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天魔のナギ  作者: 猫屋犬彦


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第2話 ファニードール【中編】

(*´∀`*)おぱようございみゃふ!

「――――え?」


 私は目を覚ましました。

 慌てて首を擦ると繋がって、いる?


「あ、あれ?」


 私は確かに死んだはず。

 いえ、魂すら滅んだ筈。

 もう転生すら出来なくなって―――


「ひっ」


 シーツに赤い染みが出来ていました。

 下着も血で汚れている。

 子が流れた時の事がフラッシュバックするが、それとは違う。


「か、隠さな、きゃ」


 思い出しました。

 部屋の中の調度品類に見覚えが、有る。

 旦那様はお人形を着せ替えする様に、私に色々な衣装を着せて楽しんでいました。

 部屋の模様替えも偶にしていました。


「な、なんで?どうして?―――」


 ⋯この部屋の景色は良く覚えています。

 私が初めて旦那様に汚された時の、部屋。

 そして何よりこの小さくて細い手足は⋯⋯⋯


「も、戻って、る?何故―――」


 時が巻き戻ったのか、それとも未来の記憶を夢として見せられたのか。

 それは解りません。

 解る事は此れがやり直しのチャンス等ではなく、更なる地獄の始まりだと云う事です。

 私もずっと、只々旦那様に凌辱されていた訳では有りませんでした。

 部屋内を調べ、おトイレに行く時の通路も調べました。

 でも窓は嵌め殺し、どの扉もしっかり施錠されています。

 前世?⋯夢の記憶が有ったとしても、此の部屋から脱出する手段が思い浮かびません。

 私はそれこそ、悪魔の力を得るまでは一歩たりとも外へ出れなかったのですから。


「此れが、此れが悪魔に魂を売った代償なの?」


 生まれ変わる事も、無に還る事も許されず、同じ運命を辿る人生を繰り返す。

 旦那様に犯され、子を孕み、堕胎させられ、絶望と共に魔人と化し、勇者ヴィヴィに滅ぼされる。

 抜け出す事も出来ない、魂の無限牢獄。


「ああああっ!あああああああっ!」


 私の喉から、か細い悲鳴が漏れ出て行きます。

 その時でした。


 ⋯ガチャリ⋯


「―――ひっ!」

「やぁ、おはよう。ファニードール」


 扉が開き、旦那様が現れました。

 優しそうな笑顔を浮かべ、私の朝御飯を持っています。


「ファニードール、どうしたんだい?」

「嫌っ!」


 私はベッドに蹲り、旦那様の手から逃れる様に後退ります。

 そんな私を見て、困った様に微笑む旦那様。

 狭い部屋に逃げ場等無く、直ぐに私は捕まってしまいます。


「はっ!離してっ!」

「おやおや、どうやら怖い夢でも見てしまったのかな?」


 今の私は魔人化しておらず、非力な少女でしかないのです。

 抵抗虚しく、毛布で隠した血の痕が見られてしまいました。


「⋯⋯⋯⋯ほぉ?来たのか」

「いやっ⋯見ないで⋯」


 旦那様に見られてしまいました。

 赤く染まった白いシーツを―――


「成る程成る程。恥ずかしくなってしまったのかい?此れはとてもとても良い事なのだよ。おめでとう、ファニードール」


 旦那様は顔の皺を深くし、ニコニコと微笑みます。

 その瞳は、育てた作物をいよいよ刈り取れる悦びに満ちています。


(⋯⋯⋯わたくしは⋯ずっと⋯すくわれないん、だ⋯⋯⋯)

「ふふっ、少し味見をしようか」


 旦那様が私をベッドに押し倒します。

 弛んだお腹が私の胸の上に乗っかります。

 興奮し鼻息を荒くする旦那様。

 顔に掛かる生暖かい息が臭い。

 手首を握る汗ばんだ掌から感じる体温も気持ち悪い。

 私の目から涙が溢れ頬を伝います。


(⋯⋯⋯だれか、たすけて⋯⋯⋯)


 涙で視界がボヤケます。

 あんまりです。

 せめて、せめて死んだら終わりなら良かったのに――――


「⋯え?」


 部屋が⋯妙に明るい。

 陽の光ではない筈です。

 今日は曇天模様。

 それでもそこまで暗くないのでランプも点けていない。

 そんな薄暗い部屋にお日様の様な暖かい光が差し込みます。

 

(⋯羽?)


 光の羽が降って来る。


「―――天使様?」


 それは、正しく天使様でした。

 御本の挿絵で見た様な、頭の上に回る光輪に、背中に光る翼を持つ、小さな小さな天使様。


「⋯そこまでだ」


 片膝を付き項垂れる天使様が言葉を発する。


(そうか。悪魔が居るなら天使も居ますわよね)


 頭の何処か冷静な部分がそんな事を考えます。


「な、なんだこのガキッ!?何処から入り込んだっ!」


 旦那様が慌ててズボンを引き上げながら天使様に掴み掛かります。


「ぐぎゃああああっ!?」

  

 旦那様が突然悲鳴を上げました。

 天使様が何かをした⋯のでは有りませんでした。


「うぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 旦那様が苦しげに悲鳴を上げます。

 その身体がボコボコと盛り上がっていきます。

 服を破り、肥大化した肉体が膨張していきます。

 狭い私の部屋を旦那様だった肉塊が圧迫していきます。

 このままでは私は旦那様に潰されてしまう。


「くそっ、やっぱり起こったかっ!」


 天使様が私の手を引いて下さいます。

 天使様が手を翳すと、鉄格子の嵌った窓が丸くくり抜かれて消失しました。

 気付いた時、私は風を切るように空を飛んでいました。

 地上は遥か下。

 落ちれば即死。

 でも怖くは有りません。

 私の体は天使様の力でふわりと浮き上がっているからです。


「あ⋯」

「離れていて。その中なら安全だ」


 天使様が私の手を離しました。

 私の体は優しく暖かい光を纏い、落ちる事も風の寒さを感じる事も有りません。


「タイムパラドックス。歴史の修正力だ」


 バキバキと音を立てて、私を閉じ込めていた座敷牢が、幽閉の塔が―――小さな小さな箱庭が破壊されます。

 広大な御屋敷の隅に有る小さな尖塔。

 其処から現れたのは、世にも恐ろしい化け物でした。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」


 先程まで旦那様だったモノが咆哮を上げます。

 角が生え、歪な翼を持ち、太い四肢と剛毛を持つ、牛の様な熊の様な猿の様な、醜い醜い旦那様。


「ファニードール。君が魔人ファフニールと成って受け取る筈だった膨大な魔力だ。君が絶望せず悪意や殺意に染まる前だったから、因果律が狂ってしまった」


 天使様が説明して下さいます。

 知らない単語も多く、本当の意味では理解出来ませんでしたが、なんとなくは解りました。

 私が魔人に堕ちなかった代わりに、旦那様が魔人と成ったのだと。

 ではやはり、今世はやり直されている二度目の人生なのでしょうか?


「そ、それなら、私が魔人となった事は―――」

「本来の歴史、史実だ。俺はそれを変えに来た。⋯このままだと強引に元の時間軸に戻されるがな」


 天使様が真っ直ぐに旦那様を睨み付けています。

 天使様は人間で云えば恐らく赤ん坊と呼べる見た目ですが、その言葉は力強く、聴いているだけで魂が震えます。


(天使様が、私を助けに来て下さった―――)


 先程とは違う熱い涙が瞳から溢れて来ます。


「グオオオオオオオオンッ!」


 旦那様は私をその真っ赤に燃える瞳で睨み付けて来ます。

 旦那様の目当ては私だと解ります。


「気付いたか?ファニードールを食べて補完しようとしている。その前に倒す」


 天使様が掌を翳しました。

 その掌が光り輝きます。

 魔を祓う天使の力。

 悪魔を倒す正義の味方。


「その羽じゃ飛べないだろう。このまま遠距離から―――」


 ―――その時でした。


「ボッ!」

「きゃぁっ!?」

「しまっ――――」


 旦那様の口腔から火球が放たれ、私と天使様を呑み込みます。

 恐ろしくは有りましたが熱くは有りませんでした。

 天使様の光の膜が私を守って下さいましたから。


「天使様っ!?天使様大丈夫ですかっ!?」

「ぐっ⋯油断した。が、問題無い⋯」


 天使様も無傷でした。

 しかしそれでも負担が有ったのでしょう。

 天使様は私を連れてゆっくりと降下して行きます。

 そして半壊した屋敷の中庭に降り立ちました。


(浮いてる⋯)

 

 降り立つと云っても私達は少しだけ宙に浮いています。


「やっ、屋敷がっ!」

「化け物だっ!モンスターが何で町中にっ!」


 屋敷の住人達もわらわらと中庭に現れます。

 混乱が酷く、私達に気をやる者は居りませんでしたが。


「お父様っ!何処なのっ!?」

「あなたっ!返事をしてぇっ!」

「旦那様っ!旦那様を探せっ!」

「魔王軍かっ!?何故―――」

「騎士団をっ―――いやっ!勇者を呼べぇっ!」


 旦那様の奥様や御嬢様、屋敷の使用人や衛兵達が騒いでいます。


「おのれっ!モンスターめっ!?」


 衛兵達が旦那様の前に立ちはだかります。

 姿が変わってしまった目の前の怪物を旦那様だと認識出来ないのでしょう。


「―――憐れですわね⋯」

「ぎゃああああああああっ!」

「ガブッ!グチュッ!ガフガフッ!ゴクン―――」


 旦那様は人形の手足を引き千切る様に衛兵を解体し、咀嚼していきます。

 ⋯彼等に罪は無い。

 旦那様が私を幽閉し凌辱の限りを尽くしていた事を知っているのは、恐らくほんの一握りの人だけでしょう。

 ですが彼等彼女等は、私が旦那様に犯され汚されている時、真っ当に働き笑い合い、平和を謳歌していたのです。

 私はその事を、どうしても許せませんでした。


「嫌ぁ!?助けて貴方ぁっ!?」

「助けて御父様ぁっ!嫌ぁぁぁぁぁぁっ!」


 変貌した旦那様は自分の妻子の見分けがつかないのか、奥様を食べながら御嬢様を犯し始めました。

 使用人や衛兵は殺されたり逃げ出したり、もう散々ですわね。


「うふふ、良い気味⋯」

「止せ」


 私が昏い笑みを浮かべていると、天使様が手を掴んで下さいました。


「そっち側へ行くな」

「⋯⋯そう、ですわね。御免なさい」


 私は謝りました。

 天使様がとても哀しそうな顔をしていましたから。

 決してあの人達への謝罪では有りませんので。


「大丈夫か?ファニードール」


 旦那様にしか呼ばれた事の無い名前。

 天使様に呼ばれるだけで浄化されていく気分です。


「貴方様は⋯天使様のお名前は?」

「俺は⋯⋯⋯ナギ―――ナギだ」


 天使ナギ様が浮かぶのを止めて地上に降り立ちます。


「仕方無い」


 天使様が⋯ナギ様が険しい顔で呟く。

 直ぐに変化が現れました。

 彼の肉体が成長しだしたのです。

 黒い髪は長く伸び、手足もスラリと長くなる。

 腹筋は割れ筋肉が盛り上がる。


「なんて、なんて美しいの」

 

 いつの間にか頭の上の光輪も背中の翼も消えていました。

 しかしそんな神秘的な物が無くても、いえむしろそれが無くなったからこそなのか、天使ナギ様は、完璧な美しさを手に入れておりました。


「素敵⋯」


 私は危機的状況も忘れて思わず見惚れてしまいました。

 殿方の裸体は旦那様の物しか知りません。

 こんなに雄々しく美しい肉体が存在するなんて。


「行けるか?いや、やるしかない。此処で出し惜しみしてる場合じゃぁない」


 ナギ様が目を細めます。

 長く伸びた髪の毛が身体に巻き付き変化します。

 ブツリと千切れ、ナギ様の髪の毛が短くなります。


(短くても、素敵⋯)


 分離したそれが鎧となっていきます。

 彼の逞しい肉体に巻き付き、弾性の有るコートと鎧の中間の様な物に成りました。

 光を吸い込む漆黒の鎧。

 マントではなく裾を靡かせ、彼は怪物と対峙する。

 それでも私は不安を覚えます。

 旦那様は妻子を食べ使用人達を食べ、更に筋肉が盛り上がっております。 

 動きは先程より鈍くなっておりますが、質量もパワーも恐らく先程の倍以上。

 普通の人間なら指先一つで押し潰せるでしょう。


「ナギ様っ!逃げましょうっ!」


 美しいナギ様が怪我したり汚れてしまう事を私は危惧しました。

 勿論敗ける等とは微塵も思いませんが。

 だってナギ様は強くて美しいのですから。


「駄目だ」


 ナギ様が黒手袋の様に変化した手甲を握り締めます。


「ファニードールは俺が守る」

「はぅあっ!?」


 その一言に私の胸は撃ち抜かれてしまいました。

 ナギ様は天使です。

 人間ではない。

 一説には天使も悪魔も同一存在だとされています。


(女の子を魅了する悪魔なのかも⋯)


 騙されても良い。

 ナギ様がもしも悪魔でも私は悦んで魂を差し出します。


「天使でも、悪魔でも構わない」


 私は彼の背中を見守ります。

 私の守護天使様を―――


「行くぞ、魔人よ」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」


 そうして、戦いの火蓋が切って落とされました。

(*´∀`*)お読み頂き有り難う御座いみゃす!

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