第14話 埋葬——宵——
——宵——
——マリ——
あの夜から三日。
サトルは時々、ふさぎ込むようになった。
夜明けに黒い鏡を見て、ため息をつくこともある。
今夜もそうだった。
夜が明けると、サトルは水を飲みに土間へ下りていった。
わざと音をたてて、サトルに気付かせる。
「おはよう、マリ。」
サトルは、まるでいたずらでも見つかったみたいに言った。
いつまでも悩みながら二人で暮らすなんてごめんだ。
あたしから声をかけよう。
「サトル、夜明け前から起きてたね。どうしたの。
——いつも夜中にその鏡を見てるね。」
サトルは驚いたように目を見開き、下を向いてしまう。
でかい男がそんな態度をとるもんじゃない。
あたしは思わず、サトルの頭をはたく。
「しゃべれ、サトル。あたしは聞くから。」
まるで頭の足りない女のような話し方になってしまう。
もう少しサトルが言葉をわかったら、優しい言葉を並べられるのに。
サトルは今までの暮らしのことを話してくれた。
たどたどしく、懸命に。
家族がいること。
もう家族の元には戻れないこと。
あたしと暮らしたいと言ってくれた。
それを言われたのは、人生で二回目だ。
あたしの住んでいた村は、川下にある村と水を巡る争いが絶えなかった。
このままではいけないと、シラネブが川下の村の肝煎を呼んで話し合った。
その肝煎には息子がいた。
それが、あたしの旦那になった。
最初は良かった。
大切にされたし、向こうの村の人とも打ち解けた。
一度、二度と子どもが流れて、全てが変わっていった。
旦那は家に戻らなくなった。
旦那の母親はあたしを罵り、何度も棒で打ち据え、家から出さなくなった。
あたしが狐憑きになるまでは。
過去が獣の臓物のようにまとわりついてくる。
息が荒くなり、胸の奥が焼けるようだった。
「マリ、そろそろ埋めに行くよ。大丈夫?」
もの思いにふけっていたところを、サトルに呼ばれた。
家の裏手に回り、サトルが穴を掘る。
掘った穴に、あたしの過去を埋めてしまいたい。
サトルが鏡を取り出した。
黒く光るそれは、まるで漆のようだ。
穴にそっと置くと、下を向き、静かに手のひらを合わせて何事か呟いた。
サトルは苦しそうな顔をして、指に着けていた奇妙な飾りを外す。
過去を埋めようとしている。
あたしも、同じように過去を埋められたらいい。
でも、サトルは過去をつらいものとして話していなかった。
気付いた時、あたしはサトルを後ろから抱きしめていた。
「サトル、贈り物も、気持ちも、全部捨てなくていい。」
サトルの大きな手に、ぎゅっと力を込める。
「それはサトルのもの。サトルは、あたしのものならそれでいい。」
サトルが目に涙を溜め、頷き、指に戻した。
二人で漆塗りの鏡に、そっと土をかけていった。
その日の夜、あたしはサトルに自分の話をすることにした。
二人で囲炉裏を囲む。
パチパチと木が爆ぜる音がする。
サトルの瞳が火の粉に照らされ、赤く染まる。
音が落ち着いた時、あたしは話し始めた。
「サトル、あたしはアバタメと同じ村に住んでた。そして、他の村に嫁にいった。」
強い風が吹いて、戸がカタカタと揺れた。
風がおさまるまで、話を止める。
「夫とおばあがいた。
あたしには子どもができなかった。
おばあは木の棒で何度もあたしを殴った。
たくさん我慢した。でも、最後はおばあを押した。」
囲炉裏の炎が揺れ、サトルの顔が半分、影に沈む。
目を閉じ、暗い過去を飲み込むように続きを語り始める。
「おばあは倒れて血が出た。たくさん出た。夫や村の人が来て、あたしは狐憑きになった。」
サトルがそっと手を握っていた。
力強く、温かい。
「あたしは村に戻され、村八分になった。それから、あたしはずっと一人。」
サトルを見つめると、やさしく抱きしめられた。
二人の顔が炎に照らされ、柔らかな光をおびる。
息を吐くように、そっとあたしは呟く。
「サトル、あたしと生きて、死んで。」




