10 近衛騎士、理解不能な令嬢を監視する ※レイナルド視点
アルマデリア・エルデンベルクという令嬢は、危険だ。
それが、レイナルド・シュタイナーの率直な評価だった。
彼女は陰謀を巡らせるタイプの悪女ではない。
かといって、無害な理想主義者でもない。
熱に浮かされた狂信者――そう表現するのが、最も近い。
……なぜ、あれほど堂々としていられる。
レイナルドは、王太子の護衛を終えた深夜、ひとり、寮の自室の執務机に肘をつき、提出された事業計画書の控えに視線を落としていた。
資金繰りは現実的。
供給ラインも堅実。
そして最も厄介な感情論が、意図的に排除されている。
——それが、気に入らない。
理想を語る者ほど、現実から逃げるものだと思っていたが。
彼女は違うようだった。
夢を語りながら、同時に数字を叩く。
しかも、その全てが――誰かを独占しない愛、などという、理解不能な理念のためだというのだから、なおさら始末が悪い。
愛とは忠誠であり、命を賭して手に入れるものだと思っていた。
だが、彼女の言葉によると、ただそこに在るだけでいい。
……そんなものが、果たして愛と呼べるのか?
「推し活、か……」
小さく呟き、鼻で笑う。
彼の敬愛の対象である王太子を、騎士を、偶像として祀り上げる文化。
本来なら、王家の権威を損なう危険思想だ。
ただの絵にそれほどの情熱を傾けられるものだろうか?
私の肖像を抱き、涙を流す女たち。……正直気味が悪い。
だが、彼女たちの瞳に宿っていたのは、絶望ではなく、明日を生きるための活力だった。
『これがあれば、明日も頑張れます』
だからこそ、自分が監視役に付いた。
殿下の判断が誤りであれば、止めるのは自分の役目だ。
——そう、思っていたはずなのに。
「人員が足りない、と指摘した時の顔……」
思い出して、無意識に眉を寄せる。
悔しさ。
焦り。
それでも、逃げない覚悟。
あの瞬間のアルマデリアは、
王子の婚約者でも、公爵令嬢でもなく——一人の責任者の顔をしていた。
彼女があそこまで必死になるのは、なぜだ?
殿下の婚約者としての地位を固めるためか?
……いや、あの瞳は、もっと純粋な何かを見ていた。
いわば、殿下への、狂気じみた献身。
彼女は殿下の威光を広めるためなら、悪女の汚名さえ厭わないというのか。
……だとしたら、あまりに愚かで、そして眩しい。
厄介だな……。
守るべきは王家。
切り捨てるべきは、危険な芽。
だというのに、自分は彼女に改善案を提示してしまった。
潰すためではなく、続けさせるために。
気づけば、彼女の事業が失敗しない前提で、思考している。
「……愚かな」
吐き捨てるように呟き、レイナルドは立ち上がった。
窓の外、学園の尖塔に冴え冴えとした月がかかっている。
アルマデリア・エルデンベルクは、間違いなく嵐の中心に立つ女だ。
だが——もし、彼女の説く理想が現実になるのなら。
それは、剣で守るだけでは救えなかった者を、別の形で支えるということになる。
「……監視は、続ける」
それが、騎士としての義務だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう、言い聞かせながら。
レイナルド・シュタイナーは気が付かなった。
この時すでに、自分が、推し活という新たな思考へ、片足を踏み入れていることを。
——しかも、かなり深く。




