第10話 モガリネ
カズラがいないと聞いた。
鐘を叩く手が、自分でも思うより速く動いた。
仮面に手をかける。木の冷たさが掌に伝わる。
「モガリネ、お前は広場で皆に事情を話せ」
シラネブの声は早口で、震えはない。
本来なら助役の仕事だ。だが今、たいまつを集めに行ったのはホソガネだった。
助役になって日が浅い彼に代わり、実際に采配を振るのは俺だ。
男たちが集まり始める。たいまつの油の匂いが鼻を突く。
俺は鐘を叩き、広場に向かった。
俺は呪い師だ。だが呪い師だけであってはならない。
そう思い始めたのは、シラネブに宿場町へ連れていかれた時からだ。
宿場町で見た薬問屋の店先が目に浮かぶ。
並ぶ瓶、売り子の呼び声。
いつかこうした薬が手に入れば、呪い師の出る幕は減るだろう。
それでも――我が子が独り立ちするまでは、俺はここにいなければならない。
そんなことを考えているうちに、男たちが集まってきた。
俺は事情を話し、ホソガネにたいまつを配るよう促す。
まず村の中を徹底的に探すよう指示を出す。
アバタメとシラネブは、ハスネを連れて廃村の方へ向かった。
村を捜索しながら家に戻る。女房に事情を説明しよう。
戸を開け、中に入りながら女房に告げた。
これでいらぬ心配はしないだろう。
もう一つ、大切なことをしなければ。
「ミツ、おっとぅだぞ。寝てるか?」
もうすぐ二つになる娘に声をかける。
自分がこんなに優しい声を出せるのかと、思わず苦笑した。
女房に「起こさないで」と叱られる。
仕方なく、寝顔だけでも見ようと近づく。
囲炉裏の残り火にほのかに照らされ、薄紅に染まるミツの顔。
どんな薬でも及ばぬほど、心が温かくなる。
このまま、ここにいたい――。
外から男たちの呟きが聞こえてきた。
神隠し……。
鬼の仕業……。
アバタメは鬼を捕らえたから……。
風に乗って流れてくるその声に、俺は身を引き締めた。
カズラを探さねばならない。
カズラはアバタメの子だ。
アバタメの気持ちが、痛いほどわかる。
俺は外に出た。
捜索は、満月が南の空から西へ傾くまで続いた。
シラネブとアバタメがその頃に戻ったが、無駄足に終わったらしい。
アバタメに何と声をかければいいのか。
自分の子が神隠しに遭ったのだ。
とっさに口をついて出たのは、ありふれた言葉だった。
「アバタメ、気を落とすな。必ず見つかる」
アバタメは頷き、家へ戻っていった。
どうして俺は、もっと気の利いたことを言えなかったのか。
やがてシラネブが皆に伝えた。
「朝日と共に、男の半数で山を捜索する」
男たちは家へ散っていった。
帰路でふと、自分の考えに引っかかりを覚える。
神隠し。
鬼。
穢れ。
あいつか。
あいつのせいなのか。
もし娘が神隠しに遭ったら――。
俺はあいつを打ち殺す。
床に就いても、考えは止まらない。
もし鬼がミツを隠したら。
いや、神隠しでなくとも、ここで娘を育てられなくなったら。
「呪い師はもういらない」――村中がそう思ったら。
村での居場所がなくなる。
そんなことはさせない。
せめて娘が大人になるまで。
嫁に行くまでは、村に必要とされなければならない。
まんじりともせぬまま夜明けを迎える。
一番鶏が鳴いた。
少しでも村の役に立つところを示さねば。
俺は外に出て、再びカズラを探し始めた。
朝になれば、状況が変わっているかもしれない。
村の入口の方で、背の高い影がゆらりと動いた。
捕らえられた“鬼”を思わせる大きな体つき。
駆け寄ると、その足元に小さな子が横たわっていた――カズラだ。
祖霊への感謝の祈りを口にする。
カズラを背負い、アバタメの家の前で叫んだ。
「アバタメ! カズラ、見つけたぞ!」
人の動く音が激しくなり、アバタメとタケが飛び出してくる。
眠っていなかったのだろう。目が真っ赤だ。
タケは我が子を抱きしめ、涙を流した。
アバタメの目も光っていた。
俺は二人に、子どもを床に寝かすよう指示する。
様子を確かめると、風病(風邪)のようだ。
ただ、熱は下がり、このまま順調に回復するだろう。
そのことを伝え、散薬を渡した。
「症状は軽い。酒に混ぜて飲ませろ。すぐ回復する」
本当に良かった。
夜に呼ばれることもなく、子どもが戻ってきた。
アバタメに自分を重ねた。
我が子を失うとしたら、どんなことでもするだろう。
俺も――ここで我が子と暮らせなくなるのなら、どんなことでもやる。
真綿で締められるように、少しずつ息が詰まり、役割を奪われて消えていく。
そんな未来だけは、絶対に嫌だ。
ミツの紅葉のような小さな手に触れた瞬間を思い出す。
あの時、世界が一回転したようだった。
俺は父として、娘の暮らしを守らねばならない。




