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5.白いベッド

目を開けると、白い天井があった。

知らない模様の天井だった。

来実はしばらく、自分がどこにいるのか分からなかった。

身体が重い。頭が鈍く痛む。喉も乾いていた。

規則的な電子音だけが静かに鳴っている。

病院だ。

理解した瞬間、胃の奥が冷えた。

来実は反射的に腕を動かそうとして、点滴の管に気づく。

右手に固定されたルート。ベッド柵。カーテン。薄い消毒液の匂い。

「あ、起きた?」

カーテンの向こうから看護師が顔を出した。

三十代くらいの女性だった。

気分悪くない?」

「……大丈夫です」

掠れた声だった。

「ここ、どこですか」

「救急外来から病棟に上がってる。覚えてる?」

来実は少し考える。

雨。薬。救急車。

そこまでは曖昧に思い出せた。

「……すみません」

看護師は少しだけ困ったように笑った。

「謝らなくていいよ」

来実は反射的に愛想笑いを返す。

そうすると大体、場の空気が穏やかになる。

「お父さん、連絡つかなくてね。今も病院から連絡してる」

「……あー」

「お母さんは?」

「分かんないです」

看護師が一瞬黙る。

その沈黙の意味を、来実は知っていた。

かわいそう、と思われる前の空気。

だから先に笑う。

「まあ、よくあるんで」 

看護師は何も言わなかった。


数分後、内科の医師が来た。

四十代くらいの男性だった。

「こんにちは。分かる範囲でいいので、飲んだ薬を教えてください」

「えーと……眠剤と頓服です」

「量は?」

「覚えてないです」

「死のうと思った?」

来実は少しだけ考えて、それから曖昧に笑った。

「どうなんでしょう」

「“どうなんでしょう”?」

「なんか……静かになりたくて」

医師はカルテに何かを書き込む。

「精神科には通院中?」

「はい」

「主治医の病院にも連絡しています」

「あー……」

少し面倒だな、と来実は思った。

次の診察で怒られるかもしれない。

「今後の安全のために、精神科とも相談になります」

その言葉で、来実の胸が少しだけざわつく。

入院。

その単語が頭をよぎった。

「……学校始まるんで」

「まだ春休みでしょう」

「皆勤なんです、私」

医師が少しだけ来実を見る。

本当に不思議そうな顔だった。

「そんな状態でも?」

来実は返事に困った。

そんな状態。

どんな状態なんだろう。

自分ではもう、基準が分からなかった。


夕方になっても、父親とは連絡がつかなかった。

看護師たちがナースステーションで小さく相談している声が聞こえる。

「未成年で保護者不在はちょっと……」

「精神科の先生、入院必要って言うかもね」

「でも同意が……」

来実はカーテン越しの会話をぼんやり聞いていた。

他人事みたいだった。


スマホは回収されていた。

だからタイムラインも見れない。

通知も来ない。

誰とも繋がっていない。

それが急に怖くなった。

胸の奥がざわつく。

落ち着かない。何かしたい。傷つけたい。

でもここには何もない。

来実は無意識に髪へ手を伸ばす。

指先に髪を巻きつける。引っ張る。少し抜ける。

それだけで、少し呼吸が戻った。

窓の外では、まだ雨が降っていた。

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