その支払い、どこから出ていると思ってまして?
――王城の大広間は、今夜もライネル殿下の“茶番劇場”だった。
「ミレーヌ、君は本当に美しい……この宝石は君の瞳に似ている」
殿下は、金髪の男爵令嬢ミレーヌの前に跪き、冗談みたいなサイズの宝石がついた指輪をミレーヌの指に嵌める。
「殿下……そんな、高価なもの……!」
「遠慮するな。愛する女性に贈り物をするのは当然だ!」
(……その宝石、私の領地で採れたやつじゃない)
私はセレスティア・グランベール。殿下の婚約者。
一応、公爵令嬢で、国の財政の半分を支えている、国一番の資産家の娘である。
王族は権威を誇るが、実際に国を動かしているのは税だ。
権威では魔物は斬れないし、国境は守れない。必要なのは――金。
そして、その“金”は主に私たちグランベール家が支えてきた。
殿下は生まれながらに全てのものが与えられるのが当然だと思っている。
だから気づかないのだ。
自分が今ミレーヌに贈っている煌びやかな贈り物は、すべて“私の家の力”で成り立っているということに。
そんなことは殿下はまったく知らず、今日も金髪の男爵令嬢ミレーヌに贅を尽くしている。
本来なら、今日は祝賀と笑顔が溢れる舞踏会になるはずだった。
天井のシャンデリアは華やかに光り、楽団の音色はまるで演劇の一幕のよう。
――だが主演が悪かった。
殿下は突然、壇上に立つと大声で叫ぶ。
「本日! セレスティア・グランベール公爵令嬢との婚約を破棄する!!」
「……」
大広間の空気が凍った。
ミレーヌは「あ、あの……!」と胸を押さえ、わざとらしく涙ぐむ。
「殿下、そんな……! わたし、セレスティア様に申し訳ないわ……!」
「心配するな、ミレーヌ! 君こそが真実の愛だ!」
(はいはい)
私は、殿下の言葉を最後まで聞いてから、静かに前へ出た。
「殿下。婚約破棄、確かに承りました」
ライネル殿下は鼻で笑う。
「ほう、あっさりだな。未練はないのか?」
「ありませんわ。では手続きは後日、公爵家で――」
「ふん。好きにするがいい!」
私は、ミレーヌを一度だけ見た。
怯えつつも勝ち誇ったその表情。
自分が公爵家の上に立てたと、本気で思っている顔。
私はゆっくり微笑んで、王太子に向き直る。
「殿下、婚約破棄そのものは構いません。ただ――」
「なんだ?」
「婚約破棄に伴い、グランベール家から王家への融資契約、返済期限を“今この瞬間”に変更いたします」
「…………は?」
殿下の顔が、人生で一番間抜けな形に固まった。
後方では、財務卿が血を吐いて倒れた。
「せ、セレスティア……お前、その、融資とは……」
「殿下がミレーヌ様にお贈りになった宝石、ドレス、馬車……すべて、王家に融資された資金からのお支払いですが」
「へ?」
ミレーヌが、ヤギのような声を出す。
「う、嘘よ、だって……殿下が直接、私にプレゼントにって……!」
「殿下は“王家の口座”からお支払いなさっただけですわ。それが“どこから補填されていたか”までは、ご存じないだけで」
大広間がざわついた。
「返済金額は、本日をもって全額。利子含めまして、王国歳入の三年分ほどですわね」
「さん……年……?」
殿下の膝が震えた。
国王が青ざめ、震える声で言う。
「セレスティア、それは……! そんな金額、今すぐ返せるはずが――」
「ですから殿下との婚約を前提に“特別返済猶予”をつけていたのです」
静寂。
私はさらに続ける。
「婚約破棄なさるのなら、当然その特別条件は消滅します」
「な、な……!」
殿下の顔から血の気が引いた。
ミレーヌは震えながら殿下の袖を引く。
「で、殿下……? それって……つまり……わたしに贈ってくださったものって……
……全部、セレスティアのところの金……?」
「はい。しかもその宝石の原石は“わたくしの領地の採石場”のものです」
「……っ……!!」
ミレーヌの顔が、熟したトマトのように真っ赤になった。
殿下は震える指で私を指す。
「セレスティア! お前、俺を破滅させるつもりか!」
「いいえ? 殿下が自ら破滅に向かって走り出しただけですわ」
周りの貴族たちが目をそらす中、私は言った。
「殿下は、王太子の婚約とは“愛の証”だと本気で思っておいでなのでしょう。
ですが、現実は違いますわ。
王家の権威を金という実体で支え続ける――
それが“王太子妃”としての私の務め。
私との婚約は、王家が国を守る力を保障するための“契約”でしたの」
視線を真っ直ぐに殿下へ向ける。
「王族だから偉いのではなく、偉くあり続けるために、努力とお金が要るのですわ。
その意味を理解なさらず、ご自分を支える資本を切り捨てたのです。
それがどれほど愚かなことか……ご理解いただけまして?」
シャンデリアの光が、殿下の絶望を鮮やかに照らす。
誰も手を差し伸べない。
贅沢に甘え、責任を知らなかった者の末路を、
皆が静かに見下ろしていた。
「では、返済不能ということで。王家の財務再建のため、殿下の“王太子位剥奪”が妥当かと存じます」
「なッ……!?」
「元老院会議は本日夕刻、すでに召集済みです。あとは形式だけですわ」
殿下は絶望の顔で私を見ている。
ミレーヌは泣きながら叫んだ。
「そんなのイヤッ!! わたしは殿下と結婚するの! 王妃になるのよ!!」
「……ミレーヌ。俺はこんなはずじゃ……!」
私は優雅に礼をする。
「でも、私も鬼じゃありません。殿下とミレーヌ嬢が“王家の援助なしで結婚し、自活する”ことという条件だったら、融資返済期限は半年延長して差し上げますわ」
「……は?」
「真実の愛があれば余裕でしょう?」
殿下とミレーヌが同時に白目をむいた。
私は扇子を開き、優雅に微笑んだ。
これで殿下は王太子位を剥奪され、第二王子が正式な次期国王となる。
ミレーヌとの結婚は認められるが、援助ゼロ。
二人は郊外の小屋で、これから借金まみれで貧乏暮らしをすることになるだろう。
殿下は真っ青になり、ミレーヌは泣きながら肩を震わせている。
財務卿はまだ床で痙攣している。
――大惨事。
でも全て、身から出た錆である。
私は必要な処理が済んだと判断し、静かにその場を去ろうとしたその時。
後ろから、第二王子がそっと声をかけてきた。
「セレスティア様。兄の不始末、深くお詫びします。
それで……もしよろしければ――私と“正式に”婚約をご検討いただけませんか?」
私はにこりと微笑んだまま答える。
「そうですわね。返済能力と判断力のある方なら、前向きに考えてもいいですわ」
第二王子の顔に期待が浮かぶ。
私はそこで、きっぱり線を引いた。
「ですので――王族、つまり債務のある方は、ちょっと……」
第二王子は一瞬で耳まで真っ赤になる。
私はそのまま踵を返し、優雅に大広間を後にした。
*****
その後。
第二王子は一切の遊興を断ち、贅沢を切り、支出の見直しを断行し、毎日政務に没頭した。
怠慢を良しとする古い体質を押し退ける形で、王家の信用と帳簿を整えていった。
半年後――王家の債務は完済された。
第二王子は必要な書類を整え、正式な手続きを踏み、改めてセレスティアにプロポーズしたという。
今度は契約書を先に、愛の言葉は後に。
セレスティアは、その書類に一度だけ目を落とし、静かにうなずいたのだった。
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