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1話 底辺配信者の秘密


「それじゃあ今日はこのへんで。面白いと思ってくれた方はグッドボタンとチャンネル登録よろしくお願いします」



 俺――相模原カオルはできるだけ明るい声で配信をそう締めくくった。

 しかし配信停止ボタンを押した瞬間、せきを切ったようにため息が漏れる。



「……つっても、誰も見てないけどな」



 今日の配信も同接――つまりこの生配信を見ている視聴者の数はゼロ。

 俺はスマホを握りしめ、静かに下ろす。画面を直視することすら辛い。

 今は誰にも見てもらえなかったとしても、いつか誰かがこのチャンネルを見つけてくれる。

 そう思い続けてなんとか頑張ってはいるが、いまのところその兆しはない。




*




 ダンジョンがこの世界に現れて数十年。

 発生当時は凄まじい混乱だったそうだ。

 まぁそれも仕方のないことだろう。


 ダンジョンに潜むモンスター、ダンジョン内で使用できるスキルや魔法、奥地で眠る未知の素材や金銀財宝――ゲームの中にしか存在しないとされていたものが突然現実のものとなったのだから。


 ダンジョンから採れる魔力を帯びた金属や鉱石は最先端の工業製品を作るのに欠かせないものとなった。

 ダンジョンへ潜る〈探索者〉はいまやひとつの職業。

 なかでも探索の様子を配信する〈ダンジョン配信〉はエンタメ業界を牽引する一大コンテンツとなっており、配信者のトップ層はアイドル的人気を博している。

 まぁそれは氷山の一角で、見えない部分には俺みたいな底辺配信者が死屍累々になっているわけだが。



「はぁ〜、なにがダメなんだろうなぁ」



 来た道を戻る最中も愚痴が止まらない。

 モンスターの跋扈するダンジョンで集中力を欠くようなことをするのはよろしくないが、とはいえこのくらいの階層であれば目を瞑っていても難なく進める。

 驕っているつもりはないが――正直、腕には自信がある。


 ダンジョン配信を始めて1年。

 最初は万バズして有名人になっちゃったらどうしようとか、収益化してお金が入ったらなにを買おうかとか取らぬ狸の皮算用ばかりやっていた。

 しかし狸どころか狐も狢もヌートリアも現れず、なけなしの金で買った機材の分だけ俺の財布は軽くなったままである。


 足繁くダンジョンに通い得た知識や技術を分かりやすく解説する――そのコンセプト通りにできていると思う。


 なのに……なのに!


 バズる動画といったらダンジョンが地球を飲み込むとかいう陰謀論だの生成AI作成のトンデモ攻略動画だのなにして稼いでるかまったく分からん謎女がハイブランドの探索ウェアを着て高額機材でお届けするキラキラダンジョン攻略だの……。

 視聴者のレベルはここまで下がったか!


 と、文句を言っても始まらないので、俺は打開策を探ることにした。



「どうしたら底辺配信者を脱せられると思う?」



 通話の相手は妹のヒカリ。俺のひとつ下の高校1年生だ。

 探索者ではないが、流行に敏感でいろいろな配信を視聴している。頭もよく要領も良い。

 彼女なら俺のチャンネルをブチ上げるヒントをくれるのではと思ったのだが、良薬口に苦しとはよく言ったもの。



『カオルの動画って酔うからあんまり見てないんだけど……なんというか、エンタメしてないよね。説明書って感じ』


「うぐっ……」



 今日ダンジョンで受けた攻撃のなかで一番のクリティカルヒット。彼女がモンスターでなくてよかったと心から思う。

 まぁ突然電話したのにこうして相手をしてくれているだけで十分優しい妹なのだが。



「じゃあ具体的にどうしたらいいと思う?」


『まずボディカメラと合成音声やめたら? 別に顔出ししたって良くない?』



 ヒカリの言うとおり、俺は完全匿名配信者をやっている。

 体に装着したカメラを使い、自分の姿が映らない、いわゆるFPS視点で映像を配信。さらにボイスチェンジャーを使って声をフリーの合成音声ソフト〈のんびり〉の音声に変えている。

 俺のような顔出しNGの配信者はかなり少数派。いたとしても覆面を被ったり、顔をAI加工しつつドローンカメラを使った俯瞰の映像を配信することが多いのだ。

 FPSオンリーの配信者は正直見たことがない。

 それは知っている。知ってはいるが。



「顔出しはイヤだな」



 せっかくのご意見ではあるが、俺はキッパリとそう答えた。



「俯瞰だと戦闘の臨場感が伝わらないし、っていうか配信者の顔が見えること自体もノイズになると思う。だいたいアイドル気取りの配信者が多すぎじゃない? まぁそういうのに需要があるのは分かってるよ。それ自体を否定はしないけど、俺のチャンネルはそういうチャラチャラしたコンセプトじゃな――」


『早口キモ』



 俺は黙った。

 しょんぼり。



『だからカオルの配信はつまんないんだって。淡々としててメリハリないし』


「うぐぐぐ……」


『っていうかせめて妹と通話するときくらいボイチェン外してくんない?』


「あー……解除するのが面倒くさくて……」



 ウソだ。

 地声を聞かせられない理由があるのだが、説明するわけにはいかない。

 うまく誤魔化すことができたのか、ヒカリもそれ以上追求はしてこなかった。



『あとは、そうだなぁ。掃いて捨てるほど配信者がいる中で、この人の配信を見てみたいって思わせるようなフックがほしいかな』


「フックって、例えば?」


『うーん、そうだな……あっ、ゴメン。そろそろ出掛けなきゃ。そんじゃ気を付けてね〜』



 ヒカリは早口でそう言って通話を切った。

 通話終了の画面を見ながら大きくため息。



「フックかぁ……そう言われてもな……」



 ヒカリのアドバイスを考えながらダンジョンを歩く。

 フック。

 例えば人気のアイドルや芸人が配信をするとなったら多くの人が見てくれるだろう。そうじゃなくても、例えば可愛い子供やもふもふの犬をサムネにした動画ならみんなクリックしたくなるかもしれない。

 でも、残念ながら俺は普通の高校生だ。犬も猫も飼ってない。

 それから、ヒカリのもうひとつのアドバイス。合成音声とボディカメラをやめて自分のキャラを前面に出すという案。

 これはすぐにできそうではあるが。



「……いや、ダメだな」



 ヒカリの言いたいことはよく分かる。

 でもダメなのだ。

 俺は自分の体を見下ろす。

 視界を埋めるのは、男の体についているはずのないふたつの大きな膨らみ。

 おっぱいだった。紛うことなきおっぱい。それも巨乳、いや爆乳というべきおっぱい。

 人類の限界を超えた、二次元でしか見ることが叶わないBIGおっぱいがそこにはあった。

 それだけじゃない。

 腰まである髪は満月のように輝く銀色、生成AIが作り出したかのような完璧な美貌、そして胸元のザックリ開いたタイトな探索服――

 俺は大きくため息を吐く。



「こんな恥ずかしい姿、見せられるかよ」



 〈ユニークスキル〉というものがある。

 ダンジョンに足を踏み入れた際、探索者へ最初に与えられるダンジョンからの贈り物。

 それは人によって違うのだが、俺のそれは――


 ユニークスキル〈TS(爆乳)〉。


 そのまんまじゃねぇか! クソが!

 つまり、このスキルを使うと立派な男子高校生である俺の体が爆乳美少女の姿に変わるのである。

 どんなイロモノスキルだよ。とんでもねぇハズレ引いたわ――当初はそう思っていた。

 しかしこの体、なかなかに良いのだ。


 ……いや、待ってほしい。


 決して、決して変な意味で言ったのではなく。

 このスキルは探索や戦闘に非常に役立つのである。

 元の体では到底できない動きができ、力も出る。この体に慣れてしまうと、もはや生身の体では探索が不可能なほどだ。

 とはいえ俺は立派な男子。こんな姿をネットに晒すわけにはいかない。

 そういうわけで、配信時はボディカメラやボイスチェンジャーでこの姿を極力見せないよう努めている。



「この姿でさえなきゃな……」



 俺は自分の爆裂ボディを見下ろす。

 スキルを使わず生身の体で配信を行うならば俯瞰での配信もできる。しかしそれだと俺のプレイは凡人のそれに毛が生えた程度でしかない。

 まさにジレンマ。一体どうすれば。



「ん?」



 足を止める。

 考え事をしているうちに、気付けば上層近くまで戻ってきていた。

 魔物の気配が減り、人の気配がちらほら。

 そろそろスキルを解除して元の姿に戻らなきゃならない。この姿でうろうろしていると妙に目をギラつかせた男に声をかけられて鬱陶しいし、変身している場面を人に見られると面倒だ。

 しかし足を止めたのは変身を解こうとしたからではない。

 声がしたのだ。

 女の声。悲鳴に近い。

 ここはモンスターの跋扈するダンジョンだ。悲鳴なんて珍しくもない。

 でも、この声。どこかで聞いたことがあるような。

 辺りを見回してみるが、迷宮の壁に遮られてその姿は見えない。

 かわりに目に飛び込んできたのは、男だった。

 仮面をかぶっていて、パンツを履いていなかった。



「は?」



 どうしてモンスターの跋扈するダンジョン内で堂々と急所を晒しているのだ?

 あり得ない格好に呆然としていると、仮面に隠れた顔がバッとこちらに向いた。



「オッ! おっぱいチャン発見〜!」


「……あ?」



 ビキッ……と、頭の中でなにかがキレる音がした。


初日は2話更新、あとは書き溜めている分が尽きるまで1日1話ずつ更新していく予定です。

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