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翠玉の花嫁

【短編】翠玉の花嫁と氷の皇帝 ― 冷遇された花嫁は、やがて氷の皇帝に溺愛される ―

作者: 星谷明里
掲載日:2025/12/20

※本作は、長編『翠玉の花嫁と氷の皇帝 ― 冷遇された花嫁は、やがて氷の皇帝に溺愛される ―』の第一話の《前日譚》となる短編です。


挿絵(By みてみん)

※ 作品のイメージイラストです。

「──“聖鳥の皇后”? 私には、そんなものは必要ない」


 氷よりも冷たい声で放たれた言葉に、臣下たちは騒然となった。


「アズール王子殿下、何を仰るのですか!! 即位式も皇后選定も、明日執り行われるのですよ!」

「もう、皇后候補のご令嬢たちを招待しているのです。皇帝となられるのですから、サードニクス帝国の慣例通りに──」


 「アズール王子殿下!!」と追いかけて来る声を背に、彼は表情も変えずに歩き出した。



 サードニクス帝国、雪深い帝都ディアマンの北にそびえる皇城──

 雪化粧の施されたサードニクス城の大広間には、高位貴族の令嬢たちが集められていた。

 前皇帝イオスが病のために急逝し、新たな皇帝として即位する王子アズールを前に、令嬢たちは競うように美しく着飾っている。磨かれた白い大理石に立ち並ぶ令嬢たちのドレスが、まるで色鮮やかな花々のようだった。


「素敵……アズール王子殿下よ……」

「あの氷のような瞳、本当にお美しいわ……」

「どなたが、アズール様の“聖鳥の皇后”に選ばれるのかしら」


 令嬢たちの視線の先を歩くのは、この帝国の若き皇帝となるアズール・サードニクス。

 雪のような白銀の髪に、切れ長のアイスブルーの瞳。その凛々しい佇まいに、令嬢たちは熱を帯びた視線を密かに送る。


「アズール王子殿下……」


 その時、優雅な足取りでアズールに歩み寄ったのは一人の美しい令嬢だった。

 紫色の絹のドレスをまとい、美しいストロベリーブロンドの髪を垂らしている。


「ローズ様だわ……」

「“社交界の薔薇”には、誰もかないませんわね……」


 令嬢たちが落胆した眼差しを二人に向ける中、アズールが静かに振り返った。


「サーペンタインか」


 低く呟かれたアズールの声に、ローズ・サーペンタインはドレスの裾をつまんで一礼する。


「どうぞ、ローズとお呼びくださいませ」


 煉瓦色の大きな瞳が、アズールの端正な顔を映し出す。

 だが、美しく微笑んだ令嬢を見ることもせず、彼はわずかに視線を落とした。


「……考えておく」


 そう一言返すと、アズールは濃紺のマントを翻した。

 彼が一瞬だけローズの手首の腕輪を飾る翠玉エメラルドに目を止めたことに、誰も気が付かなかった。


「アズール王子殿下……」


 その小さな呼び掛けに振り返ることもなく、静かに立ち去る背中をローズはただ見つめることしかできなかった。


 そのとき、衣擦れの音がいくつも響いた。


「ローズ様、御機嫌よう」

「本日も、薔薇のようにお美しいですわね」


 アズールと入れ違いに集まった令嬢たち。

 口々に褒められたローズは、優雅に微笑んでみせた。


「皆様の華やかさには、とてもかないませんわ」


 ローズの白い手首を飾る金細工の腕輪が、シャンデリアの灯りに煌めく。


「まぁ……素敵な腕輪ですわね」


 令嬢たちの視線が、ローズの腕輪へと集まる。


「お父様からいただいた、マルジャーン王国の腕輪ですの」


 微笑んで金の腕輪を見せるローズに、令嬢たちが感嘆のため息をこぼす。


「見事な金細工ですこと……そんなに大きなエメラルドは見たことがありませんわ」

「このエメラルドは、トリフェーン産でしてよ」

「さすがは、サーペンタイン公爵家……」


「羨ましいですわ」と口々に呟く令嬢たちに微笑みかけると、ローズは髪に触れながらアズールの姿を探す。


(アズール王子……)


 ローズは遠くに立つアズールを見つめる。そして、彼の氷のような眼差しが自分一人に向けられることを強く願った。

 けれど、“氷のよう”だと評判の冷たい眼差しは、彼女だけではなく、この場にいるどの令嬢にも向けられることはなかった。



 * * *



 サードニクス城から遥か南西の地、トリフェーン王国の王城──


「エメロード王女殿下に、贈り物でございます」


「まぁ……アイン様から、わたくしに?」


 侍従から差し出された美しい包装の小包に、エメロードは嬉しそうに微笑んだ。

 無表情のまま一礼すると、侍従は静かに踵を返した。


 ここは、サードニクス帝国の西の国境沿いにある小国トリフェーン。

 第二王女であるエメロードの部屋は、王城三階の北にあった。

 その薄暗い小さな部屋で、エメロードは窓辺にある椅子に腰掛ける。

 閉じられた窓の隙間から吹き込む風に、淡い金の髪がかすかに揺れる。


「何かしら……」


 エメロードは、そっと金色のリボンを解く。包みを開くと、ふわりと甘い香りが広がった。


(綺麗……美味しそうなお菓子だわ……)


 中に包まれていたのは、粉砂糖のまぶしてある焼き菓子や、花の形の可愛らしい砂糖菓子だった。

 エメロードは、淡い褐色の肌の異国の青年の笑顔を思い出す。


「お礼のお手紙を送りたいけれど……」


 包みに送り主の住所はなく、『マルジャーン王国の商人アインより』とだけ書かれている。


 その時、エメロードの部屋に軽快なノックの音が響いた。


「エメロード」


 扉が開かれたそこには、第一王女のアンブルが立っていた。

 エメロードの異母姉のアンブルは、濃い蜂蜜色の髪に琥珀色の瞳を持ち、華やかな容貌をしている。


「お姉様……御機嫌よう」


 真紅のドレスをまとったアンブルは、不躾に部屋の中を眺めると、「いつ見ても、ひどい部屋ですわね」と薄く笑った。

 そして、抱えていた若葉色と白いレースのドレスをエメロードに放るように差し出した。


「それを、エメロードに差し上げますわ」

「ありがとうございます……でも、これはお姉様が仕立てられたばかりの──」

「わたくし、華やかなドレスが似合うと言われましたの。そのドレスは要りませんわ」


 当然のようにそう告げたアンブルは、エメロードの着ているドレスを眺める。


「それに……そのドレス、丈があっていなくて、あまりにお気の毒なんですもの」


 赤い唇と琥珀色の瞳が弧を描き、エメロードの細い肩がぴくりと震えた。

 確かに、エメロードの着ている深緑のドレスは少し古びていて、手首が見えている。

 彼女は、ドレスを抱えている袖元を隠すこともできず、わずかに俯いた。


 「レースの生地だから、まだ少し寒いかもしれないけれど……わたくしが差し上げたドレスを着たほうが良くってよ」と笑うと、アンブルは去っていった。


 エメロードは、姉から受け取ったドレスを抱えたまま立ち尽くした。


(お姉様は、私のためにくださったのよ……)


 まだ真新しいドレスを小さなクロゼットにそっと仕舞うと、エメロードは窓辺に立った。

 北側の窓を開けると、冷たい風が入ってくる。

 エメロードは風を受けながらまぶたを閉じると、静かに息を吐いた。


 鳥のさえずりに目を開けると、一羽の白い鳥が窓辺に止まってエメロードを見つめていた。

 王城では、見かけない鳥だった。


「あなたはどこから来たの? ……マルジャーンという国に、行ったことはある?」


 「遠い砂漠にある国なの。私の大切なお友達がいるのよ」と微笑んだエメロードに、鳥が小さなさえずりを返す。


「お菓子をどうぞ」


 微笑んだエメロードが手のひらに焼き菓子の小さな欠片を乗せると、鳥がそっとついばんだ。


「美味しい?」


 見上げてきた鳥に微笑むと、エメロードは遠い空へと視線を移す。


(この城の──トリフェーンの外に、いつか出られたら……)


 エメロードが視線を向けた東。鳥はその方向へ向かって、真っ直ぐ飛び去った。

 そのとき、北から強い風が吹き、エメロードは翠玉のような瞳を細めた。


(何かしら……)


 遠く、北東の地が淡く虹色に光ったような気がして、エメロードは目を凝らした。


(確か、あの方角にはサードニクス帝国の都が……)


 けれど、どこまでも白く霞んでいるだけで、虹色の光はもうどこにも見えなかった。


 エメロードはため息を吐くと、そっと窓を閉めた。

 遠く北東の城で、彼女の運命が変わろうとしていることを、このときはまだ誰も知らなかった。



 ─ 短編・終 ─

読んでくださって、ありがとうございます。


この短編は、本編『翠玉の花嫁と氷の皇帝 ― 冷遇された花嫁は、やがて氷の皇帝に溺愛される ―』につながる物語(第一話の前日譚)となっています。


よろしければ、ぜひ本編も合わせてお楽しみいただけると嬉しいです。


※本編を先にお読みいただいた方にも、楽しんでいただける内容になっております。

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