18話 開かずの扉の下
『は?』
『なにこれ?』
『え、ホントに開いてる?』
『ドッキリだよな…?』
『マジだとしたらダンジョン史を塗り替える大発見だぞ』
『ダンジョン史におっぱいチャンの名前が刻まれるのか…胸熱だな』
リスナーたちが呆然としているが、それは俺たちも同じだった。
下層最奥のボス部屋。
ダンジョンはここが底。これより先はないはずなのだ。
しかし、現に扉は開いている。
「これ、は……」
俺はライカの顔を見た。
ライカもまた、呆気にとられたように開いた扉を見ている。ボス部屋に行こうと提案はしたが、きっと本当に扉を開けられるとはまったく思っていなかったのだろう。
しかし、ライカはすぐに表情を整えた。
「みなさん、ダンジョンがなぜ発生したか考えたことはありますか?」
カメラの奥のリスナーたちに向けてそう語りかける。
「モンスターにスキルに魔法――ダンジョンがゲームを意識してデザインされていることは明らかです。ゲームっていうのはプレイヤーを楽しませるために作られた商品ですよね。ゲームの見返りにわたしたちはお金を払います。じゃあこのダンジョンにおいて、わたしたちはなにを払っているのでしょうか」
そしてライカは、開かないはずの扉を指し示し、存在しないはずの地下への階段を覗き込む。
「もしかするとここに、ダンジョンを解明する鍵があるのかもしれません」
『うおおおおおおおお!!』
『マジかよ』
『オラワクワクしてきたぞ!』
『ダンジョン不思議発見!!!』
『中になにがあるんだ!?』
『ヤバいモンスターいたりして』
『ふたりとも気を付けて!』
さすがはライカだ。
彼女に配信者としての天性の華があることは疑いようのない事実だが、リスナーたちの関心を引く話術にも長けている。
こういうところが俺に足りていない部分なんだろうな。
「それじゃあカオルさん。行ってみましょう」
今度はライカを先頭に、俺たちは地下へと続く階段をゆっくりゆっくりとおりていく。
階段の様子に変わったところはない。上層から中層へくだる階段や、中層から下層へくだる階段と同じ造りだ。
が、途中で問題が起きた。ダンジョンではなく機材にだ。
『あれ』
『音聞こえないよ』
『マイクトラブル?』
『おーい?』
いくら大声を上げてもそんなコメントばかりが増え、やがてコメントそのものがまったく流れなくなった。
「あれ? 調子悪いのかな。ちょっと待ってください」
ライカはそう言って機材をイジりだすが、やがてサジを投げたように両手を挙げた。“お手上げ”ということだろう。
「ダメです。ここ、電波がありません」
「え? いや、そんなはずは――」
言いながらスマホを見て、俺は言葉を失った。
ライカの言う通り。俺のスマホも圏外になっている。こんなことは初めてだった。
確かにここが単なる洞窟や地下施設であれば電波が届かないこともあるだろう。しかしダンジョンにはそんな常識は通用しない。
どういう理屈かは解明されていないが、ダンジョン内であればどんなに深いところでも電波が通じるはずなのだ。
しかし現にスマホの表示は圏外になっておりネットも繋がらない。そうなれば当然配信もできない。
ライカのことだ。生配信を優先して、上のボス部屋へ引き返すとばかり思っていたが。
「仕方ありません。動画を回して、あとからアップしましょう。リスナーへの説明も帰ってからで良いです」
「えっ? いいの?」
「配信者の勘なんですけど……この先に、なにかとんでもないものがある気がするんです」
思わず生唾を飲み込む。
ライカにそこまで言わせているのだ。本当に、なにか凄いものが待ち受けていそうな気がしてきた。
配信していないこともあり、俺たちは会話もなく階段を降りていく。響いてくるのは俺たちの靴音だけ。
その静けさがまた妙な緊張感を醸し出していた。
「……ごめんなさい、ガッカリしました?」
静寂を破ったのはライカだった。
しかし言葉の意味がよく分からない。首を傾げると、ライカがこちらを振り向いて力ない笑みを見せた。
「ファンだって言ってくれたのに、全然いいとこ見せられなかったですよね? 道中での戦いも全部任せちゃったし、インビジブル・リザードには全然歯が立たなかったし」
「そ、そんなことないよ! プロ意識の高さに、ますます好きになった!」
言ってからハッとする。
ヤベッ、俺ライカに面と向かって好きって言っちゃった!?
い、いやいや。大丈夫。落ち着け落ち着け。今の俺は女の子なのだから、別におかしなことなど何もない……はず……。
ほら、ライカも満面の笑みを浮かべている!
「嬉しい! ありがとう!」
そしてライカはスッと手を前に突きだした。
「ユニークスキル〈好きって言ったじゃん〉発動」
「え?」
それは一瞬の出来事で、俺はなんの反応もできなかった。
いや、分かっていても防ぎようなどない。
スキルというのはそういうものだ。
瞬間、ライカの手から伸びたピンクのリボンが俺の腕に巻き付いた。
「な、なに!?」
「ふふふ。これでずーっと一緒ですね?」
ドキリとした。
ライカの表情。配信では見せたことのない妖艶な笑み。
……が、彼女はすぐに普段の笑顔を取り戻した。
「なーんて、冗談です。ごめんなさい、ビックリしました?」
ライカはイタズラっぽく笑い、俺と彼女を繋ぐリボンを指し示す。
「わたしのスキルなんです。“好き”って言ってくれた人とリボンで結ばれるっていうものなんですけど。一度でいいから使ってみたくって」
「スキルって……ユニークスキル?」
「そう。ハズレスキルですよね。モンスターには使えないし」
ライカはそう言って苦笑してみせる。
確かにリボンからは魔法とも違う妙な魔力を感じた。
手で引っ張ってみるが、びくともしない。多分マチェットを使っても切ることはできないだろう。
いや、そんなことはいい。
「ユニークスキルのことは人に喋っちゃダメ……って、ライカに言うまでもないと思うけど」
「“信用してない人には”ですよね? わたしはカオルさんのこと信用していますし、なによりカオルさんにはわたしの全部を知ってもらいたくて」
「え? ええっと、それって、どういう」
思わず上ずった声が出るが――いやいや、落ち着け俺。
今の俺の姿は爆乳美少女なのだ。
ライカは同性の友人として俺に好意を抱いてくれているに過ぎない。なにを舞い上がっているのだ俺は。
と、なんとか頭を冷まそうとする俺の努力を嘲笑うように、ライカはその細い指を俺の腕に絡ませる。
白い頬を赤く染め、上目遣いでこちらを見た。
「百合“営業”じゃなくなっちゃったかもしれません……」
「あわっ」
俺はパニクった。
突然の展開に脳がショートして頭が回らない。
が、ライカの猛攻は止まらない。
「カオルさん、このあと時間あります? いろいろお礼もしたいしご飯でも行きません?」
「あ、もちろ――」
と言いかけてなんとか首を横に振る。
「ご……ごめん! やっぱり、今日はちょっと、予定が」
「お茶だけでもどうですか?」
「あの、気持ちは嬉しいんだけど本当に時間がっ……!」
「そっか残念。じゃあ駅まで送りますね」
「い、いいよいいよ」
俺はライカから顔を背けながらそう固辞する。
噛み締めた唇から血を流しているのを見られないようにするためだ。
正直いって、行きたい。
ライカとご飯なんて全財産を手放してでもいきたいに決まっている。
しかしダメなのだ。
スキルが効力を発揮するのはダンジョンの中のみ。つまりダンジョンの外に出てしまったら俺はただの男子高校生に戻ってしまう。ライカにそれを見られるわけにはいかない!
「騒ぎになると悪いし、先に帰って」
俺は断腸の思いでなんとかそう口にしたが――ライカは、とんでもないことを言い出した。
「すみません。このリボン、自分でも外せないんです。だから一緒にダンジョンを出ないと」
「……えっ……えっ?」
まだうまく働かない頭を回して、状況を整理する。
ライカと一緒にダンジョンを出たら、確かにこのリボンは消えてなくなるだろう。しかしそれと同時に俺のスキル〈TS(爆乳)〉も解けて、俺は男子高校生に戻る。
ガタガタと、ひとりでに体が震え出す。
絶体絶命とはこのことだった。
マズい。マズすぎる!
俺が男だとバレたらどうなってしまうのか。
『えっ、本当は男? 女の子のフリしてわたしに近付いたんですか? キッッッショ。トイッターで晒しますね』
とかいって軽蔑されるに決まっている!
ヤバいヤバい、どうしよう! どうしよう!
そんなことライカに言われたら舌噛み切って死ぬ!
なんて、パニクっている場合ではなかった。
ここはもう、ヤツのテリトリーの中だったのだ。
「あっ」
ライカの短い声。
悲鳴と言うには呆気なく、なにかちょっとしたミスをした、みたいな声だった。
しかし実際彼女に起きたのは「ちょっとしたミス」なんかでは済まなかった。
どこからか突如現れた光の矢が彼女の胸を貫いていた。
「ライカ……!?」
崩れ落ちる彼女をなんとか抱きとめる。
俺は状況の把握をすべく、素早くあたりを見回した。
まさかベギーアデが目を覚ましたか……と思ったが、違う。
犯人は、階段の下にいた。
パチ、パチ、パチ。
拍手が石造りの階段に反響し、ヤツの不気味さを際立たせている。
「驚いたよ。まさかここまでたどり着ける者がいるとはね」
「誰だ、お前」
犯人はさらに前へと踏み出す。階段に設置されたライトがヤツの顔を浮かび上がらせる。
男だった。若い男だ。
しかし、なんだこの違和感。
モンスターを前にしたときのような、ゾワゾワとした感覚。
男は大袈裟な身ぶりで自分の胸に手を置く。
「僕は池袋のダンジョンマスター。そうだな、池袋とでも呼んでくれ。どうせ本当の名は君たちには発音できない」
思わず生唾を飲み込む。
この男が一体なんなのか。その言葉の真偽は。俺にはなにも分からない。
でもひとつだけ分かることがある。
男は、俺のおっぱいをガン見していた。




