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第7話 邂逅

女と目が合った。


何も起こらない。

数秒、世界が止まる。

セミの声と、足の痛みが戻り世界が動き出す。

女の勝気な瞳が揺れた。


女は手に持ったウサギを下投げで放った。

血をまき散らしながら、回転するウサギ。

その血が頬にはねる。


ウサギが足元に落ちた瞬間、戸がカタリと閉まった。

女は消えていた。


あの村の人間なのか、それとも山の中に一人で住んでいるのだろうか。


一つだけ確かなことがある。

私が廃村で暮らすなら、女がお隣になるということ。


ウサギは持っていくことにした。

1.5リットルのペットボトルくらいの重さだ。

違うのは持っていると血が滴り落ちること。


ふと思い出した。

そういえばユキに初めてコーラを飲ませたのは私だ。


「口の中がジンジンする」


そう言って舌を出す仕草が可愛かった。

もちろんMARIKOに怒られた。


血の匂いをまき散らしながら取り留めのないことを考える。

MARIKOに怒られたことばかり思い出すのはなぜだろう。

きっと急にいなくなり帰らない私にひどく怒っているだろう。


「ごめんな。帰れる気がしないよ」


吐き出すように呟く。

廃村が見えてきた。

なぜか懐かしい。

まず服を洗おう。

幸いなことに季節は夏、すぐに乾く。

いい加減に自分の臭さに耐えられなくなってきた。


落ち着いて廃村の中を見回しながら水場に向かう。

元の住人がわかってしまえば、廃村に転がる小さな生活用品に怯えることもない。

前回とはえらい違いだ。

水場で服を洗い、日の当たる縁側に干しておいた。

何となく人間らしさを取り戻した気がして少し心が落ち着いた。

廃屋に入り、囲炉裏いろりのそばに座った。

ウサギは土間に置いておいた。


「このウサギどうしよう…」


皮を剥いて解体する──言うは易く行うは難し。

ウサギは飼うもので食べるものじゃない。

でも空腹に耐えられなくなったら食べるのか。


火もない。

調理もできない。

まずは火だろ。


なんとか問題を先送りにして火について考える。

火打石。

まだ囲炉裏のそばに置いてあった。

打ち金を火打石で叩く。

違う。これじゃあラッコだ。

確か擦るようにやるんだっけ…。


ようやく火花が出るようになると空は傾き始めていた。

急いで、干していた服を取りに行く。


戻ってくるとスリムな狸みたいなやつがウサギを咥えて逃げていった。

あれってハクビシンってやつかな。

呑気に考える。

でも本当はウサギを持ってってくれて少し気が楽になった。


囲炉裏に集めてきた枯葉を置く。

これに火花を飛ばしたらどうだ。


とんだ火花が枯葉に当たって消える。

上手くいかない。


結局、革袋に入った植物の繊維を見つけるまで火を点ける事はできなかった。


「火を点けるだけで半日か。」


目の前を煙が細く立ちのぼっていく。

パチパチと集めた枝がはぜる音がする。

火を点けられたからって帰れるわけじゃない。

だけど自分で起こした火は暖かく、私を優しく包んでくれた。


朝を迎えるといよいよ空腹感がきつくなってきた。

空腹で呆けた頭を一生懸命に巡らせる。


魚。


ユキが小学一年生の時だ。

魚のつかみ取り体験。

ユキにパパ凄いって言われたくて、必死になって一時間で20匹は取ったっけ。

MARIKOには怒られたな。


「必死過ぎ、周りの家族連れみんなひいてたよ」


思い出すと恥ずかしい。


魚ならいけるかもしれない。


……いや、あれは放流だった。

ふと土間を見渡すと竹の籠が残されていた。

川幅を細くして魚を追い込んだらどうだろう。


山を下り、よさそうな場所を見つける。

大きな石を積み川幅を徐々に狭める。


籠を置いて追い込むと数匹が竹の籠に入っていた。

捕れた。

廃村に戻り火を点ける。

捨て置かれた箸に魚を差し、ゆっくりと焼き上げる。


塩が欲しい。

あと泥臭かった。


昨日のウサギが頭をよぎったがすぐにあきらめた。


食べ物と火がある。

それだけで少しだけ心に余裕が生まれる。

だけど生まれた余裕はすぐに寂しさで埋まってしまう。


唯一の楽しみは、寝る前にスマホのカメラロールを見ることだった。

きっかり2%バッテリーが減ったら電源を切る。


残り12%。


翌日も魚はよく捕れた。

味は言わずもがな。


ユキの中学入学式の写真が出てきた。

なんで私はもう少しましなネクタイにしなかったのか。

MARIKOのスーツ姿は好きだ。


残り10%。


今日は雨だ。

囲炉裏の横で寝転ぶ。

廃村を探索。

炭があった。


炭と言えば、夏のBBQの写真があった。

ビール、焼肉。

食べ物の事が家族より浮かんでつい二人に謝った。


残り8%。


魚は相変わらず獲れる。

だいぶ飽きて喉を通らない。


ユキの4歳の時の動画があった。

トトロを見ながら曲に合わせて足踏みをしている。

可愛い。

もう会えないかもしれない。


電源を切り目を閉じる。

涙が頬を流れていく。


……さみしい。


ふと思いついた。


ウサギのお礼しないと。


とびっきりのアイデアに浮かれ、眠れなかった。

目を閉じて朝が来るのをまっていた。


朝日と共に動き出す。

まずは大きな葉っぱだな。

心持ち体が軽い。

空がいつもより明るく見える。


大きな葉を見つけ、川で魚を捕る。

いつもより大きな魚を捕りたい。


大きな魚が獲れると強く握って動かなくさせる。

葉っぱに包む。

意気揚々と女性の家へ向かう。

静かに戸口に近づき葉に包んだ魚を置いた。


「本当にトトロみたいだ」


頭の中には、あの音楽が流れていた。木の裏に隠れて、小さな石を戸に投げた。



女性が戸を開ける。

静かに足元を見た。

怪訝な顔で葉を開く。


辺りを見渡し、手で口元を覆った。

ふと覚悟を決めたような表情になり、贈り物を川に向かって放り投げた。



ユキ。パパさ、トトロになれなかったよ。

一人廃村に戻り囲炉裏に座る。


「トトロに生まれればよかった。」


火を落とした囲炉裏の灰に、声は吸い込まれていく。

世界はモノクロだった。


渇いた笑いがこぼれた。

目の前が霞んでいく。

おかしなことを言ってるのはわかっていた。

ただ何か言葉を口にして涙を流し続けていないと狂ってしまう。


日が暮れても囲炉裏に火はいれなかった。

いつもより長めにカメラロールを眺める。

この幸せな時間が終われば、孤独が襲ってくるとわかっていても。


外で何かが落ちるような音が聞こえた。

だからなんだ。

現実逃避を邪魔するな。


残量2%。


青ざめ、震える指で電源を落とす。

次は、電源が入らないかもしれない。

そしたら、二人の顔を二度と見れない。


喉がひどく渇く。

水場に向かう途中、廃村の中央に影が見えた。

少年が倒れている。

抱き起こすと、焼けるような熱が腕にまとわりつく。

知っている熱さだった。


やるべきことは、わかっていた。


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