5話 バズと嘘泣き
「やっぱサインとかもらっとけば良かったかな……」
せっかく憧れの配信者宝条ライカに会えたのに、テンパって逃げちゃった。
俺はいつもそうだ。
運が悪いというか、せっかくのチャンスを掴めないというか。
おまけにスマホの電源も切れて、財布にはろくに金を入れていなかったせいで電車にも乗れない。キャッシュレス化の弊害である。
おかげで僧が修行でしか歩かないような距離をテクテク歩いて自宅へ戻るハメになった。
もう足が棒だ。明日が日曜で良かった。
どうせ待ってくれているリスナーもいないのだ。明日は昼まで寝てダラダラ過ごそう。
そう思っていたのに。
「カオル! 起きて起きて!」
まだ日も昇りきっていない早朝。
あったかおふとんに包まる俺を何者かが無遠慮に叩き起こす。
眠い目を擦って起きると、知らん金髪の女が俺の肩を揺すっていた。
「えっ、誰?」
「なに寝ぼけてんの?」
「ああ、ヒカリか」
妹のヒカリ。
なぜ分からなかったかというと、そのギャルメイクのせいである。
ファッションや髪型で個性を出すことが珍しくないこの時代であるが、我が家は旧態依然とした教育観を持っており、染髪禁止、ミニスカート禁止、化粧禁止、シャツの第一ボタンまでしっかり留めよという徹底ぶり。
ヒカリも普段家では黒髪すっぴんで過ごしているため、目の前のギャルが咄嗟にヒカリだと分からなかったのだ。
「どうしたんだよ。でかけるのか?」
「そう。でもその前に話しておきたくて」
その時に気が付いた。ヒカリがなにか箱を抱えていることに。
ヒカリは俺にそれを差し出した。
「これあげる」
「え? ……え?」
困惑した。
それはドローンカメラであった。
俺も底辺とはいえ配信者の端くれだ。それがいくらなのか、なんとなく想像はつく。
金にもならない底辺配信業に明け暮れている俺には到底手が出ないシロモノ。
とはいえ、ヒカリだって金が潤沢にあるわけではない。
父には内緒でバイトしているが、ギャルは金がかかるらしく俺以上に万年金欠。
「どうしたんだよこれ。高かっただろ」
「うん。まぁ中古品ではあるけどね。昨日の夜にバイト先の先輩から買わせてもらったんだ」
「でもなんで――」
そこで思い出した。昨日、配信での同接ゼロに落ち込んでヒカリに相談したことを。
辛辣な感想にダメージを受けたりしたが、ヒカリはヒカリで俺のことを応援してくれているのだろう。
くそっ、涙で前が見えねぇ……
「ありがとうヒカリ。お兄ちゃん、この恩はいつか必ず――」
「いやいや。今すぐ収益化申請して、なるはやで恩返ししてよね」
「……ん?」
収益化?
一体なにを言っているんだこの金髪は。
収益化すれば動画の視聴回数などに応じて金銭が貰えるというのは周知の事実だが、申請にはある程度の登録者数や動画視聴時間が必要。
俺のような底辺配信者が収益化できるはずないというのはヒカリもよく分かっているはずなのに。
困惑していると、ヒカリはニヤニヤとしながら、さらにとんでもないことを言い出した。
「すごい美人だし、その……すっごいスタイルいいよね」
心臓が口から飛び出るかと思った。
一筋の汗が背中を伝う。ど、どうしてそれを。
俺はヒカリのニヤニヤ顔を凝視する。
まさか俺がTS(爆乳)でダンジョンに潜っていることがバレた……!?
「えっ? なななななんの話?」
「もうとぼけないでいいから。あんな可愛い彼女と配信やってたなんて……まぁあの衣装はちょっとどうかと思うけど」
「……彼女?」
俺は少しだけ息をつく。
ヒカリの話しぶりから察するに、どうやら俺自身がTS(爆乳)しているとは気付かれていないらしい。
……いや待て。そうは言ってもヒカリが俺のTS(爆乳)姿を見たことには違いないわけで。
あんな痴女姿を妹に見られていたなんて。ヤバい。顔から火が出そう。
「なに赤くなってんの」
「いや、はは……な、なんで分かったの……?」
「ああ、やっぱり。スマホ見てないんでしょ。見てみなよ、凄いことになってるから」
「スマホ……?」
俺は首をかしげた。どうしてそれを知っているんだ?
確かにヒカリの言う通り。昨日は精神的肉体的疲労に限界を感じ、スマホを充電コードに繋ぐやいなや寝落ちしてしまったのである。
ヒカリに促され、スマホの電源を入れて――ギョッとした。
「……は?」
なにが起きたんだ?
見たことない数の通知で画面が埋まっていた。
とんでもない数の人間が俺のトイッターのアカウントをフォローしている。
俺の投稿に凄まじい数のいいねがついている。
なにより、DANTUBEのチャンネルの登録者数がエグいことになっている!
恐ろしいのは、それが現在進行形で継続中であるということ。
こうしている間にも通知が来続けている。
「なっ、なに!? なにが起きてるの!?」
「宝条ライカの配信にカオルの彼女が映り込んでたの。それでチャンネルが特定されて、もうネット中が大騒ぎ」
ヒカリの言葉に「あっ」と声を漏らす。
言われてみれば。あの仮面の男のカメラは撃ち落としたが、ライカのカメラのことを忘れていた。
……ん!? っていうか俺、配信切れてなかったの!?
だから特定されたのか……。
よし落ち着け落ち着け。まずは状況を整理しよう。まずはSNSで反応を探って――
「ッ!?」
俺はスマホを握りしめたまま、膝から崩れ落ちた。
頭上からヒカリのギョッとした声が降ってくる。
「えっ? なに、どうしたの」
「終わった……真面目にやってきたのに……」
「は? なんで?」
俺はヒカリの鼻先にスマホを突きつける。
「エロDMが山ほど来てる! これ嫌がらせだろ!?」
まるで走馬灯のごとく昨日の出来事がフラッシュバックする。
確かに下半身丸出しで女性を追いかけ回すのは褒められたことじゃない。犯罪に当たる行為だろう。
でもだからといってタコ殴りにして良いわけじゃない。いくらなんでもやり過ぎだ。あの時の俺は変だった。
いや、もしかしてあの男、死んだんじゃ?
いくら配信を切り忘れていたとはいえ、顔も声も出していなかったのにチャンネルを特定するというのは相当な労力を要しただろう。
どうしてそんなことをしたのか。それは死んだ男の敵討ちということなのでは……!?
もしそうなのだとしたら――
「大炎上だッ! これから家も学校も特定されて嫌がらせされるんだ! 名前が一生ネットに残って、もう俺の人生はオシマイだぁ!」
床に突っ伏し、これからの人生を思って俺はさめざめと泣いた。
が、いくらもしないうちにヒカリの呆れたような声が降ってくる。
「よく見なよ。カオルがボコったの、ベギーアデっていう配信者とか殺しまくってるヤバいヤツだったの。炎上してるわけじゃないよ」
「えっ?」
「配信者ならそれくらい知っておきなよ。カオルってばライカの配信しか見ないんだもんな」
俺はもう一度、握りしめたスマホを凝視する。
確かに動画に寄せられたコメントやトイッターのリプライは好意的なものばかり。
さらに言えば、ベギーアデが死んだという情報も出てこなかった。というかよく考えたらダンジョンで死んでも本当に肉体が死ぬわけではないしな……。
いや待て。炎上してないとすれば、これは一体?
俺はもう一度、ヒカリにスマホを向ける。
「じゃあこのエロDMはなに?」
するとヒカリは露骨に嫌そうな顔をした。
「知らないよ。全部ブロックしときな」
「あぁ……うん……うん……そうだな……」
「なにボーッとしてんの? もっと喜んだら良いのに」
ヒカリの言うとおりだ。
同接ゼロの底辺配信者からたった一晩で一躍時の人。
夢にまで見たトップ配信者への階段をようやくのぼり始めることができたのだ。
もっと喜んで当然だと自分でも思う。けど。
「いや、なんか、凄すぎて実感が出てこない……」
一時は【おっぱいチャン】がトイッターのトレンド1位を獲得。
ネット掲示板ではスレが乱立し、俺の胸の画像があちこちに貼られている。
大手まとめサイトやネットニュースでも話題が取り上げられている。コメントでは俺のおっぱいについての品評がなされている。
俺の胸部の映像を収めた切り抜き動画は一晩で50万回再生を突破……ん? なんか俺じゃなくておっぱいが注目されてね?
ま、まぁ良い。
とにかくこれが自分の身に起こったことであるとにわかには信じられなかったのだ。
「そりゃそうか。でもこれから忙しくなるよ」
ヒカリは親指と人差し指で輪っかを作り、ニヤリと笑う。
「このドローンカメラでじゃんじゃん配信してじゃんじゃん稼いで恩返ししてよね」
「うん……うん!?」
ドローンカメラで配信するということは、あのTS(爆乳)スタイルを全世界に発信するということ。しかも妹にそれを見られる!
なんで俺がそんな羞恥プレイしなきゃなんねぇんだ!
俺は平静を装って言う。
「前にも言ったよね? 俯瞰だと戦闘の臨場感が伝わらない。アイドル売りするつもりもないんだ。俺のチャンネルはもっと硬派な――」
「12万円」
「へ?」
カラコンによっていつもより一回りほど大きくなった真っ黒な瞳をこちらに向け、ヒカリはスッと手を差し出す。
「ドローンカメラ買ったお金。配信しないつもりなら今すぐ12万円返して」
「はぁ!? いや、それはお前が勝手に――」
俺がそう反論するより早く、ヒカリはその両手で顔を覆った。すすり泣くような声。
「酷いッ……なけなしのお小遣いでせっかく買ってあげたのに……」
「いや……その……」
「カオルたちの配信には可能性を感じるの……わたしはその助けがしたくて、だからこそカメラまで買ったのに……」
「ううっ」
「お願い。せめて1回だけ。1回だけでもいいから……!」
小さな肩を震わせる妹を前に、俺はそれ以上強い言葉を言えなくなっていた。
最初にヒカリに相談を持ちかけたのは俺だ。そしてヒカリは俺の力になろうと動いた。
それを突っぱねる権利が俺にあるだろうか。
「分かったよ。分かった。1回だけ――」
言い終わるより早く、ヒカリは顔を覆う両手を下ろした。満面の笑み。
「OK。じゃあ今日配信よろしく」
「えっ!?」
「ネット民は飽きやすいからね。新鮮なうちに燃料投下しないとせっかく灯った火が消えちゃう」
「いや……あの……」
「じゃあわたしは用事あるから。配信頑張ってね!」
足早に部屋を出ていくヒカリの背中を見て、俺はようやく上手く言いくるめられたのだと悟った。




