、智志にとっても昔からの顔馴染みなのだ。大学を卒業した一年半ほど前から音楽教室の先生を勤めている。

「智志ちゃんは、確か豊葉台高校に通ってるんだよね?」

「うっ、うん」

 智志は照れくさそうに答える。

「すごーい。そこってこの辺の公立でトップクラスの進学校じゃない。お姉さんも昔、そこ受けたけど落ちちゃったよ。智志ちゃんとっても賢いね」

 由利香さんはそう褒めて、智志の頭を優しく撫でてあげた。

「いや、それほどでもぉ。そこよりもっと難しい高校も、けっこうあるし」

 智志は謙遜する。由利香さんと目を合わせられなかった。

「智志はとっても賢い子なんだけどね、高校に入ってから変な女の子がいっぱい出るエッチなアニメに嵌っちゃってね」

 母はそう伝えると、水着姿の美少女キャラ達のイラストが描かれた下敷きをパズル雑誌の間から取り出し、由利香さんの眼前にかざした。

「あらまぁ、本当にエッチぃ。智志ちゃんこういうのが好きになったんだ。でも、男の子だもんね。こういうのに興味を持つよね」

 由利香さんはくすりと微笑んだ。

「母さん、僕の部屋から勝手に持ち出して使わないでぇ」

 智志はすかさず抗議する。

「べつにいいじゃない智志。最近は榛子ちゃんとも遊んでないし、現実の女の子と触れ合う機会が減っちゃってるのよ」

 母は笑いながら言う。

「あらまぁ。智志ちゃん、うちの音楽教室の生徒には、とってもかわいい現実の女の子がいっぱいいるよ」

「どうせ三次元だし」

 由利香さんから伝えられたことに、智志はげんなりとした。

「あらあら。絵の女の子の方がいいのね」

 由利香さんは苦笑する。

 ちょうどその時、彼女の持っていた携帯電話の着信音が鳴り響いた。トルコ行進曲だった。

「亜紗ちゃんからだわ」

 由利香さんはすぐさま通話ボタンを押す。

「もしもし」

『あっ、由利香先生。あの件についてですが、やっぱダメっすか?』

「うん、ちょっとね、先生には無理だわ」

『あーん、お土産いっぱいあげたのにぃ』

 電話の向こうの、亜紗ちゃんという子はとても残念がっているようであった。

「ごめんね、亜紗ちゃん」

『ワタシ達の力じゃやっぱ無理でしたし、お願いしますよ。一回だけでも』

「それじゃ、一応考えておくわ」

『ありがとうございます。それでは、失礼しまーす』

 その子はそう告げて、電話を切った。

「さっきの、生徒さん?」

 母は尋ねる。

「うん。最近、さっきの亜紗ちゃんっていう子ともう一人、真依ちゃんっていう子から無理難題なことを頼まれちゃって、困ってるの」

 由利香さんは困惑顔で打ち明けた。

「そうなんだ……そうだ智志、その子達の相談役になってあげなさい!」

 母は突然こんなことを命令して来る。

「えっ! ……いっ、嫌だよ」

「それはいいかも。二人とも中学生だから智志ちゃんの方が歳も近いし」

 由利香さんの表情が綻んだ。

「智志、二次元の女の子ばっかりにのめり込まないで、ちゃんと現実の女の子と触れ合って来なさい!」

「だから嫌だって。他の人に頼めばいいだろ」

「智志、やってくれたら、お小遣い今の倍にするわよ。それと、雑誌・マンガ類もう少しいっぱい集めてもいいわよ」

 母のこの言葉に釣られて、

「じゃっ、じゃあ僕、やってあげる」

智志はあっさり引き受けてしまった。

「ありがとう。智志ちゃんなら、きっと生徒に喜んでもらえるわ。なんてたって豊高生だもの」

 由利香さんは彼を勇気付けるように言い張った。

「そっ、そうかなぁ?」

 智志は期待されたことに動揺する。

「明日さっそくわたくしのクラスのレッスン日だから、学校終わったら来てね。地図は後でファックスに送っておくから」

 由利香さんはそう告げて、自宅へと帰っていく。


「啓太ぁ、聞いてくれよ。僕明日、母さんの知り合いの娘さんが勤めている音楽教室の、生徒の相談役を任されちゃったよ」

 夕食後、自室に戻った智志は啓太に今日帰ってからあった予想外の出来事を携帯電話で報告する。

『えっ! マージで? どういった経緯で?』

 啓太が驚いている様子が電話越しにでも分かった。

「母さんの一方的な命令なんだ。やらなきゃ、小遣い減らされて雑誌やラノベ全部捨てられちゃうし」

『そっか、そりゃやるしかねえよな。音楽教室ってことは、生徒は女か?』

「そうみたい」

『そりゃ災難やな。三次元の女はろくなのがいないけど、頑張って来いよ』

 啓太は明るい声で勇気付けてくれる。

「うっ、うん」

智志は暗い声で返事して電話を切り、続いて榛子にも報告した。

『おめでとう智志くん。音楽教室の生徒の相談役を任されたなんてすごいね』

「そうかなぁ?」

称賛され、智志は反応に困ってしまった。


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