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5 悪役令嬢、革命の狼煙を上げる

 画家ギルドの若き異才、ユーフィ。  

 彼女の瞳には、昨日私が語った救済のビジョンが、熱病のような光を宿していた。


「やりましょう、アルマデリア様。いえ、統括とお呼びすべきかしら」


 私は不敵に微笑み、一抱えもある魔法紙の束を机に叩きつけた。


「ユーフィ。まずは限定百点。被写体は――我が国の誇り、近衛騎士団。中でも、レイナルド・シュタイナー卿を筆頭とした『鉄壁の美貌(ガーディアンズ)』たちを」


「レイナルド卿! あの峻厳さ、銀糸のような髪。描き手を試す、最高級の素材ですわ!」


 製作が始まると、アトリエは修羅場と化した。

 私は筆を握るユーフィの背後で、前世の記憶を総動員して監修を行う。


「ダメよ、ユーフィ! レイナルド卿の鎖骨の影は、あと二ミリ深くなければならないわ。この影があるからこそ、彼の意志が肉体的な色気へと昇華されるのよ! 脳内に焼き付けなさい!」


「はいっ!」


 魔術師のリオンも、私の狂気に巻き込まれていた。


「リオン、魔法印刷の出力をもっと上げて。表面の被膜には、持ち主の体温に反応して微かに発光する術式を組み込んで。これは単なる紙じゃない、触れられる魂なのよ」


「……あんた、本当に公爵令嬢か? 悪魔の商人じゃないのか?」


 リオンは呆れながらも、利益の一割という研究資金を条件に、私の無茶な要求を完璧な技術で形にしていった。


 製作の合間、ユーフィが筆を止めて私に問う。


「……アルマデリア様。貴女、これほど彼に執着しているのに、なぜ彼を手に入れようとなさらないのですか? 公爵家の権力があれば、彼を縛ることもできるでしょうに」


「手に入れる? ユーフィ、それはあまりにも低俗な愛だわ」


 私は窓外の月を見上げ、静かに、だが断固として告げた。


「これは――至高の観測対象(推し)、よ」


「オシ……?」


「独占という支配から解き放たれた、純粋なる祈り。隣に立つことを望まず、ただその存在がこの世にあることを言祝ぐ。恋よりも静かで、信仰よりも激しい。それが――推し活」


 ユーフィは衝撃を受けたように目を見開き、やがて震える手で再び筆を握った。


「――その哲学、魂に刻みました。私、彼の気高さを、万人が跪くレベルで描き出してみせます!」



 定期市の日。  

 私は簡素な装いで広場の片隅に陣取り、布の上に百点の聖影札(パシャ・コレクト)を並べた。


 最初は、通り過ぎる人々から、不敬な見世物だ、という冷ややかな視線が飛んだ。

 だが、一人の平民の乙女が、レイナルドの肖像を手に取った瞬間、空気が変わった。


「これ……え、嘘。騎士様が、私の手の中に……? ああ、あの時遠くから見た、あの冷たい瞳が、私だけを見ているみたい……っ!」


 彼女の目が輝く。

 その光景が、周囲の令嬢や町娘たちの本能に火をつけた。


「私にも見せて!」

「まあ、なんて精緻なの!」

「騎士様が……手のひらに!?」

「十枚買うわ! 全部レイナルド卿を出しなさい!」

「ズルい! 私も全種類いただくわ!」


「おい、そこの露店! 何の人だかりだ?」

 

 巡回中の衛兵の声が響く。リオンとユーフィが青ざめる。

 私は扇で顔を隠し、とっさに客の令嬢に向かって叫んだ。


「さあ、残りあと5枚! これを逃せば二度と手に入りませんわよ!」


「買うわ!!」


 衛兵が辿り着いた時には、商品はすべて捌け、私たちはただの撤収中の商人になっていた。

 ……危なかったわ。


 百点の試作品は、わずか三十分程度で完売。

 買えなかった者たちが「次はいつ!?」「倍の値段を出すわ!」と私を取り囲む。


 リオンとユーフィは、繰り広げられる異様な熱狂に、若干ひいている。



 その夜。

 自室に戻った私は、積み上がった売上には目もくれず、エドウィン殿下への手紙をしたためていた。  


 これは、単なるお願いではない。

 不可避の現実を突きつける交渉状だ。


『殿下。 本日、王都の市にて、騎士団の肖像を模した魔道具の試験販売を行いました。 結果は、一刻足らずでの完売。市場にはすでに、彼らの姿を求める数千の飢えた魂が溢れております。このまま放置すれば、質の悪い海賊版や、騎士の名誉を汚す品が横行するのは火を見るより明らか。  


 そこで提案です。


 この新事業を王太子の名の元で管理および公認し、健全な文化として統制いたしませんか? 民の不満を解消し、王家への忠誠を愛へと変換する、国家規模の心理工作でございます』


 書き終え、私はふふ、と喉の奥で笑った。  

 彼はきっと、私を蔑むだろう。

 高潔な騎士道を金に換えた、稀代の悪女として。


「私が泥を被れば被るほど、私の推しの清廉さが際立つのだから」


 私は、手元に残した一枚のレイナルドの札に、誓いの口づけを落とした。    

 この推し活という毒が、どれほどの速さでこの硬直した世界を蝕み、書き換えていくのか。  

 

 その時の私は、まだ自分自身の熱狂に酔いしれていた。

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