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2 悪役令嬢、推し活という概念を持ち込む

 寮の自室に戻った私は、豪華な天蓋付きベッドに身を沈めた。  

 けれど、絹のシーツの肌触りさえも、今の私には現実味を欠いている。


「落ち着きなさい、アルマデリア。泣き叫ぶのは、すべてを整えてからでも遅くないわ」  


 私は自分に言い聞かせ、記憶の断片を拾い集める。  


 一ヶ月後、王立学園の新学期が始まる。

 そして平民出身ののちの天才哲学者エリーゼ・ミラベルが王立学園に編入してきて、王子や騎士団長たちと恋に落ちる。『恋と真理のエトワール〜王立学園恋愛哲学録〜』のメインストーリーだ。

 

 そして私、アルマデリアは、王子の婚約者である悪役令嬢的立ち位置。

 彼女に嫉妬し、醜悪な策を巡らせ、そして一年後の婚約披露パーティで、奈落へと突き落とされるのだ。まあ、わりとよく聞く、典型的な悪役令嬢の末路である。


 けれど……私には、殿下への執着など欠片もありません!


 なぜならば、私の推しは、レイナルド・シュタイナー。

 彼がエリーゼと結ばれるルートも、あるいは主君である殿下の愛を陰から見守るルートも、すべてが私にとってはご褒美だった。

 

 彼が幸せであるなら、その隣にいるのが私でなくても構わない。

 いや、むしろ彼を遠くから見つめ、その尊さに涙することこそが、私の真なる幸福。


「そうよ……愛を独占する必要なんてない。私は、推しを崇める哲学を見出したのだわ」


 冷静に考えれば、これはチャンスかもしれない。


 原作で、レイナルドは王子ルートでもエリーゼに協力的だった。

 王子とエリーゼが結ばれれば、レイナルドも彼らを支える立場で幸せになれる。

 そして何より――レイナルドルートでは、彼は最後に笑顔を見せてくれた。

 あの笑顔をもう一度見たい。生で。


 つまり……


「エリーゼの恋を応援すれば、推しが幸せになる」


 我ながら名案だと思った。

 さらに、私が悪役にならなければ、断罪エンドも回避できる。


 推し活に費やした日々。

 グッズ収集、イベント参加、同人誌即売会。

 前世の日本では当たり前だった文化。

 好きな人を遠くから応援する。


 しかしながら、この世界に推し活という概念はない。


 愛とはすなわち独占であり、契約であり支配だ。

 だからこそ、アルマデリアは狂気に走った。  


 ならば、その概念を覆せばいい。  


 遠くから幸せを願うという、崇高な信仰。

 それを『推し活』と定義し、私はその司祭(オタク)となるのだ。


 そうすれば、私も堂々と「殿下の幸せを願っています~」と言える。

 恋愛感情ではなく、推しとしての応援だと。


「王子様業だって、大変よね。周りの令嬢たちがみーんな、妃になりたい、恋人になりたい、って執着してくる。それって、本人からしたら重いはず......」


 もし寵愛を受けたい、じゃなくて、幸せを願うという形の応援があったら。

 王子も楽になるんじゃないだろうか。

 そして、その文化が根付けば、私がエリーゼと王子の恋を応援しても、誰も不思議に思わない。


 ――完璧すぎる。


 だが――この考えが、この世界でどんな波紋を呼ぶのか。

 その時の私は、まだ知らなかった。


 ほとばしる情熱のまま、机に向かい、羊皮紙にペンを叩きつけていく。

 破滅回避計画および推し活工房の設立。


 まずは、彼らの美しさを固定化する『聖遺物(グッズ)』が必要だ。  


 たとえば、手のひらサイズの肖像画。

 たとえば、魔法の熱を宿したメッセージカード。  


 そんな素敵な物があれば、人々は愛する者を所有しようとして破滅することなく、ただその存在を糧に生きていけるはず。


「エイミ、入りなさい」  


 私は専属侍女を呼び寄せた。


「お嬢様、いかがされましたか?」

「あなたに質問があるの。もし、あなたが密かに慕う騎士の姿を、いつも胸元に忍ばせておけるとしたら、どう思うかしら?」  


 エイミは顔を赤らめ、驚きに目を見開いた。


「それは……夢のようなお話ですわ。もしそんなことが叶うなら、私は一生、そのお姿のために忠誠を誓うでしょう」


 確信した。

 需要はある。


 ――この世界にも、オタクは存在する。

 

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