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第5話 合議

私を縛っている縄は、村の中央の巨石に結ばれていた。


まるで犬扱いだ。


巨石は薄い灰色をした立方体。

夕日に染まり、まるで墓石がオレンジに光っているみたいだ。

巨石を中心とした半径2メートルが私の行動範囲だ。

少し離れたところにかがり火が焚かれている。

縄に結ばれた両手を見る。

手首は真っ赤になり少し皮がむけている。

ヒリヒリとした痛みが、私に夢ではなく現実なのだと告げた。


村の中央に入った時、目に飛び込んできたものは二つ。

一つは、縄が結ばれた巨石。

もう一つは、土を盛り上げ一段高くした場所。

木組みの簡易な屋根がかかっている。

その二つは隣り合うように並んでいた。


男たちは、その場所に車座くるまざになって座った。

一人の壮年の男が立ち上がる。

男たちは息を潜めた。

音がない。

静寂が場を支配していた。


村長――そんな牧歌的な雰囲気ではなかった。

年のころは五十前後か。

顔に刻まれた皺と、他の誰よりも重い空気。


――壮年、と呼ぶしかなかった。


壮年の横に、もう一人の男が立ち上がった。

周りより小柄で、頬がこけている。

目元は鋭いのに、どこか影がある。


――細面。そう呼んでおけば見分けがつく。


その男が声をあげた。


「アバタメ」


——アバタメ。


あの男が二人の反対側の車座から立ち上がる。

空気がより一層引き締まる。


三人が両手を大きく広げる。


パンッと大きな破裂音が響く。


三人が同時に手を打ち合わせた。


空気が一気に弛緩する。

場にざわめきが戻る。


壮年、細面、アバタメ。

三人が私の行く末を握っているのだろうか。

細面は知的な雰囲気だが少し底意地の悪い気がする。

アバタメは落ち着いてみると誠実で純朴なイメージ。

壮年には集団の代表と言った感じの威厳、厳しさを感じる。

私は喉の渇きと空腹を感じながら三人の値踏みをしていた。


すると少年から青年の間といった若者二人が大きなかめを運んでくる。

車座の中心に置かれた甕には柄杓ひしゃくが三つ。

甕の蓋が開けられる。


壮年、細面、アバタメが甕の中から柄杓で液体をすくい飲み干す。

バナナとヨーグルトを混ぜたような、甘酸っぱい匂いが風にのった。


……酒だ。

どぶろく。祝いの酒。

いったい何を祝うんだ。

恐ろしい考えが頭をよぎる。


三人が車座に戻りどかりと座った。


仮面を付けた男が甕の隣に立つ。


あいつは——仮面だ。


車座から一人また一人と男が甕に近づき柄杓で液体を飲み干していく。


仮面は赤い粉末の入った升を取り出し、男たちに次々と振りかけていった。

一回りし、最後の男が車座に戻る。


清めるための儀式なのか。

私にかけなかったのはなぜなんだ。


若者たち二人は壮年の後ろに立って控えた。


壮年が車座全体に響く声でしゃべり始めた。

男たちは今度は呼吸や胸の鼓動の音すらも抑え込む。


そんなふうに思えるほどの静寂を作り上げた。


壮年の言葉が終わると、一人の男が立ち上がり話を始める。

興奮し大きな身振り手振りで話をし、話し終わるとまた車座にすわる。


若者のひとりが、おずおずと口を開いた。

その瞬間、壮年が怒鳴りつける。

若者は顔を伏せ、黙り込んだ。

発言権は、なかったのだ。



——佐々木を思い出す。


会議で意見は言うが、すぐに黙り込む若手の部下。


「頑張れよ、佐々木」


そんな声が心の中で漏れた。


次の男は最初は冷静だった。

徐々に語る言葉が大きくなり、言葉を車座にまき散らかした。


やがて場の熱が冷め、沈黙が落ちる。

虫の音と夜風だけが、男たちの間を通り抜ける。

かがり火に羽虫が飛び込み、ジュッと音を立てた。


すると細面が男たちにゆっくりと語りかける。

男たちの意志を確認するように車座にぐるりと目を走らせた。


すると車座の誰よりも響く声が発せられた。


———アバタメだった。


アバタメは壮年に視線を向けてゆっくりと力強く語り始めた。

語りがひと段落すると壮年がフッとため息をついた。

それを見たアバタメは不意に表情を緩ませニヤリと笑う。

車座をぐるりと見渡し、私の方を指さし軽快な口調で何かをいった。

すると壮年は声を出して笑いだした。

笑いは車座の男たちに伝染する。


突然壮年が手を挙げ場は静まる。

壮年が立ち上がり甕の中身を柄杓ですくう。

そしてアバタメに渡す。

アバタメもまた柄杓で液体をすくい壮年に渡す。

壮年が男たち全体に良く通る声で何かを告げた。

慌てた細面が甕に小走りでやってくる。

自分で液体をすくう。

三人が短い言葉を唱え、液体を飲み干す。

柄杓を投げ捨て、手を大きく広げる。

それは車座全体に広がり、すべての男が同時に手を打つ。


大きな破裂音が村落を超えて山に響き渡った。


壮年がどこかに消える。細面も、そしてアバタメも。

みんな家に帰っていくのだろうか。

一人また一人どこかに消えていく。

最後に残った若者が甕を持ってどこかに消えた。


そうして私は一人になった。


しばらく一人で墓石にもたれかかり、すっかり暗くなった夜空を見つめていた。

すると怒鳴られてた若者、佐々木が桶を持って歩いてきた。


桶を私の行動範囲の中に恐る恐る置く。

何か一言いった。

敵意は感じなかった。

そしてどこかに戻っていった。


桶の中にはぬるい水が入っていた。

飲めというのだろうか。

もしも毒でも入れられていたら……いや、殺すならすぐに殺してるはず。

桶を掴み、口をつけた。

木の匂いのする水が喉を滑り落ちていった。


佐々木。

若手を誘った飲み会の事を思い出した。

少し酔っぱらった佐々木が言った。


「最近、異世界モノが刺さるんですよ。」


転生、転移そんな内容だったはず。主人公が強くて、復讐したりハーレムだったり、俺TUEEEってなって気持ちいいんですって言ってた。


なぁ、佐々木。

なんであの飲み会で現実に戻る方法を教えてくれなかったんだ。


そんな事を考えていると鐘の音が近づいてきた。

仮面が鐘を突きながら近づいてきていた。


仮面は私の行動範囲の外に立つと鐘を叩き続ける。

すると男たちがわらわらと私のまわりをぐるりと取り巻いた。


ゴクリと唾を飲み込む。

あんな水が、末期まつごの水か。

体が震える。


するとアバタメが輪の中から前にでた。


まるで夜空全体に聞かせるように響く声で歌う。

同じ言い回しを男全員が歌う。

アバタメが歌うと合いの手をいれて全員が声を合わせる。

時々セリフのような節回しが入る。

どこか滑稽こっけいで明るい雰囲気。

むしろ笑顔で歌っている者もいる。


——浪曲、高砂、能。詳しくは知らない。

だが、そんな響きに聞こえた。


なんだ、私は殺されるんじゃないのか。

何が始まるんだ。


唄が終わるとざわざわと話し声が絶えない。

私を指さしている男、笑いながら喋っている男。

そんな中、壮年が前にでる。

静けさは訪れない。

ざわめきが場を満たしていた。

そんな中で壮年が笑顔で私に近づいてくる。


壮年が持っていた板を地面に置いた。

竹の葉の上に、順に並んだ。

大根。

小さな魚。

米を混ぜた雑穀。

そして——三匹の芋虫。


食事ではない。

供物くもつ、お供え。

そんな言葉が頭をよぎる。

そこには温かさや優しさのかけらも見られなかった。


生かすためじゃない。何か別の意味がある。


視線を上げ壮年を見る。

笑顔を張り付かせているが、目は笑っていなかった。

何かを言って頷く。


食べろというのだろうか。

私はしぶしぶ雑穀を指でつまむ。

獣と同じ扱い。


口へ運ぶと冷たく、ぱさぱさして水分を奪われる。

幸いなことに全てが一口で片付く量しかない。


大根、魚。

芋虫に手が伸びない。

迷っているとあたりが静寂に包まれていることに気づく。

私の汗が頬を伝い顎先に雫を作った。


覚悟を決めて、手を伸ばす。

サプリメントの錠剤だと無理やり思い込んで口に含む。

水で一気に流し込んだ。


壮年が叫ぶ。

それに呼応するように、男たちも一斉に声を張り上げた。

叫び声を残したまま、家々へと散っていく。

最後に壮年、細面、アバタメ、仮面が残る。


四人は指を組み私の方を見た。

仮面が祝詞のようなものを唱える。

四人同時に私に頭を下げる。

そして闇の中へそっと消えていった。


かがり火からパチパチと音が聞こえる。

なんなんだ。

私が彼らに何をした。

ただ、そこにいただけじゃないか。

寄ってたかって見世物にして、人とは思えない扱い。

ふざけるな。


「帰りたい」


思わず口にでた。

ため息とともに体がしぼんでいく気がする。


精も根も尽きた。

それは、まさに今の私のことだ。

巨石のそばに横たわる。

土が冷たい。

意識が、静かに途切れた。



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