伝説と呼ぶなかれ
塔に集められた面々の中で、一際、輝いて見える人を見つけた。
勿論、比喩表現でもなく物理的に。私にはそう見えた。正直、この人が裏幕なのではと思いもしたが、周りにはそう見えてはいない。となると、寧ろ、そんな視界を持っている私の方が怪しい。沈黙は金だ。
皆がどうにか前に進もうと団結する中、彼だけは単独行動を繰り返していた。
遂に、輪の中から外された彼について行った理由としては、私が淡く光る卵を手に入れてしまったからだった。
ある朝、目覚めたら自分が抱え持っていたので、最初は、どうしようこれ。と、愕然としていたが、他の誰かに伝えるのも何となく憚られた。
一気に得体の知れない女扱いをされかねない。そこまで私の心は強くなかった。
それでも、皆からどんな目で見られるかを知っていて彼に同行する事を選んだ私は、今、全力で逃げていた。彼からではなく、この卵を狙う連中から。
彼の保持していた宝と私の卵が入ったミントグリーンに花柄と言う、何ともほのぼのなバッグを手にして、息を切らしながら走っている内に、何となく見つけた朽ちたバイクと車が置かれた隙間にそれを置こうと思ってしまった。何故かは分からない。
そして、死体があちこちに散らばる場所だからこそ出来た、死体から剥ぎ取った血塗れの上着を羽織って、邪魔にならない様に建物の庭先よりも、何となくで選んだ砂利の上に寝そべり、頭に偶々あったプラスチックの容器をバラバラと被せて死んだフリをした。
バレたら死ぬ阿呆の極み過ぎる戦法だったが、意外にも功を奏して、私は生きている。
周囲に敵が居ないかを耳を澄ませて確認すると、急いでその場から走り出した。
自覚はしているが私は無能だ。
そんな自分に出来る事と言えば、素直に自分を信じる事と、何処までも相手を疑う純粋さだ。仲間だとしても最後まで信じてはいけない。『誰も信じてはいけない』。
この塔に取り込まれた直後に、私が持っていた小さな手記に、そう書いてあった。
忠実に守り続けて来たからではなく、それさえも疑っている私は、誰を信じて何をするかは自分次第。そう、自分だけを信じていた。
「へっへっへ。卵も宝も此方のもの!女が死んだ今、お前に取れる手なんて許しを乞う以外に何があるってんだ。」
「……っ。」
正に絶体絶命のピンチ!!と、見るからに分かり易い追い込まれようをしていた彼の姿を見つけた。
と言うか碌に確認もせずに、人様を死人にしないで欲しい。
工場を覆う高い壁の上、僅か幅五十㎝の足場を走っていた私は、猫並みの瞬発力と洞察力と運動神経と反射神経等々を補ってくれる【猫の尻尾】と言うアイテムを身に付けていた。猫耳だったらへし折っていた、絶対。
だからと言って、あまりにも人間離れした行動は、後で体にガタが来る。
ツケ払いの良さは使い所を自由に決められる所だが、逆に、後先考えずに未来の自分の首を締めている事に気付きにくい。
これを使えば普通に飛び降りられるのだが、高い代償を支払う事になると分かっていては、気楽にホイホイと使える代物ではない。
では、別の物を使えば良い。カチリ、とスイッチを鳴らした途端に、先端を伸ばした別のアイテムーー名前だけは長ったらしい【天河鎮定神珍鞭】をしならせて、丁度良い高さにあった突起に絡ませる。これなら、時間経過で使用が制限されているだけなので、代償は無いに等しい。
巻きつけた部分が、しっかりと固定されているか確認した後、【小天使の翼】を起動させて頭に乗っけた。
躊躇無く飛び降りた私は、装備増し増しのお陰で地上を歩くかの様な気楽さで、その場に舞い降りた。
いや、自分でも何を言っているのか分からないけれども、【小天使の翼】の副次効果なのか、白い羽根が私の登場に合わせて舞い散り始めたのだ。
恥ずかしさより彼を助ける手段を、頭の中でAからZまで用意して間違わない様に反芻するのに忙しかった。
「る、ルルクゼ様……。」
「ルルクゼ様だ。本物か?」
「こんな場所にお越しになられるとは。」
降り立った私に、敵と警戒していた全員がその場に跪いていた光景にビビりつつ、彼の元へと走ると、その手を取ってその場から逃げ出した。
「待て。」
次の階層へと続く、巨大な光の柱を起動させた私が、動こうとしない考え事に忙しそうな彼の背中を押して入ろうとした所で、手を掴まれて止められた。
いつアイツらが追って来るか分からないし。時間無いんですけど?
「あんたの名前、アイナじゃ無かったのか?」
「……痛い所を突かれました。」
私の名前は、正確にはアイナではない。
一歩踏み出した私に、彼が一歩後退った。
「でも、ルルクゼなんて変な名前でもありません。それに、ほら。」
「っおい!」
他の装備は指輪にして仕舞ってある。けれど、唯一、まだ外していなかった【小天使の翼】の一番の効力である筋力を発揮して、彼を思いっきり光の中へと突き飛ばした。
左手の指先で、左目の瞼の下を伸ばすと、瞳に意識を集中させた。
そこに見えるであろう白金の十字架は、私が持っていた卵に刻まれていた紋様と同じ。全く、まさか、こんな時に孵化するとは思わなくて焦った。
ちゃんと、彼の宝も、私の瞳に隠れているこの子が待ってくれている。便利過ぎて狙われるのも納得の雛だった。
「私、託された仕事はこなしてますからね。」
「そんな事はどうでも良い!!」
焦った顔をした彼の腕が私に伸びて来て、私も引き摺り込まれた。
2
草原の上を穏やかな風が吹いて行く。勝手に変わっていた服装に、つい、黒いタイツに包まれた足元を見たら赤い靴とこんにちはをしていた。自分で買うなら絶対選ばないチョイスだった。
何で白いワンピースなのだと頭に手を持って行った所で、ふと、違和感を覚えた。
「小天使がボイコットしたかな。」
乗せていた筈のアイテムがお出掛けしてしまう事は、これまでにもあった。
代わりに手に触れたのは、白い帽子だった。
「キャンディーでも探さないと。」
甘い物さえ口にすれば探し出せる。これまでと同じ様に思い付きで。
周りの人達を見て、そんな事も無ければ、そもそも、こんなに豊富なアイテムに出会えている事自体が、私ならではの現象だとは気付いていた。
心当たりがあると言えば、あの手記ぐらい。もしかしたら、アレにアイテムが引き寄せられているとしか考えられない。
自分の唇を、ふにふにと触りながら、今後をどうするかと考えつつ、地平線に広がる紛い物の景色を見つめていた。
「アイナ!」
「鷲宮さん。」
左横からやって来た彼の服装もまた変じていた。灰色のシャツに白ベストと白ズボンに白い革靴、と言った胡散臭い出立ちから、ラフなスタイルになっていた。街中でも歩いていそうなお洒落さ。
少し派手なピンクと黄色と緑の配色だったとは言え、スウェット装備からクラシカルコーデになってしまった私とは真逆だった。はぁ、肩肘張らない装備が好きだったのに。
本の少しの羨ましさと、固定されていて外れもしなければ邪魔にも感じない、両手の指に嵌められた銀のナンバー付き以外には特徴が無い黒い指輪を嵌めた私の手の異常さが浮き彫りになった気がした。
「ここは水鏡のステージですね。休憩地点となる場所まで、後、三階上がるか六階分を下がってまた上がる決断をしなければならない。私はそれほど消耗していませんので大丈夫ですが、鷲宮さんは心配事はありませんか?」
「心配事ならある。今、目の前にね。」
あ、そうか。左目に右手を突っ込んだ私に、ギョッとした彼の視線を感じつつ、実際には左目のギリギリに展開された卵の出した陣の中に入っている物を掴んだその手を引っこ抜いた。
「アイナ、大丈夫なのか、それ。」
「はい。ドン引きするよりも此方をどうぞ。」
「【童炎の天秤】……。ありがとう、持っていてくれたのか。」
命懸けのやり取りをする塔を登る、言い換えれば遊び心に溢れたこのゲームのパワーバランスを崩し兼ねないアイテムは幾つか存在する。
反則的な能力から、宝として扱われるのだが、この天秤もその一つだった。
興味が無いから効果は知らないけど、どうせ、趣味の悪い効能や効果を宿しているのだろう。知りたくない。
炎を模した小さな輪っか。薄っぺらく、指輪にするには大き過ぎる、見た目は天秤に見えないアイテムを受け取った鷲宮に、微笑み掛けた。
「これで心配事は無くなりましたね。」
手記には、見た目ではあり得ない頁数の攻略方法が載っていた。
塔に命懸けで挑むのは皆と同じだが、死にそうな時が平均して、割と日に三回ある私にとってはこれが無いと皆に見捨てられていても可笑しくなかった。
基本的に暇があれば読み込んでいるだけあって、記憶力でさえも雑魚な私でもこの階数の攻略法も分かっていた。
「違う。そうじゃない。」
「何がです?」
さあ、いざ行かん!としていた私が、首を振る彼に胡乱な目を向けると、大きく溜息を吐かれた。失礼な。
「アイナ、お前の名前を教えてくれ。この先、不安が残ったまま一緒に行動したくない。」
「あ、さっきは時間無かったので言えませんでしたが、私の本名は鬼子神です。アイナは友達が付けてくれた渾名です。」
「全く本名と掠りもしていなくないか?」
あっさりと白状したからか、呆気に取られた顔をした鷲宮が、すかさずツッコミを入れた。
「漢字が、鬼、子供の子、神様の神なんで厳つ過ぎて誰にも名乗って来なかったんです。友達も似た様な名前だったので、お互いに憧れていた渾名を付けたら本名に全く被らないものになったんですよ。」
「時代の被害者か。いや、お前の場合は苗字もコテコテだな。」
「仰る通り。」
塔を出るには、登り切るか、途中にある脱出に必要な塔のミニチュア模型の部品を手に入れて組み立てないといけない。
しかし、部品を手に入れるならまだしも、組み立てるにはアルケミストとブラックスミスと言う職業がレベルカンストしている必要があった。無理ゲーだった。
攻略方法を知らなければ部品もかなり危険な道を行かないといけない。それならもう、真っ直ぐに登った方が早かった。
さて、と、呟きつつ、この階層をクリアするのに必要なものを探して、額に手を当てながら、キョロリと辺りを見渡した。
「あ、アニマルが居ましたね。私は兎さんをーー」
歩み寄る度に、遠目に見えていた白い影の全貌が想定していたものでは無かったと気付き、自然と足が止まっていた。
待って。こんなにデカいとか知らないんですけど。
3
赤い円な瞳。小さくて丸い白い尻尾。全身を多い包む見るからにふわふわの白い毛。
特徴はよく知る可愛らしい兎のものに過ぎない。しかし、それが、高層ビルをも越える巨大な存在感を持っているとしたら、最早、怪物と差して変わりはなかった。
「さて、どう捕まえよう。」
「はぁ……あんた、あんなのを見てもそんな台詞を言えるんだな。どうかしてる。」
どうかしてる、って。それは、塔の方だ。
無能な私をこんな所に収監して置いて、あの手帳と鷲宮に出会わせ、更には、こんなにも。
こんな、こんな。
「モコモコの癒しをくれるだなんて。最高過ぎるよこの塔。」
「す、凄い早口だったがなんて言ったんだ?」
「いえ、何も。それより、鷲宮さんは空を飛ぶコンドルと灰色のジャガーなら何方が良いですか?」
既に、脳内では使役した兎をモフモフして堪能している私の問い掛けに、「何なんだいその選択肢は。」と呆れた目線を返した彼の目が、ふと、ある方向に向かった。
鷲宮の視線を追い掛けて見つめた先に居たのは、タスマニアデビルとペガサスとコアラだった。いや、どれ。そして、何で、黄色とピンクと緑なの?
彼の趣味に、ひっそりとドン引きしていると、彼が呟いた。
「あの青い鳥、可愛いな。」
「はい、注文頂きました。」
「は?」
ちょっと待っててね兎ちゃん!綺麗所の鳥さんを捕まえたら直ぐに行くから!!
どうやら、鷲宮の目線は、あの奇妙な配色の三匹ではなく、更にその奥の木々に止まる鳥だった。普通サイズだ。よりによって、アレかとお目の高い彼に自然と頬が緩む。
服従の首輪を、六の数字が書かれた指輪を変形させて手に取ると、同じ指に嵌めていた十三の指輪も起動させた。
ちょっと、いや、かなり恥ずかしくてあまり使わない、肌露出よりも二十代が身に付けるには私としては痛々しい小悪魔デザインのデビコスチュームを身に纏った。
肩より少し伸びた焦茶の髪がするりと伸びて銀色に染まって行くと、ツインテールに勝手に結ばれていく。プリなんちゃらかな。はぁ……。
凄まじく早い速度で動けば、彼の目に、私の姿は映らないと信じて、急ピッチで小鳥との追い掛けっこを始めた。
出来れば着たくない、それ以外には全くデメリットがない着る物の尊厳を奪う装備を早く脱ぐ為にも、額に光る汗を流しながら笑い声を漏らしつつ縦横無尽に森の中を駆け抜けた。やばい、楽しい。
都会っ子と田舎の間で育って来た私は、自然で走り回る事が唯一の楽しみだった。
友達は居ても、あまり話は合わないし、学校でも勉強もあまり得意じゃ無くて、かと言って趣味も特技も持っていない。パッとしない事が私の特徴らしい特徴。
左手に耳を鷲掴みにした小さくなった真っ黒な兎を、右手の指の先に青い小鳥を停まらせた私が現れると、何故か、全身をジロジロと見られた。え、もうコスチューム衣装脱いでますけど。まさか見られた訳じゃないよね。まさかね。
しかし、直ぐに、その掴み方は辞めろ、と言われたので、既に隷属の腕輪をさせてあるし大丈夫かと、とんだ外見詐欺だった兎ーー小さければ小さいほど、この階層の動物は強い。だから、てっきりそこまで強くないと思っていたら、白いウサちゃんが私の小指の爪ほどの真っ黒な兎になった時点で目が死んだ。蟻とかが居なければ、この階層の主的なやつじゃんと察したーーから手を離した。
服従の首輪を一つ駄目にされたので、隷属の方にしたが、油断するとこれさえも壊されそうな気がする。
信じられない動物を相棒にしないといけないなんて。何でこうなった。
「この階層の通り方はシンプルです。アッサリと言って仕舞えば、動物を相棒にして勝ち抜きレースで勝てば良いので。」
「本当にアッサリだな。」
レースが開催される会場へと向かいすがら、省略しまくった説明をしておいた。
因みに、動物は、元のサイズから小さくはなれないが、兎から察する様に、巨大化はこの階層などの動物にも可能だった。
それを騎獣にする前提でレースは行われる。下手に乗馬が出来ないのに、憧れのままゲットして、いざレースで振り落とされるなんて光景も見慣れたものだとか。
正直、文体に出来ない様な、グロ方面盛り沢山のレースを全勝した私と、その横をヘロヘロになった鷲宮が、肩に停まった小鳥に気遣う様に見つめられながら歩いていた。
私なんて足蹴りを仕掛けて来る兎の攻撃を避けながら歩いているのに。でも、あんな事になってしまった彼に対して、羨ましいとは言えなかった。
同じ目に遭ったら、私も正気を保てているか分からなかった。途中から可哀想過ぎて、思わず、賄賂を握らせた他の選手に彼の手助けをさせた。良い買い物だった。彼がこうして自分の足で立っているのだから。
「じゃ、次に向かいましょう。」
「……案内受付の話を聞いておけば良かった。」
本当にな。
ここだけの話、この階層で一番初めに何をするかと言うと、レース会場を見つけて受付案内に一通りの説明をされる事だ。
しかし、私が捕獲した動物をGETしていた為、説明をスキップ出来るオプションが選択出来るようになっていたのが、彼の運の尽きかもしれなかった。お疲れ様。
ダウンまで数秒な状態の彼を気遣い、レースの勝者だけが案内される銀夜の庭園。その四隅にあるカプセルに寝かせた。
明日まで泊まりたかったのを夜までにして切り上げさせ、まだ眠る彼の足を地面に引き摺る形で背負いながら、提案を後にした。
ピーチク、キーキーと喧嘩する二羽と共に、手に入れた鍵を何もない空間にて回すと立ち上がった光の柱に足を踏み入れた。
あの階層、レースに勝つまでは穏やかなんだけど、レースを勝った後に長居すると、催眠ガスと灼熱のモンスターが蔓延る阿鼻叫喚の地獄へと様変わりしてしまう。そうなったら、また別の試練が始まるのだ。
癒し空間が満ちているだけに、留まりたいと考えるプレイヤーも多いのだろうが、生還率が高くはない理由は、それが原因だろう。
稀にレース中に命を落とす場合もあるらしいし。何はともあれ、後、二階上がった先にある安全地帯の階層で、応急処置セットを買い占めないと。急ごう。
その後も、次の洞窟の階層で目を覚ました彼に、何故起こさなかったのかと怒られたり、安全地帯の階層に辿り着いた際に一悶着あったりしながらも、順調に塔を登り続けていた。
無事に応急処置セットも買い占められたし、鷲宮に同行した最大の目的だった【灯】と言うアイテムも手に入れた。
彼の為に必要な、私が不在になってもその分を補ってくれる仲間達も合流した。
ピリ辛どころかマグマ味のポテチを、パリッと最後の一枚を食べ終えると、席を立つ。
下の階層ほど簡素な空間だった、階数が上がって来た事によって、大分、現代染みて来た安全地帯の階層も、見慣れた景色で気が緩みそうになる。でも、もう終わりだった。
一緒のテーブルに座っていたマーブルと、オットーが、『待つ』と言う約束を忠実にこなしていた仲間の私の行動に、顔を上げた。
こう言う時、トイレに行くとかで離れられれば良かったんだけど、塔に入った時に、私達の体はそう言った原則的な機能が無くても生きられる様に設定されてしまっていた。
いや、そもそも、そんな言い訳をしても、直ぐにバレてしまう。正直者は馬鹿を見ないのだ。こう言う時に限るが。
「アイナちゃん?」
「どうしたんだよ。」
「ちょっとお願いがあるんです。これを、リーダーに渡して置いて下さい。」
灰色の封筒を見て、気付いた筈だ。
もうこの階層だと一般的な物資は貴重では無いとしても、指定された相手にしか開けない様に出来るぼったくり呼ばわりされている技術者の手が加えられた、詰まる所、重課金してまで用意した秘密文書染みたものに、二人の困惑した目が私に刺さる。
これが、紫髪のエナ辺りだったら絶対に引き止められて失敗していたんだろうけど。この二人で良かった。
「分かった。責任を持って俺達が渡しておく。」
「本当に行くのね?」
曖昧な笑みを浮かべた私に、本気だと察した二人に、これだけはと言って、近寄った。最後の最後の手土産にと、彼らの額に口付けを贈った。
今の私の職業は高位の僧侶師だった。たった一つの手のひらの動きで誰かの命を救える。祝福を受けた二人は、三日は命の危機から回避する行動を無意識に取り続けるだろう。
立ち去る際に、エナと鷲宮が話しながら歩いている姿を見掛けた気がして、歩く速度を早めた。
4
人斬り、大怪盗、皇帝の姪、地獄の副総督、最後に、選ばれし者と言う職業を起動した私が彼らに合流した。
職業を変える為には、普通は、【灯】が四つ必要な所を、特殊な【灯(青)】を手に入れていた私には、選ばれし者しか選択出来なかった。
集まった面々は、元の世界に帰りたくないと言う目的を同じにしていた。
塔を登り切った時、帰るか、還るかを選べる。前者は、記憶を無くして元の世界へと帰れる。
後者は、塔の先にある、塔の創造主への謁見と言う権利を賭けて三大権力がぶつかり合う次元の世界へと移される。
だが、後者では、一生、塔の創造主との面会は叶わない。私達は、ただ知っていた。
コンテンツとして消化される為に選ばれ、踊らされる様を見て喜ぶ群衆の為だけに存在している歪な世界。塔の創造主なんて存在していない。
三人の管理者が私達に気付いた時、もう手遅れだった。
「あ、指名手配されちゃった〜。」
皇帝の姪がケラケラと笑いながら、手にしている紙を、粉々になるまで千切っていた。
私達は顔を変えていた。お互いがお互いの本名も顔も知らない、偽りだらけの世界に相応しい、偽りしか持たないメンバーと一緒に居ると言う事実に、何故か、心が落ち着いていた。
「ねーぇ。本当にアイツ殺さなくて良かったのぉ?」
「まさか、管理者が身内を引き入れるなんて嘘かと思っていたが、本当だったとはな。」
「ボクはどっちでも良いけど。なあ、選ばれし者、どうせ全員死ぬんだから先に殺して来てやったら?」
マトモな奴が一人も居ない。勿論、私も含めて。
仕事を増やしたくない、と、宙に光るルーン文字で意思表示をすると、根城にしている空間から、次元鍵を使って移動した。七十三階層を選んだ理由は、自分でも分からない。夕焼け空の広がる祖国の街並みを眺めながら、胸がやけにざわついた。
マグマポテチが無性に食べたい。既に私達のIDは凍結していて、買い物すら簡単には出来ない。
在庫管理をしている地獄の副総督にさえ言えば、直ぐにでも手配してくれるだろうが、何となく知られたくなかった。
ホログラムを使って、別人に成り変わった後、穏やかな公園で遊んでいた子供達にお金を渡してポテチを買って来てとお遣いを頼んだ。残りのお金で好きなお菓子を買って良いと言ったら、喜んで三人は走って行く。
「お前か。子供を顎で使っているのは。」
なのに、何で、君がここに居るんだろうね。長い黒髪に灰色の瞳の凡庸な女の見た目になっている筈だから、気付かれはしない。きっと。
癖の無い榛色の髪も、色褪せた色の瞳も、スラリと伸びた高身長も。うんざりする手足の長さも。
街中に溶け込んでいる服装すら、やはり、相変わらず様になっていた。何なんだろう、この人。ああ。眩しい。今の仲間である彼らにも、この光は見えなかったらしい。だから、殺してくれば?なんて、容易く聞けるのだろう。
……って、お小遣いも渡したのだから、顎で使っているは言い過ぎでは。
「あら、あの子達は?」
「帰したよ。ほら、これが欲しかったんだろ。次から自分で買いに行けよ。」
「……ありがとう。」
お金と一緒に渡していたチャック付きの花柄のバッグを差し出され、それを取ろうとした私は、パシリ、と、手首を掴まれていた。
咄嗟に動きそうになった体が、彼を押し退けようとした。でも、そんな事、凡庸な女はしないだろう。
脳内で警鐘が鳴っている。早くここから逃げなければ不味いと。
この重み、ちゃんとマグマポテチ十個入ってる、とかテンション上げてる場合じゃなかった。
「この手は何かしら?」
「幸運喰い。あんたの別名だろ。」
視界の端に、嘗て、別れた彼の仲間達が、それぞれの武器を身構えながら現れていた。たぶん、逃げたら、私を容赦無く殺すか捕獲するつもりか。
「一体何の事なの。初対面で失礼じゃない?」
「こんな時でさえ怯えた様子を見せないんだな。なあ、俺の目には、ずっと、お前の姿しか映っていないんだ。黒髪の女なんて見えないんだよ。」
私の演技の下手さかと思ったら、彼の目が特殊だっただけらしかった。
まあ、良いや。カチ、カチ、と、奥歯に仕込んでおいた青い宝石のスイッチを二回押すと、悲鳴と呻き声を上げながら過去の仲間が、駆け付けた今の仲間達に倒されて行く。はぁ、殺されないと良いんだけど。いやこの際は私が逃げ切れれば良いかな。
「ガラム!ロラン!!皆!おいっ、何をした!!アイナ!」
最初に倒れたのは、マーブルを庇ったオットーとエナだった。続いて、ガラムとロランも為す術無くやられていく。
私の合図に駆け付ける前に、監視システムが落とされているのか、塔によって統制されている警備NPCも来ない。大怪盗辺りがやってくれたのだろう。
握り締められた彼の手が、容赦無く私の腕を引き絞っていた。跡が付くどころか、折れそう。
「痛いなー、もう。私だって女の子なんだから手加減してくれたって良いのに。」
「アイナっ!お願いだ教えてくれ!どうして大量虐殺なんてしたんだ!!」
へえ、そう報道されてたんだ。姿形を変えて行った事なのに、バレているとは。確かに、彼の目には、私の元の姿が映ってしまっているらしい。私が彼を、相変わらず光輝いていると認識しているのと同じ様に。
爆発テロ、ハイジャック、生物兵器テロ、ミサイルテロ、他にも思い付く限りの手は粗方やっていた。
だが、そこに犠牲者は居ない。言葉を変えれば、塔に招かれた側の人間には一切手を出していない。
有象無象の弱者を気にしない今の仲間達を操縦するのには骨が折れるが、それでも、一線は越えていなかった。
「私は人を殺していない。それが答えだよ。鷲宮アリス君。」
無感動にその一言だけ告げた。彼の瞳が見開かれた。
「あんたは、もう、俺の知るアイナじゃ無いんだな……。いや、それでも。」
そうだとしても。と、バッグを持つ手を引こうとした私を引っ張り込むと、彼は、私の唇に彼のそれを押し付けて来た。
んぇ?
あれ。これって、そう言うジャンルだったっけ。いや、そんな筈は無い。
誰もが救われない弔い合戦の為だけに生み出された、私の為の私による私達だけの、そうだ。思い出した。何で忘れていたんだろう。彼は、この人は。
「私のお姉ちゃんと婚約する予定だった癖に、他の女に手ぇ出してんじゃねぇですよ。鷲宮さん。」
ゴムを伸ばして離したそれが壁にぶち当たった時ぐらいに、良い音が鳴った。べ、と舌を出して、不愉快だと言った表情を隠しもせずに、彼を見下ろした。
思いっきり振りかぶった私の平手打ちを受けて尻餅を付き、ポカン、とした彼に背を向けた。
遅れて迎えに来た副総督が、口笛を奏でて、その男もやるゥ、と笑った爆乳の人斬りを、「不謹慎ですよ」と嗜めてくれた。
人斬りなのに、事前に何でも願い事を聞くと言われた時に私が頼んでいたからか、彼らの意識を刈り取っただけに留めた彼女に抱き竦められた。
窒息しそうになって抵抗しようにも、無理やり、私が顔を彼女の胸に埋めさせられている間に、マントを広げた副総督の移動能力で、何度か、階層を経由して追っ手を撒きつつ根城に戻って来た。
帰って来た途端に、ポテポテと足音を立てて走って来た、見た目は少年な大怪盗が私の腰に、ギュッと抱き付いてくる。空気を読んだ副総督と、気分気儘な人斬りは何処かに早々に散って行った。
「さっきの、ファーストキスだった?」
「そこには触れないで欲しかったな。」
ニンマリと笑う彼の頬を叩き倒したくなったが、仲間内での暴力は推奨されていない。
エロ爺が。人斬りも大怪盗も愉快なノリをかましてくるので、あまり得意じゃなかった。いや、本当は好きなノリなのだけれども、そんな気力が私に残っていない。
六百歳である彼の形の良い頭を撫でて、優しく引き剥がす。
そうして、彼女を探した。
「あら、どうしたのかしら。貴女がお願いだなんて。」
「誰も信じない君になら託せるから。」
バラバラと足元に落ちて行くそれを見て、そっちこそ珍しくもポカンと口を開けた間抜け面を晒していた。
「ちょっとこれ。あの事件、貴女の仕業だったワケ?」
「まあまあ仕方無かったんだよ。」
「で、こんなので何をしろって?」
応急処置セットは、瀕死でも擦り傷でも、平等に瞬時に対象を健康体へと回復してくれるアイテムだ。だが、正確には違う。
時を戻すーー記憶を消す作用を施されているこのアイテムを使えば、皆、塔の事を忘れられるのだ。
「だから、今から使い方を教えてあげる。代わりに君の願いだった息子さんと会わせてあげるよ。」
「信じらんない。アタシの事、殺す気にでもなった?」
「……悪いけど、前の時の約束は何も覚えてないから期待しないでよね。」
「ふっ。それもそうね。」
人斬り。別の名を、慈悲の女神アイーシャ。
聖人として仲間入りを果たした彼女は、生きたまま貫かれ、この塔へとやって来た。
しかしながら、一緒に殺されたのであろう息子の姿は見当たらず、憎悪を燃やしながら、けれども、復讐ではなくて、二度と自分や子供と同じ目に遭う者が居なくなる様にする為に塔の破壊を望んだ。
彼女の世界で偉人として認められた者達は、例外無く殺され、塔へと送られてきた。
まだ幼児だった子供が塔へと来れる権利を有している筈が無く、彼女は嘗て暮らしていた世界を、正しくある姿へと戻す為に生きている。
そんな人斬りだからこそ、塔での生活を、全ての塔にやって来た人々から消す為に力を貸してくれる。人一人生き返らせる事ぐらいなら、アイテムでどうにかなるし。
自分の区画に引き篭もった後、届いた電報便があったので開いてみたら、地獄の副総督だった。えー、何々?
「マグマポテチ切らさない様にしときますね……って、バレたか。」
天井を振り仰ぎ、あちゃーと顔面を押さえた。あんな騒ぎを起こしておいてバレない方が可笑しいか。
座っていた椅子をくるりと回転させて、部屋のドアの方へと向かせると、次に、この部屋から出るのは、きっと、この塔も、塔の先にある世界も壊れる前夜だろう。
もしかしたら、現実の方の世界にも亀裂が入るかもしれない、とは聞いていた。
だが、そんなの気にした所で今更だった。と言うか、亀裂が破れてくれないと困るのだ。私の計画は全員の生還までもが、組み込まれているのだから。
5
世界が燃えていた。決行した通りに行われた作戦は、全て成功していた。と言うより、私達のスペックに誰も付いて来れなかったのだ。
一方的に行われたクーデターにより、塔はその機能の大半を失っていた。僅かな残量を費やし、必死に制御を取り戻さんとしていた。
足を組み、頬杖をつきながら召喚した地獄の使者達に指示を出すだけの地獄の副総督は、実に暇そうに欠伸を漏らしていた。
ソースコードを破壊され尽くしたデータベースも喰われて穴ボコだらけ。人を模したシステムを刈り取ってきた甲斐あって、塔の終わりは直ぐそこだった。
緻密に用意された計画に頓挫は無い。最後の最後にしか仕事が無い私は、手を貸すべき相手が居ないか、あちこちに顔を出していた。しかし、この様子では、遂に、ここにも私の手を貸す用件は無いらしい。
「ここはもうチェックメイト。人斬りの所にでも行ったらどうだ?」
「さっき行ったばっかだよ。他の所も全部回って、最後にここに来たから。」
「それなら、大怪盗の方に行った方が良いな。ちょっと予定外の来訪者に手を焼いてるみたいだから。」
「分かった。じゃあね。オカン。」
「ああ、ご苦労様。お姫様、もう二度と会わない事を祈るよ。」
随分と遠回りをして来た。別の世界線では、誰かしらの裏切りで、何度か失敗していたと語ったのは人斬りだった。
全員が一人を奪い合って殺し合った世界線が痺れたと言っていたのは、大怪盗。
何の世界線も持たないお仲間の地獄の副総督は、しかし、私と再会した途端に、貴女にだけは深く関わらないでおきます、と悲しい笑みを浮かべていた。
次元を渡る鍵に、行きたい場所を命じると、白い扉が私を手招いた。目を閉じながら出た先には、時計の針が埋め込まれた巨大な歯車が回る建物の中だった。時計台をモチーフにでもしているのだろう。
しかし、そんな事よりも、これは、と呟いていた。戦鎌を持って哄笑を奏でる相変わらずゴスロリチックな姿の皇帝の姪と手負いの大怪盗が、激しく戦闘を繰り広げていた。
一体この騒ぎは何なのかと思った所で、ふと、大怪盗が何かを庇う様に立ち回っている事に気が付いた。
「あれ。皆居るじゃん。鷲宮だけ居ないけど。」
「ひっ、指名手配犯の総統!!」
「お前は敵か味方か?」
え、何ここ世紀末か何か?
思わず、笑ってしまいながらも、エマが大人しいなと思ったら、マーブルの膝に頭を乗せた血の塊が彼女だと何故だか判ってしまった。
彼らに何をする気だとか言われつつ、応急処置セットを使って、瀕死のエマを回復させた。貴重な私の残機あげたんだから、命は大切にしてよね。
私のお腹辺りに頭が来る背丈の少年と、少年よりも背の低い少女。本来であれば、庇護欲をそそられる二人は、容易く近付けば切れられてしまいそうな殺気を放っていた。
彼らを庇ってくれていた大怪盗の為にも、取り出した見た目は懐中電灯を放り投げてくるりと回転させてキャッチする遊びをしながら、二人に近付いて行った。
明らかに怪しい顔を変えた今の私にさえ、「危ないわよ!!」と手を伸ばそうとしたマーブルに苦笑する。
さて、暴走の原因はどれなんだろう。どれにしたって、どうせ碌でもない記憶が再生されたに違いない。
「お二人さん、随分と楽しそうだね。混ぜてくれるかな。後、ついでに仕事の進捗も確認したいかもしれない。」
剣閃が止まった。長ったるい黒のジャンパーワンピのポッケに両手を突っ込んで歩く小娘を目にした二人は、此方を凝視したまま、その場から動かなくなっていた。だが、油断は出来ない。
顔を変えた私達の頭部は、奇妙な色合いのマーブル模様で出来た風船にも似ていた。報道された際にもその姿を人々は目にした筈だ。勿論、今でさえも。
しかし、私達自身は、お互いの顔を、黒い影の様なものとして認識していた。
「大怪盗、現状を報告。」
「ッチ。大怪盗、皇帝の姪、共に最終段階に移行後、大怪盗のみタスクを一つ残して暴走した皇帝の姪を迎撃処理実行。……人斬りに言われていなかったら見殺しにしてたんだからな、感謝しろよ。」
「うん。そっか、報告ありがとう。」
でも、何となく、と言うか、確実に皇帝の姪が、見られている私が焼き付きそうな熱視線を送って来ている事には気付けた。
「待て!近付くんじゃない!!」
私が彼女の方を見たからか、大怪盗が手を掴んで来た。だが、その腕をポンポンと叩くと、大丈夫だと言いながらその手を外した。ちょっと彼の握力が強くて時間を要したが、それだけだ。
いや、今の状況に置いて、時間は巨万の富よりも価値があった。それを彼も知らない訳じゃない。
「……お姉ちゃん、ルビーの事、嫌いになった?」
「ん?」
ちょこん、と私の服を掴んだこの大人しい子は誰だろう。いつもの狂人っぷりは何処に行った。
「アタシ、お姉ちゃんの守りたいもの、守ったよ。ほら、気絶させてそこに置いておいーーきゃっ!?」
思わず、彼女を退かして、倒れているその人の元に駆け寄っていた。
「鷲宮っ。」
倒れている男に、何故気付かなかったのだろう。こんなにも光を纏っているのに。
うつ伏せになっていた彼を仰向けにさせた。手首を押さえて、脈を測ると問題は無かった。
「息、は……している。」
確認したが、首を絞められた形跡以外は、怪我らしい怪我は無い。勢いに任せて剥がしてしまった服を着せながら、安堵が胸の内に広がる。
あの少女の言葉は本当らしい。
取り乱している場合では無いけれど、彼が命を落としたのならば、作戦は成功しても、結果的に。私は負けが確定してしまうのだから。
何秒か何分そうしていたかは分からない。彼の髪を撫でる私の側に、大怪盗がやって来た。
「そんな事より、どうしてここに来た。最後の仕事も終わらせて来たんだ。聞かせて貰うからな。」
「招かれざる客人に煩わされていると聞いたから。副総督に。」
流石は、大怪盗。たぶん、飛び入り参加して来た皇帝の姪と言う邪魔さえ無ければ、一番に計画に必要な仕事を終わらせていたのは彼だった事は間違いない。次点が副総督だ。
きっと、いや、確実に、自分の方が早く終わる算段が付いてから、副総督が此方に私を寄越したのだろう。
幾分か過保護な大怪盗にとっては、私が来ない事の方を願っていそうではあったが。最大火力の皇帝の姪相手には、危ない橋を渡るも同等の願いだ。
「怨むぞ副総督!!」
そんな血涙流しながら言う事かな。
「ええ格好しぃが!!お雛様から離れろこのボンカスがぁ!!」
「じゃかあしいわ!この下衆と外道を煮込んだ女豹め!!!」
「あ゛ァん????」
「ぉ゛おん???」
仲良いよなぁ、この二人。たぶん。ロリ婆とショタ爺だからだと思う。異論は認める。
しかし、すっかりと皇帝の姪はキャラが変わってしまった。
何があったのかは知らないが、特異点となる鷲宮と私の影響力の違いの差を、今ここで感じるとは思わなかった。
バチバチと火花を散らして睨み合う、あの二人は放って置こう。どうにかなる。何方かは死にそうだが。
静かに此方を隙無く伺っていた複数の視線の方へと、話し掛けた。
「君たち、頼むから早く帰って日常に戻った方が良い。この寝坊助も連れて行っといて。」
「待ちなさい!!」
ごめんね、エナ。それは出来ない相談なんだ。
私の代わりに、君の大好きな鷲宮をちゃんと守ってね。
追い掛けて来る足音がしたが、大怪盗が気を利かせてエナを道にでも迷わせたのか、その音も遠ざかっていった。
暗くなっていく道を一人で歩きながら、こうして歩けるのも、最後かと感慨深くなる。
仲間達は全員仕事を終わらせてくれたらしい。私の首に下げられた、赤いチョーカーの黒い鉱石が、じわり、と熱を持って、私の肌に融合し始めた。はぁ、思っていたよりもクソ痛い。
青とか書いてる癖にそんな要素も無い点からして、変なアイテムだった。
塔の目的は、一つだけ。世界を創りし者を破壊し、それが出来なければ、その代わりとなる存在を手に入れる事。それのみに特化していた。
もう遠い記憶になっている、母の面影だけが心の底の方に残照として残っている。
世界に愛されていた母は、継承者に私の弟を選んだ。けれど、心臓が弱かった弟は、継承が完了する前に、私の見ている目の前で静かに息を引き取った。
騒がしい医師とナース達に部屋を追い出された私が、もう助からないと直感的に悟っていた弟に手を伸ばした瞬間、無理矢理にでも継承を終わらせる為に私と弟が強制的に、一度、融合させられた後、次元を食い尽くす怪物と成り果てた祝福から引き剥がされた。
何も知らない者からすれば、何も無かった。しかし、知る者からすれば、もう起こってしまった事だった。
朽ちた未来からの回帰者が、安全な空間領域を得た後に、塔を作り出し、獲物が引っ掛かるまでしぶとく待ち続けていた。けれど、弟の魂の破片が刺さった鷲宮も、不完全で人では無くなってしまった私にも、あの化け物は止められない、その材料には成り得ないと言う答えは、別の世界線で既に出ていた。
ならば、どうするか。
「塔を燃える要塞にして、住み心地最悪にした後に、ずーっと。」
ーーあの怪物を閉じ込める檻にして、出口を無くせば良い。
何度失敗したのか、この世界の私は知らなかった。でも、今回が最後だと言う事も、私と言う存在が別たれただけの四人と合流してから、夜に眠る度毎に夢を見て教えられた。
一番、信じられなかったのは、彼ら四人の本体が私である事だった。
耐え難かったのは、悪夢を見ている筈なのに、何も覚えていない朝が何度も繰り返された事だった。いや、間違えた。あの根城に、朝や昼と言った時間の感覚は無い。暗いブリキ製の壁に囲まれた、広さだけが唯一の利点な寝床。寝る事が怖かった。でも、寝なければ、計画の為に必要な要たる私は完成しなかった。
「皆の要らない物は、もう受け取った。」
あの四人の記憶から、私の存在も、今頃、消えた筈だった。
取り込みが完了した事で、胸に当てた手の平を見ると、べっとりと赤い血が付いていた。痛みはない。過去の幻影に過ぎず、でも、確かに、生温さが伴っていた。
あの時に、継承が追い付いていれば死ぬのは私だったと言われた。誰に言われたかは忘れた。
弟の代わりに死と言う運命を身代わり出来なかった、出来損ない。命の等価は、あるのだと、我が身を以て知った事がある。
兎に角、魂を私と言う容器に集めなければならなかった。
ある日のお茶に忍び込ませたもの。ある日の抱き締めさせた兎の人形の中に。ある日のプレゼントした靴の裏側に。ある日の花に水をやる如雨露に。
成功するかどうかは半々で、出来なかったら、予定通り、四人とも道連れにするつもりだった。
でも、やり遂げてしまった。皆の中にあった私と言う存在が、私の中だけに戻っている。この感覚。ああ、私は人だったのだ。あの時、あの瞬間、あの罅割れた愛すべき者を失った憎悪の塊に片足を取り込まれる前までは、確かに、存在していた、そう、人として。
「バグを使えば、【全智の鍵】そのものとして命じられる。さあ。私以外の人間を元の世界の元の時間に戻して。」
自分の悲鳴だとは思わなかった。とっくの当に、エネルギーを切らしていた塔がどうやって、馬鹿げた数の存在を移動させるか?答えは単純明快だ。
そんなの、今し方繋がった動力電源と見做された私から吸い尽くす以外、他に無かった。焼き焦げた匂いがする。
時間経過によって、あの四人が設定した通り、塔とそれ以外との世界が閉じられていくのが分かった。
何も無い、暗い世界。祝福が消えたあちらの世界は、どうなるのか、分からない。でも、生きていて欲しかった。ただ。幸せになって欲しかった。一人一人が、私にとって、等価等語れない価値があった。ありがとう。私に心をくれて。ありがとう。壊れるしか無かった世界を救わせてくれて。ありがとう。ありがとう。
随分と静かになった。しかし、不思議な事に、何処からか響く、遠い様で近い時計の時を刻む針の音が止んでいない。どれくらい経ったのか。
塔と同化した所為で、意識を失う事さえ出来なくなった私には、痛覚も残っていなかった。
腕をピクリとも動かせる気がしない。それなのに、不思議と、段々と近付いて来るソレの姿形だけは妙に鮮明に、手を取る様に、分かった。
ぽた、ぽた、と何かが、私の周りに落ちていた。
この腐臭に満ちた臭いは、間違いない。
「やってやったんだから、感謝して日常を送ってよ。」
ねぇ、皆。幸せになって。
醜いゾッとするほど多く並んだ、鋭く尖った白い歯が私に迫る事を知りながら、目を閉じた。
主人公
彼女が死ぬ以外に世界が破滅しない世界線は生まれなかった悲劇の運命を定められた者。
名前。鬼と書いてキサラギと読む。子神と書いてココミ。
親に愛されなかった子供だが、記憶は無い。ただ、見舞いに行った弟の死期に運悪く立ち合ってしまい、祝福(世界の愛子を保護する限り無く万能な力)と言う化け物が解き放たれた際に、元愛子である母親から厭われていた感情の破片が纏わり付いていた事でターゲッティングされてしまう。
バラバラに噛みちぎられたのは魂で、仮にも、母の強い力を継いでいたが、逆に言えば、それだけしか持たない彼女の魂が復活しようとして世界線が急加速して爆増した。
とある世界線で【ルルクゼ】様と呼ばれ、女神や聖女として祀られていた。
アイテムさえ無ければ、パラメータにするとザコ。
実は、滅茶苦茶視力が良過ぎる鷲宮に、余裕でデビコスチュームを見られていたとは知らない。
皇帝の姪
実は、弟と同じ病院に入院していた女の子の双子の妹。
基本的に、どの世界線でも狂っているが、マトモだった精神を持っている際には必ず主人公が酷い目に遭っている為、無意識に、自分が狂う方が楽だと知っている可能性もある。
大怪盗
ショタ爺。マジシャン装備で闘ってくれる。
地獄の副総督
苦労人。裏ボスが似合う。オカン気質の為、悪い人になり切れない。だが、やる時はやる。
人斬り
ボインなお姉さん。露出の高い服か、体のラインが出る服しか身に付けない。
とある世界線軸にて、一億人の命と引き換えに、アイナがアイテム運のみに恵まれる様に特化させた儀式を手伝った功労がある。本人は、ただ好きな事をしただけなので手伝った認識は無い。
世界線軸のそれぞれを合計すると、こっそりと何千万人近くを殺しまくっているが、今回の世界線だけは何故か正気を保っていて、人殺しをしていない名折れ。
主人公の友人
名前はプライベートの為伏せるが、かなりのキラキラネームを付けられていた時代の被害者の一人。
ポジティブ思考。占星術師の祖母が居り、何となくの勘で、全く自分とは違うタイプの主人公が悲惨な運命を辿ると知っており、わざと近付いた。
目的である人生の楽しみに付き合わせようとしていたものの、道半ばで、アイナが魂を雲散させて、更には塔に召喚された為に行方不明に。
記憶を失ってはいるものの、何故か、その年一番の面白い話と思い出の品を携えて、名前の無い墓に毎年やって来る律儀さがある。見た目は真面目な清楚ギャル。
職業
スキルによっては、普通に世界を破滅するスイッチをポチッとな。みたいな事さえ出来るものもある。
今回に限り、何かしらの事件や事故が起きる前に、先回りした記憶有りの人斬りとそれに付き合わされた地獄の副総督が危険分子を見つけ次第、屠って、矯正していた。
塔
世界を補完する為の誰かの良心による末路。
回帰者
誰も生き残っていない。
祝福
世界を維持する為の装置。
手記
元は只の座標転移をした場所に飛ばせる、真っ白な手記。
とある世界線で主人公の事を気に入った鷲宮が、ある女に取り入り、手に入れたもの。
その世界線でのアイナは、最後の世界線以外の全ての記憶を保持しており、人格が崩壊気味ながらも、鷲宮の介抱を受けながら手記を書き上げた。
因みに、手記が世界を渡る前に、アイナの遺品として鷲宮が使っていた為、偶に汚れている頁がある。
アイナが攻略本と化したこの手記を生み出した後、世界のバランス調整が入り、ありふれた既製品さえ出回っていた【座標転移付きの手記】は見なくなった。
元の世界
色んな時代、地球ですら存在しない世界も混ざっている。だが、祝福が何らかの作用を起こしている点だけは一致している。




