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第12話 再生

——サトル——


あれから何度かマリの家を訪ねた。

最初は礼を言うだけのつもりだったが、魚を焼き、言葉を交わし、気づけば火を囲む時間が増えていた。

——マリとの日々は、私に人として生きることを思い出させた。


朝は魚を捕り、昼にはマリの家へ行く。

もう戸口に魚を置いたりしない。

トトロは卒業だ。


囲炉裏を囲んで酒を飲む。

味よりも、マリの話が面白かった。

どうもアバタメとマリは幼馴染だったようだ。

あの男の、また違う一面を垣間見た。


——マリ——


サトルは二日と開けず、毎日魚を持ってくる。

山には野兎や山鳩もいるのに、よっぽど魚が好きなのだろう。

よく飽きないものだ。


サトルが持ってきた魚を焼き、一緒に食事をとる。

いつまでも土間で飯を食べようとするから、上り框に座らせた。

それでも視線が気になり、囲炉裏に呼んだ。

遠慮がちに、それでも嬉しそうに向かいに座った。


雨の日に手ぶらで来ると、炭で絵を描く。

サトルの絵が好きだ。

ウサギも魚も、どれも瓜二つ。板の上で生きてるようだった。


囲炉裏を共に囲んで気づく。

この男は少しくさい。髭もあたってない。

明日、なんとかさせよう。


——サトル——


朝、戸口に小刀を持ったマリが立っていた。

心臓が木槌で叩かれるように鳴る。

……なぜ。


「髭を剃れ」と言われた。

貝細工の鏡を借りて剃刀を当てる。

どうしてこんな立派な鏡を持っているのか、不思議に思った。

なんとか髭を剃った。


すると今度は河原に連れていかれ、服を脱いで洗うよう言われる。

たらいと、木の実が入った竹筒を渡された。

竹筒に水を入れて振ると、泡が立った。


服を乾かしていると、マリが河原に来た。

パンツしか履いていない。

思わず、座った岩の上で小さくなる。


マリはハサミで髪を切ってくれた。

全てが終わると、小さな手で頭を撫でてくれた。


廃屋に戻って一人になると、自分に問いかける。


マリとの会話になぜ浮かれている。

ユキを忘れたのか。

マリは、MARIKOじゃないぞ。


パチリと薪が爆ぜ、囲炉裏から飛んだ火の粉が目の前をのぼっていく。


もしかしたら、あっちで私は死んだのではないかと想像する。

寝てる間に心筋梗塞か何かで死んで、これは死後の世界じゃないか。


瞼を閉じる前に自分に問いかける。


「もう戻れないって、本当はわかってるだろ」


そんなことを考えた夜は、眠りも浅い。

生理現象を覚え、夜中に家の裏に回る。

ガサリという音に一瞬びくつく。

狸や狐なら慣れっこだ。どうということもない。


暗闇に、青白い光が瞬いた気がした。

生理的な嫌悪感を感じたその時、何かが山の奥に逃げていった。

猿のような影だった。


夜が明け、川に魚を取りに向かう。

珍しく今日は一匹も魚が捕れない。

風は生暖かく、鱗雲が流れていく。


今日はマリが戸口で待っていた。

何か浮かない顔をしている。


「サトル、雨がいっぱい降る。風が吹く」


マリがわかりやすく、何が起こるか説明してくれた。

嵐が来るということか。


今日は夕暮れ前に廃屋に戻ることにした。

マリが握り飯と酒を持たせてくれた。ありがたい。


思ったよりも早く雨が降りだす。

囲炉裏の火を点ける。

屋根の穴は、他の廃屋の戸板でふさいだ。


こんな日は早く床に入った方がいい。

マリから貰った酒を一息に飲み干すと、床に入った。


夜中に雷の音で目を覚ます。

こんなに雷の音は低かったのか……。

しばらくすると静かになる。


突然、轟音とともに廃屋が揺れ始めた。

地面が裏返ったように、身体が宙に放り出される。

何かに揉みくちゃにされ、押しつぶされ、意識は途切れた。


日の光で目が覚める。

服が濡れている。土の匂いもする。

この世界で目覚めた瞬間を思い出す。


目を開けると、茅葺き屋根がなくなっている。

屋根だけではない。囲炉裏も廃屋も全てがなくなり、土砂の中で身体は半分埋もれていた。


土砂崩れ。

不思議と痛みはない。


土をのけて起き上がる。

廃屋が土砂崩れに巻き込まれたようだった。


幸運なことに、崩れた土砂の端が廃屋を押し流し、建物が崩れただけのようだった。


現実感がない。

怪我がないことが、不思議でならない。


強烈な喉の渇きを覚え、水場に向かう。


水場は土砂の下に埋もれていた。

がっくりと地面に腰を下ろす。


水がない……この先、どうすればいいんだ。


その時、遠くからマリの声が聞こえた。


——マリ——


山鳴りがしている。

夜中に目を覚ますと、不吉な音が聞こえた。

夜が明けるまで、不穏な空気の中を過ごした。


日が昇り、外に出ると、心臓を突き刺されたような衝撃が走った。

山が、サトルのいる廃村を飲み込んでいた。


「サトル!」


思わず漏れた声に、自分でも驚く。

サトルがいなくなったら、また一人になってしまう。

小さな小屋の囲炉裏の前に座って、一人年老いていく――。

恐ろしい想像が頭をよぎる。


「サトル、サトル!!」


漏れた呟きが叫びに変わり、あたしは走り出していた。


廃村はすぐ先だ。

廃村に着くと、ほとんど全ての廃屋は土砂の下だった。

柱が一本だけ、かろうじて残っていた。


「サトル!」


声の限りに叫ぶ。喉が裂けても構わない。


すると、土砂の山のふもとにサトルが腰掛けていた。

サトルの肩には木片が刺さり、血で濡れていた。

傷に気付いていないのか、サトルは手をあげてあたしに挨拶をした。


サトルを何とか立たせ、家まで連れていく。


「サトル、あたしはあんたを背負えない。頑張って歩いて」


——サトル——


マリが来てくれた。

励まされ、マリの家まで歩く。


大丈夫だ、ちゃんと歩ける。


土間で服を脱がされ、身体を拭かれた。

肩に痛みが走る。


よく見ると、木片が肩に刺さっている。

マリが木片を取り除く。


縫わないと駄目か……。


するとマリが表に出て、一枚の葉を採ってきた。

それを口に含み、噛んで傷に張り付けた。

上から布で縛る——縫わないんだな。


「フフッ」


笑いと共に涙が流れていく。


わかったんだ。


この世界は、私の世界と地続きじゃない。

そしてもう、二度と戻れない。

薄皮をむくように、私の現実が剝がれ落ちていった。


マリに促され横になると、すぐに意識を手放した。


夢を見たんだ。

マンションのリビング。

燃えるような夕焼け。


MARIKOは言った。

「ねぇ、今までありがとう……」


日が落ちる頃に、目を覚ます。

マリは水と肩の布を替えてくれる。


肌にマリの手が触れる。

顔が近い。


勝気な瞳に吸い込まれそうになる。

唇が重なった。


夜が、静かに流れていった。

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