第二話 ルーンバイト
かなーり久しぶりです。遅ければこんな更新になります。
ルーンバイト王国。
この大陸リスティア大陸において最も小さな国ではあるが、その名前は大陸中に響き渡っている。その理由はルーンバイト王国で開発された新たな魔法、魔術と呼ばれるものに関係している。
今までは魔法使い達が集まって集団で魔法を放っていたが、ルーンバイト王国が開発した特殊な文字は魔法よりも遥かに高度な力を発揮した。そのため、今までの戦場で最も有効だった魔法部隊は消え去り、代わりにその文字を利用した騎士団が戦場の主役となった。
その中でもルーンバイト王国騎士団は極めて強力な戦力があり、発祥の地専用の最先端文字が利用されているため小国ながら大国にすら張り合える戦力があった。
そんなルーンバイト王国を治めるのはルーンバイト家。類い希な身体能力があるのでは無く、古くからある名家の一つであり優秀な人材を養子にすることでも有名な一族だった。
僕は屋敷のドアを開けた。そして、玄関近くの階段に座ってうずうずしている女の子を見つける。
「レイナ?」
名前を呼ばれた女の子は僕の声にぱあっと笑顔を咲かせて僕に近寄ってきた。
「お兄様、お帰りなさい!」
そのまま僕に抱きついてくる。僕は笑みを浮かべてレイナを抱き抱えた。
後ろでエスが苦笑しているけど気にしない。
「どこに行ってたの? レイナ、寂しかったのに」
「お父様やお母様は?」
「パパやママなら仕事。帝国の人が来ているからレイナはお部屋で待ってなさいって言われた。でも、レイナは一人は嫌だからずっとここにいたの」
そう満面の笑みで笑うレイナに僕も顔を綻ばせた。
レイナ・ルーンバイト。
ルーンバイト王家の王位継承権第一位で僕の可愛い妹かつ僕の婚約者。でも、まだ十二歳だ。
「寒くなかった?」
「少し! でも、お兄様が暖かいから大丈夫!」
「駄目だよ、レイナ。ギルを待つ時は必ず厚着するように言ったよね?」
「ぶー。エスの意地悪」
少し頬を膨らませるレイナに僕とエスの二人は顔を見合わせて苦笑しあう。
「エスはどうしてそんなものを背負っているの?」
苦笑しあったからかレイナが不思議そうにエスの背中に背負われた猪を見ていた。確かに、こういうところでこういう猪は珍しいしね。
でも、かなり珍しい猪を使った鍋はレイナの大好物だからそれもあるかもしれない。不思議そうにしている割には目を輝かせているし。
「レイナへのプレゼント。後、ギルへのお祝いかな」
「お祝い? ああ、お兄様の」
「お祝いする内容かな?」
僕は軽く肩をすくめてレイナを下ろした。レイナは残念そうに笑って自分の足で立つ。
「お祝いだよ。だって、ようやくお兄様が私の婚約者になったんだから」
「前から決まっていたことじゃないか」
「そうだとしても、我らからすればめでたいことですよ」
その言葉に僕は呆れながら振り返った。
そこには白銀の鎧を身につけた30歳の騎士がニヤニヤしながら立っていた。エスがその姿を見て担いでいた猪を預ける。
「クロムウェイ、訓練は?」
「休憩中です。ギルバート様はレイナ様と違いこれからの騎士団のリーダーとなる人物です。今までは帝国法によって王族とは認められませんでしたが、これからは大手を振って騎士団のリーダーになれるでしょう」
「僕はまだ騎士団のリーダーになるつもりはないよ。クロムウェイとエスの二人を倒すまで、僕はリーダーにならない。それに」
僕はレイナの小さな肩を抱いた。
「レイナが寂しい思いをする」
「お兄様」
恥ずかしそうに頬を赤らめるレイナ。お父様もお母様も忙しいからあまりレイナに構ってやれない。だからこそ、僕は寂しい思いをさせたくなかった。
僕みたいな子供にレイナになって欲しくなかったから。
「ギルは絶対過保護になると思う」
「ギルバート様は親バカに絶対なりますよ」
「ロリコンには言われたくないな」
僕が顔をひきつらせながら言うとクロムウェイも笑みをさらに深めてゆっくり前に踏み出した。
「愛があればいいのです!」
「それ、全く正当化してないよね。あっ、もしかして、ギルは私に恋をしていたとか?」
「バカを言うな。僕は昔からレイナ一筋だ」
「お兄様。それはお兄様がロリコンということになるけど」
いつの間にか僕がロリコンになってる。おのれ、クロムウェイ。
まあ、クロムウェイは悪びれることは絶対にないけど。というか、エスに告白した時はすごかったからな。
あのエスに勝つために必死に訓練して模擬戦で勝ってみんなの前で告白したんだから。あの後何百回と背中を叩かれてレイナに湿布を貼られたっけ。
「しかし、ギルバート様はここにいてよろしいのですか?」
「どういうことだ?」
「やはりレイナ様は伝言されませんでしたね。リヨン様が客室で」
その瞬間には僕は走り出していた。階段を六段飛ばしで駆け上がり、いつもの客室に向かいドアを開けた。
そこには髪の毛が腰まである少年。僕の親友であるリヨンの姿があった。
「リヨン! 来てたのか?」
「遅えぞ、ギルバート。何秒待たされたと思ってるんだ?」
「悪い。ちょっとラッシュウータンやらアレファントやらと戦っていた」
「じゃ、しゃあねえな。座れよって、俺が言うセリフじゃないか」
そう言いながらリヨンがくっくっと笑っている。どうやら相変わらずのようだ。
僕はリヨンと対面の席に座ってとりあえずリヨンを睨めつけた。
「ところで、レイナには何もしていないよな?」
「はははっ。俺がレイナちゃんに何かするかと思ったか? イエス、ロリータ。ノー、タッチだ」
「はははっ。よし、殺そう」
「冗談。冗談だってば!」
レイピアを抜こうとした僕に対して慌ててリヨンが弁解する。そんなリヨンを見て僕は思わず笑ってしまった。それにリヨンも笑みを浮かべる。
僕はリヨンと対面になるように座った。本当ならこんなところに座れないはずなんだけどね。
「まあ、今回来たのはついでだ」
「ついで? ここに来るのはレイナに会うため以外にあるのか?」
端から聞けば酷い言葉だけど、リヨンは実際に何度も遊びに来ている。レイナに会うためだけに。
それを考えると叩き斬りたくなってきた。
「レイピアを抜くのは止めてくれ。まあ、今日は親父の使いに無理言って同伴させてもらったんだ。兄貴は苦笑しながら手伝ってくれたけど」
「リヨンがそこまで強引にするなんて。何かあったのか?」
「何かあった、なんて言いたくねえよ。人払いを頼む。この話ばかりはお前だけにしておきたい」
「わかった。エス、人払いをお願い」
多分、絶対に話を聞いているはずだから向かなくても大丈夫だろう。
リヨンは軽く苦笑しながら僕を見る。
「本当に、配下にだけは恵まれているみたいだな。羨ましいぜ」
「僕の配下というわけじゃないから。リヨン、この話はバラまかない方がいい案件?」
リヨンは首を縦に振った。それほどまでのことなのか。
周囲の気配は無いけど、エスとかが隠れていそうな気がする。
「親父が新たに雇った奴なんだが、ちょっと面白いことをしているんだ」
「ちょっと面白いこと?」
「占い」
「馬鹿らしい」
僕は即答した。
そもそも、占いが当たるのは絶対じゃない。占いを当てるには占った人のグループが再現するのが正しい。
実際に占いは気休め程度にもならないし、占いをするくらいなら魔法効力文字を描いた置物を配置した方がいい。
「ただの占いじゃないんだ。未来予知、って感じたな」
「リヨンはここに与太話をしにきたの?」
信じられない、というのが本音だ。僕からすれば有り得ないと言った方がいい。
そもそも、未来予知なんて不可能だ。運気を変えるくらいならいくらでも可能だけど、未来を知ることが出来るのは伝承に書かれたあれだけだろう。
「お前ならそう言うと思っていた。ちなみに、兄貴からこの話をされた時には同じように思ったさ。だがな、占いは当たるんだ」
「占いが当たる?」
「そう。どんな占いであれ未来はそのようになるんだ。どんな偶然でもな」
「ありえない」
そこまでいくとありえない。的中率が30%ほどならいくらでも可能だ。だけど、100%はありえない。
それは占いなんかじゃない。伝承にしか存在しない未来予知。
「俺だって信じたくはない。だけどな、的中する以上、隅に置くしかねえんだ。ギルバート。お前の視点、魔法効力文字に詳しいお前が考えて、それはありえるのか?」
「ありえない。いくら運気を増してもそれには限界がある。限界があるのにその限界すら超えるような効果を出せるとするなら、いや、ちょっと待った」
そういう話ならエスが詳しい話だ。
「エスを呼んでいいか? エスなら何かわかるかもしれない」
「まあ、大丈夫だろう」
「ありがとう。エ」
「お茶になります」
いつの間にか、エスが目の前にいた。正確にはトレーに乗ったお茶を出している。リヨンは完全に固まっているな。
僕は小さく溜め息をついてエスを見た。
「タイミングを伺っていたよね」
「まあ、ちょっと報告しないといけないこともあったから、タイミングを計っていたのは事実だけど、別に邪魔をしたいわけじゃないから」
そう言いながらエスが僕に向かって手紙を差し出してくる。それはエスの親族から出された手紙だった。
宛名を見ながらエスの顔を見る。エスは真剣な表情で頷いた。
手紙を入っていた袋から取り出し、内容を見る。そして、小さく舌打ちをした。
「ギルバート?」
「リヨン、読め」
僕はリヨンに手紙を差し出す。リヨンはそれに目を通し、僕の顔を見てきた。そして、エスの顔を見る。
「これは、本当のことか?」
「クロハも兄さんもこんな悪戯はしない。それに、さすがに国王の捺印が入っていたなら信じるしかない」
リヨンの顔が苦痛で歪む。確かにエスの言う通りだろう。
さすがにエルフィナ王国国王の捺印を無視することは出来ない。
「ギルバート、これは可能なのか?」
「身を滅ぼせば。生け贄として使いながらなら十二分に可能なはず。もちろん、命の保証はしない」
「可能性としてはありえなくないな。ギルバート、今すぐエスペランサと帝都に来てくれないか? すぐに親父に伝えたい」
「そう来ると思っていた。エス、旅の準備を頼む。僕はクロムウェイにこれからのことを伝えるから」
「わかった」
エスが走る。こういう姿を見るのは久しぶりだ。だからこそ、エスも問題がどれだけ複雑かわかっているのだろう。
僕は小さく息を吐いてリヨンから手紙を返してもらった。そこにある文章はいたって簡単だ。
『命を削り能力を高める白い粉を確認。至急、手を結びだい。 エルフィナ王国国王』