第1話 恋が先か、性別の認識が先か
「そっちはどこ中?」
「知らないと思うよー。田舎の方の中学だからさ」
「えー、何線何線?」
私は三つほど離れた机で話されている会話を聞きながら、机に頭を伏せていた。もちろん、顔はその子たちと反対方向に向けている。そうしないと、話している子たちと目が合って、『え、なんで私たちの話を聞いてるの?』と言われて、登校日数半日で自主退学というRTA記録を叩き出してしまうからだ。
私、冬野百合は机の上でモゾッと動いて、静かにため息を漏らす。
……みんな、コミュ力高すぎない?
高校入学初日。お互いの情報が全くない状況だというのに、私の机以外では談笑をする生徒たちが多くいた。
一番に学校に来れば、自然とコミュニティに混ぜてもらえるはずと思って張り切って朝早くに登校してきたのはいいけど、結果はただ長時間机に頭を突っ伏しているだけでとなった。
このままでは、早くも終ってしまう。何がって? 私の高校生活がだ。
あ、やばい。なんか泣けてきそう。
さすがに入学初日に泣くわけにはいかず、私は辺りを窺いながら顔を上げる。ちらっと横目でクラスメイトたちを確認すると、顔を伏せて音だけで聞いていた以上にコミュニティが形成されていた。
ど、どうしよう。
私はおろおろしながら、一歩踏み出すことができずに顔を俯かせる。それから、私はこれまでの学校生活を思い出した。
私の学校生活はいつも独りぼっちだった。好んで一人でいたわけではなく、他人とのコミュニケーションの取り方が分からない。そんな残念系のぼっちだ。
……小学校に入る前までは、独りぼっちじゃなかったのに。
こんな私にも昔は親友のような幼馴染がいた。その子はスポーティな雰囲気の《《ある男の子》》だった。
その子とは家が近いということもあり、よく一緒にいた。親友と言っても過言じゃないくらい、仲が良かったと思う。
《《彼》》の引っ越しで離れ離れにならなければ、小学校も中学校も楽しく過ごせていたかもしれない。
私はそんな昔のことを思い出して、意味ありげにふっと小さく笑う。
今思えば、私にとって《《彼》》はただの友達や親友ではなかったかもしれない。私は幼いながらに、彼に特別な感情を抱いていたのだと思う。
多分あれが私の初恋だったんだ。今でも時々思い出す、そんな淡い恋の記憶……なんて、思い出に浸って現実逃避をしている場合じゃない!
このままだと、また体育の時に『二人一組になってくださーい』って言われたときに、気まずく先生と組む羽目になってしまう! な、なんとかしないと!
「えっと、私の席はここかな?」
すると、そんな明るい声色が聞こえて、私の目の前の椅子がガタっと引かれた。私はその音を聞いて、体をぴくんっと小さく跳ねさせる。
私がちらっと視線を上げると、私を笑顔で見つめる可愛い女の子がいた。
ロングヘアのサイドの片側をお団子にしているとても明るい女の子。
自然と口角が上がっていて、誰に対しても優しく接してくれるような雰囲気が滲み出てきている。
そして、自然体の陽キャのような雰囲気を纏っているように感じた。
彼女は私と目が合うと、ニコッと笑みを深める。
「初めまして! 私、春野葵! よろしくね!」
「よ、よろ、よろしく! 私、ふ、冬野、百合っていいましゅっ!」
「い、いいましゅ?」
春野さんは私の言葉を聞いて、きょとんと首を傾げてしまった。
しまったぁ! 大事な自己紹介を盛大に噛んでしまったぁ!
せっかく私に話しかけてくれたのに、これだと変な奴認定されてしまう!
「ん? あれ?」
すると、春野さんが突然私の顔をじぃっと覗き込んできた。私は可愛い顔に近づかれて、あわあわしながら距離を取る。
すごい。肌もきめ細かいし、まつ毛も長くてくるんとしている。同じ女子高生のはずなのに、なんでここまで違うかな?
ていうか、なんで私をこんなに見つめてくるの?
「……もしかして、ゆりちゃん?」
「え? ゆ、ゆりちゃん?」
「やっぱり、ゆりちゃんだ! 私だよ、葵! 昔ずっと一緒に遊んでた葵だって! 覚えてない?」
春野さんは前のめりになって、さらに私と距離を詰めてくる。私はその勢いに圧倒されて、目をぎゅっとつむる。
なんでこんな久さしぶりに会った旧友みたいな反応なの?
まさか、私は知らないうちに陽キャと関りを持っていたの?
しかし、どれだけ振り返ってみても、私が陽キャと接点を持った記憶がまるでない。というか、人と接してきた記憶もまともにない。
私が接点を持った同世代の子って、幼少期に仲良くしていた「あおいちゃん」という男の子だけだ。
ん? 今この子、自分のことを春野葵って言ったっけ?
「葵……あおい、あおいちゃん?」
「そうだよ! 懐かしーなぁ!」
春野さんは私の手を握ってブンブンと振ってきた。春野さんは一人再会を喜んでいるみたいだが、私は頭にはてなマークばかり浮かんでいた。
それもそのはず。私の中のあおいちゃんは初恋の相手で、男の子で……。
私はそう考えながらも、幼少期のあおいちゃんと春野さんの姿が徐々に重なっていくのを感じていた。
「ゆりちゃん?」
春野さんは私が固まっていると、きょとんと不思議そうに首を傾げた。私は変な間を埋めようとして、頭に浮かんだことをそのまま口に出す。
「え、わ、私の知ってるあおいちゃんは男の子で、えっと、髪形もスポーティだったし、身長だってこのくらいで」
「男の子? 酷いなぁ。私のことそんなふうに見てたの? まぁ、昔はよく男の子と間違われていたけどさぁ」
春野さんは眉を下げて呆れるような顔で笑みを浮かべる。
そ、そういえば、あおいちゃんのことを男の子なのか女の子なのか確認したことがなかった気がする。勝手に男の子だと思って接していた。
……いや、普通友達に男か女かなんて聞かないって!
そこまで考えて、私はハッと見落としていた重要なことに気がつく。
「あおいちゃんのお母さんが、「あおいちゃん」って呼んでいたのって、愛称とかじゃなくて、女の子だったからなのか。小さい男の子だからちゃん付けなのかと思っていた」
「まだそれを言うか」
「だ、だって、あおいちゃんは私のーー」
初恋の人。
そこまで考えたとき、私の中で完全に春野さんとあおいちゃんが重なった。
そして、その瞬間胸がきゅうっとなった。
え? な、なに感覚?
いつもは感じないはずの鼓動の音を感じながら、微かに呼吸が浅くなる。握られている手から伝わってくる柔らかさや、温かさが私の鼓動を速めていく。
「私の?」
私はあおいちゃんに急かされて、頭に浮かんだ言葉を消した。それから、もっともらしい言葉を繕う。
「私の……だ、大事なお友達」
そう言ってあおいちゃんを見ると、あおいちゃんはぱぁっと明るい顔をした。それから、握っている手の力を強めた。
「私も同じだよ! 同じクラスにゆりちゃんがいて嬉しい。これからよろしくね!」
「う、うん。よろしく、あおいちゃん」
私はそう答えながら、少しの後ろめたさから目を合わせられずにいた。
……多分、一緒じゃない。
この時だけは、前髪で片目が隠れていてよかったと思った。
今の状態であおいちゃんを直視するのは、色々と良くない気がしたから。
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