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6 悪役令嬢、王子にプレゼンする

 エドウィン殿下からの返書は、私の想定を裏切る速度で届けられた。


『三日後の午後、寮の私室にて見えよう』


 流麗にして一切の逃げ道を許さぬ、筆跡。

 これは福音か、それとも断頭台への正式な招待状か。


 えっと……早すぎない?


 私は自室に籠もり、幾度となく言葉を研いだ。

 新学期という名の嵐――つまり学院生活および、貴族社交界が本格始動する前に、この禁断の聖域への通行許可を勝ち取らねばならない。


「推し活とは、独占という名の欲望を脱ぎ捨てた、清廉なる愛の形……違うわ。理念だけじゃ駄目。実績という名の鈍器で殴らないと」


 鏡に映る私は、公爵令嬢として完璧な装いをしている。

 けれど頭の中では、一人のオタクがどたばたと走り回っていた。


 侍女のエイミが、そっと声をかけてくる。


「お嬢様……お顔が真っ青ですわ。まるで決闘前の騎士のようで」

「ええ、決闘よ。愛の定義を賭けた、ね」



 約束の刻限。

 薔薇の香りを身に纏い、私は回廊を進んでいた。

 ――在学中であっても、そして私が彼の婚約者であるという立場であったとしても、王太子の私室に呼び出される機会など、そうあるものではない。


 扉の前に立った、その瞬間。


「……アルマデリア様の件、まことに聞き入れるおつもりですか、殿下」


 その声だけで分かる。

 感情、氷河期。室内は氷河期の様だ。


「レイナルド……」


 殿下の声は穏やかだが、どこか楽しげだ。


「あの方の最近の行動は常軌を逸している。殿下の御心を惑わす策謀に決まって――」


 相変わらず私に対する評価が厳しい、私の最推し。

 ……そこも含めて、好きなんですけどね。


「失礼いたします。アルマデリア・エルデンベルクにございます」


 入室すると、太陽と月が揃っていた。

 椅子に腰掛ける王子と、壁の一部みたいに立つ騎士。


 レイナルドの視線が、刺さる。普通に痛い。


「座るがいい。で、君の提案する新規事業――とは何かな?」


 私は革表紙の綴りを掲げた。


「――推し活工房、でございますわ」


「……推し、活?」


 殿下が首を傾げ、横でレイナルドが低く唸る。


「つまり、具体的には」


「人々の憧憬に、形を与える文化事業ですわ」


 私は一気に畳みかけた。


「騎士や魔術師の肖像を掌の大きさ程度にし、励みとして携帯できるようにする。人々は孤独を癒やし、日々を生き抜く力を得る。それが――推し活です」


 沈黙。


 レイナルドが一歩前に出る。

 圧がすごい。

 物理的に。


「殿下を見世物にするおつもりか。王家の威厳と騎士の誇りを、市場に――」


「いいえ、違います! 」


 私も一歩踏み出した。


「独占しないからこそ、穢れないのです! いいですか? 恋人になりたい! ではなく、幸せであってほしい。その愛が広がれば、殿下も、民も、もっと自由になれます!」


 オタク故の早口で初手からめためたに切り込んでいく。


「殿下、人々は神に祈りますが、神はあまりに遠い。ですが、この札は手に取れる。民衆の不満を、推しへの愛で中和し、暴動のエネルギーを購買意欲に変換するのです。これは信仰による統治のアップデート――更新、ですわ」


 殿下の目が、わずかに見開かれた。

 その隙を見逃さず、さささと書類を差し出す。


「三日前、市場にて試験販売。百点、即・完・売」


 殿下が目を通し、低く息を呑んだ。


「……これは、凄いな」


「特に人気だったのは――」


 一拍おいて、目の前に立ちふさがる騎士を見上げる。


「近衛騎士団所属の方々。もちろん、レイナルド卿も、です。ただの見世物ではありません。偶像化です。実像の貴方は殿下の傍に。虚像の貴方は民の傍に。遍在することで、貴方の騎士道は神話になるのです」


「……私?」


 氷の仮面に、若干のヒビが入った!


「涙を流して喜ばれていましたわ。これさえあれば明日も頑張れる! と」


 真面目な表情を保っていた殿下が、堪えきれないといった様子で、吹き出した。


「ははっ、救世主だな、レイナルド」

「……殿下、お戯れを」


 レイナルド卿の耳介が約3度赤化。

 これは羞恥による毛細血管の拡張……。

 ああ、十枚セットの照れ顔限定版、聖影札(パシャ・コレクト)の構想が捗る。



 長い沈黙の後、殿下は頷いた。


「いいだろう。これは――私の私的な共同事業として検討しよう。ただし条件がある」


 嫌な予感。


「監督役として、レイナルドを付ける」


 ん、んん!?


「アルマデリア。お前のその……推し活、とやらの熱量は認めるが、一歩間違えれば狂信的なカルト教団になりかねない」


 殿下は真面目な顔で、しかし目は笑っていた


「だからこそ、もっとも信頼できる騎士に手綱を握らせる必要がある。……頼んだぞ、レイナルド。彼女が暴走して、私の肖像画を等身大の抱き枕などに加工しないよう見張れ」


「……私がですか? お戯れを。貴方の護衛はどうなるのです」


「だからこそだ、適任だろう。新学期になり、私も学院の寮へと戻り王宮内に居る時間より、学院滞在時間の方が遥かに長い。アルマデリアもお前も私も、最高学年の学生という身分であることに相違ないじゃないか」


 レイナルドは渋々頭を下げ、私を睨みつけた。

 うう、沁みる。


「承知いたしました……問題があれば、即刻知らせます」


「もちろん、構いませんわ」


 私は微笑んだ。

 破滅回避の第一歩。

 そして――公式から推しを常時観測できる権利、獲得。


 こうして私は、工房のみならず学院でも推しと日常を共にする監視という名のファンミーティング、の最前列(神席)を手に入れた。


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