4 悪役令嬢、最初の信者を得る
それから数日、私は嵐のような情熱で試作品の製作に没頭した。
協力的な女画家と、知的好奇心に負けた魔術師。
三人の異端児が、深夜のアトリエで一つの奇跡を産み落とした。
「大きな肖像画は、見る者を圧倒し、支配する。けれどこの掌サイズは、見る者が対象を慈しみ、守るという愛の反転を生み出す。これこそが、私の提唱する掌上の慈愛論よ……!」
私の手の中には、最初の奇跡が握られていた。
掌に収まるサイズの、硬質な紙片。
そこには、エイミが密かに、けれど狂おしく恋い焦がれる近衛騎士の姿が描かれている。
魔法の加護により、銀の縁取りが月光のように煌めき、透明な皮膜で覆われて決して傷つくことのない表面。そして、裏面に刻まれた微細な魔導印は、持ち主の祈りに応じて微かな熱を帯びる。
「エイミ、受け取って」
「お嬢様……! ああ、これは……!」
ミニマムサイズとなった肖像画を捧げ持ったエイミの目は潤み、涙がこぼれんばかりに見開かれている。
「あの方が、私の手の中に! これさえあれば、どんな辛い職務も、明けない夜も、耐えてみせますわ。お嬢様、ありがとうございます……!」
彼女の法悦の表情を見て、私は勝利を確信した。
これは単なる商売ではない。
絶望の淵に咲く、希望という名の薔薇なのだ。
自分のための試作も作った。
もちろん、レイナルドの。
冷徹な青灰色の瞳。
けれど、魔法の熱を帯びたそれは、私の手の中で確かに、生きているように見える。
手のひらから伝わる微かな熱は、まるで彼の鼓動が私の魂に共鳴しているかのようで、胸の奥が甘く疼いた
特にこだわったのは、この表面温度。
人肌よりわずかに低い、35.8度。
彼のクールな体温を再現するために、私は氷雪系魔石の配合比率を0.01グラム単位で調整したのだから……!
うう、やっぱり尊い……。
私は彼を愛している。
けれど、彼の隣を歩きたいのではない。
彼が主君を護り、誇り高く生きるその姿を、世界の片隅から永遠に観測し続けていたい。
しかし。
計画を本格的に進めるためには、避けては通れない壁があった。
王族や騎士の肖像権。
その管理は、厳格を極める王家の法によって守られている。
つまり、エドウィン殿下経由で、なんとか許可をもぎ取らなければ、私の推し活グッズ作成や工房運営は、不敬罪という名の断頭台へと直行することになる。
執務机の前で、羽ペンを握ったまま硬直した。
あの怜悧な瞳で射抜くレイナルドの姿を思い出す。
『殿下を、見世物の材料になさるおつもりか』
彼の冷徹な糾弾の声が、幻聴となって耳を打つ。
勢いと情熱だけで扉は開かない。
これは、王権との、そしてレイナルドの騎士道精神との、命懸けの交渉になるだろう。
私はおもわず天を仰ぐ。
「……尊さの代償が、これほど重いなんて」
更に、夢想は冷酷な現実によって打ち砕かれた。
机の上に広げた羊皮紙には、無慈悲な数字の羅列が刻まれている。
「足りない。あまりにも」
私は髪を乱暴にかき上げた。
工房兼店舗の維持費、希少な魔法素材の調達費、技術者への法外な報酬。
公爵令嬢としての潤沢な小遣いなど、この壮大な野望の前では、砂漠に零した一滴の香水に過ぎない。
お父様にお願いするなど、論外だわ……。
エルデンベルク公爵は、秩序と伝統を重んじる鉄の如き男だ。
愛娘が、男の肖像画を売って金を稼ぐ。などと知れば、事業はおろか、私は即座に修道院へ幽閉されるだろう。
「かといって、このまま指をくわえて破滅を待つなんて、無理」
私は窓辺に立ち、宵闇に包まれ始めた王都を凝視した。
この世界のどこかに、私の情熱に応えるだけの、宝が眠っているはずだ。
大規模な店舗が無理ならば、まずは闇に紛れて咲く野の花のように。
王都の定期市、その喧騒の片隅から、世界を変える革命の火を灯すしかない。
「固いところから……そうね、露店から始めるわ。エルデンベルクの名を隠してでも」
私は、レイナルドの肖像画を強く握りしめた。
「ああ、この青灰色の瞳の彩度! 255、255、250の白色とのコントラストが最高すぎて、網膜が浄化される……!」
推しの幸せのため、そして私自身の生存のために、私はこの禁断の果実を、世界に撒き散らしてみせる――。




