第2話 きっかけは些細で、沼に落ちるのは一瞬で
入学式と簡単なホームルームを終えて、授業は午前中だけで終了した。
私はホームルームの間、あおいちゃんが目の前に座っているだけなのに、変に意識をしてしまっていた。
胸に手を当てると、いつもよりも鼓動の音が速いのを感じる。
なぜそんなことになっているのか。
その原因を探っているうちに、というか探るまでもなく、私はその感情に気づきつつあった。
これって、俗にいうところの恋なのでは?
いやいや、女の子を好きになったことなんてないって。というか、男の子好きになったこともない。
いや、昔のあおいちゃんに対する気持ちは確かなものだと思うけど、あおいちゃんは実は女の子で……
あれ? もしかして、私って女の子が好きなの?
ちらっと他の女の子を見てみるが、他の女の子たちを見ても、あおいちゃんに感じたような気持ちを抱くことはなかった。
女の子が好きなわけではない? そうだよね。うん、そのはずだ。
じゃあ、この気持ちは一体何なのだろう?
視線を正面に戻すと、ぱっと私の方に振り向いてきたあおいちゃんと目が合った。
あおいちゃんは屈託のない笑顔を私に向ける。
私はそんな笑みを向けられて、胸の中がまたきゅうっとなった。
「ゆりちゃん! この後クラス会あるんだって! 一緒に行こうよー」
「きょ、今日はちょっと、よ、予定があるから」
「そうなの? じゃあ、しょうがないか」
あおいちゃんは私の言葉を聞いて、残念そうに肩を落とした。
私が行けないと言うだけで、ここまで残念がってくれるなんて……。
私は申し訳ないような気がして、やっぱり参加しようかと考えが揺らぐ。
すると、ぱっと知らないクラスメイトの女子があおいちゃんの机にやってきて、あおいちゃんの腕を引いた。
「春野さん、早く行こうよ!」
「あっ、うん。それじゃあ、またね、ゆりちゃん!」
あおいちゃんはその子に腕を引かれながら、クラスの中心へと引かれていった。私は手を振り返してから、静かに席を立って教室を後にした。
く、クラス会というイベントを反射的に断ってしまった。
もしかしたら、この会をきっかけに私がぼっち生活から抜け出せたかもしれないのに。
そんな後悔に苛まれながら、私は頭を振って小さく握る。
そうだ。今はそんなことよりも考えなくてはならないことがある。
せっかく、あおいちゃんと再会できたのに変な気持ちのままでは、以前のようにあおいちゃんと仲良くできない。
早くあおいちゃんと仲良くするために、気持ちの整理をすることが先決だ。
でも、どうすればこの気持ちを整理できるんだろうか?
誰か私と同じような気持ちの子を見つけて話を聞く?
いやいや、例え見つけられたとしても話を聞くことなんかできるはずがない。コミュ障の私にとって、それはあまりにもハードルが高い。
そうなると、結局は一人で悩むことしかできなのかな?
「やっぱ今期のアニメは百合枠が覇権を取るって!」
「いやー、あれは1話目からやられましたなぁ」
私が廊下を歩いていると、隣を通り過ぎた男子たちがそんな会話をしていた。
百合? 百合って、女の子同士の恋愛のことだよね?
私は少しだけ歩く速度を上げて、その男の子たちに追いついて会話を盗み聞きする。
どうやら、彼らはアニメや漫画に精通している人たちらしい。その中でも、百合という女の子同士の恋愛系のアニメが好きとのこと。
彼らの話によると、百合アニメや百合漫画は心の動きが繊細に描かれているものらしい。
……というか、入学した初日にこんなに盛り上がれるって、この人たちもコミュ力高めなんだなぁ。
私はそのまま下駄箱まで彼らの話を盗み聞いてから、靴を履き替えて校舎の外へ出た。
それから、ろくな解決策も見つけられないまま、今日と通ってきた通学路を歩こうとしてピタリと足を止める。
このまま家に帰って一人で考えても、あおいちゃんに対する気持ちを整理することは難しい気がする。
人に相談をすることができないのなら、せめて参考文献が必要だ。
私はさっきまでの男の子たちの会話を思い出して、スマホで彼らの会話に出てきたお店の名前を調べて向かうことにした。
「ここが、あの人たちが言っていたアニメショップ」
私は学校から少し離れた場所にあるアニメショップの前に来ていた。
普段から一人で過ごす時間が多いので、漫画やアニメを観ることは多いのだが、アニメショップに来るのはこれが初めてだった。
もう少し近くの駅にもアニメショップはあったのだが、これから買う物を考えると、学校から近い所で買い物をする気にはなれなかった。
私はアニメショップに入るなり、さっきの男の子たちが言っていた特設コーナーを探した。
男の子たちの話によると、このお店ではとあるジャンルの特設コーナーが設置されているらしい。
私はそこを目指して店の奥の方に進んでいった。すると、すぐに私が求めていた特設コーナーがあった。
「あ、あった。百合コーナー」
そこは『百合棚』と書かれたポップなどが付けられており、多くの百合の漫画やラノベなどが並べられていた。
そう、私は自分の気持ちを確かめるために百合作品を漁ることにしたのだ。
頼れる人がいないのだから、書籍に助けを求めるというのは自然な流れだと思う。
さすがに、漫画の知識を真に受けるつもりはないけど、少しはこの気持ちを整理できるような気がした。
あの男の子たちも百合作品は繊細な作品だって言ってたしね。
私は自分への言い訳を程々に、ドキドキしながら適当に一冊の漫画を手に取ってみた。
「あれ? 結構普通の表紙だ」
私が手に取った漫画は女の子二人がただ触れ合っているだけのもので、そこに百合らしさを感じることはなかった。
もしかして、店員さんが間違えて並べてしまったのだろうか?
そう考えて帯に目を落すと、そこには二人の恋愛がどうたらこうたらと書かれていた。
どうやら、店員さんのミスではないらしい。
それから、その帯をよく見ると『アニメ化決定!』と書かれていた。
どうやら、百合作品は地上波にも進出をしているようだ。私が登録している配信サイトで観れるかな?
「とりあえず、何冊か人気そうなのを買っていこう」
普段から人のとの交流がないので、お小遣いやお年玉が溜まっている。せっかくなら、色々買ってみようかなと奮発して、私は多めに百合作品を購入して家に帰ることにした。
幸いなことに、明日は土曜日でそこから月曜日の祝日まで三連休になっている。
なので、金曜日の午後から月曜日までの期間、私は百合作品に没頭して自分の気持ちを確かめることを決意した。
この期間に自分の気持ちを確かめることができれば、次にあおいちゃんと会った時、ちゃんとお話しができるはず!
そんなふうに意気込んで三連休を百合作品と共に過ごして、迎えた火曜日の朝。
「ゆりちゃん! おはよう!」
「あおい、あおいちゃん。おは、おははははっ」
「おはは? 変わった挨拶だね?」
教室であおいちゃんに挨拶をされた私は、入学式の日以上に強く胸をきゅうっとさせていた。
動機も速いし、顔が熱くなっていくのを感じる。
机一個分の距離があるはずなのに、その距離さえも近く感じてしまい、ろくに顔を見ることもできない。
百合作品漬けの三連休を送った結果……私は、以前よりもずっと強くあおいちゃんを意識してしまっていた。
どうしてこうなるの⁉
自分の気持ちを確かめようと百合作品を漁った結果、私は抜けられない百合というジャンルの沼に片足を突っ込むハメになってしまったのだった。
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