大食らいの能力は底なし
夏の刻29
王宮に帰って早二週間、ここのところ朝から晩まで体やら頭を動かしていい加減ちゃんと寝たい。
二週間前に帰って早々メイド長さんに言われたのは、ついにモカ様に婚約の申し出があったからだ。
モカ様が引きこもりから脱却されたことにより数日で婚約の申し出が殺到するかと身構えていたが、案外貴族たちは周りの様子をうかがっていたみたいで今まで一通も申し出が届いてはいなかった。
少し警戒が緩んではいたがそろそろだろうと思っていた矢先にこうして公爵家からの申し出が来たのだ。
公爵家はスターミル家という挑戦劇で公爵の爵位を授かった貴族の一つ。逃走劇時代のスターミル家当主であるサイラック様は、挑戦劇で休みなく働いていたという策略家として記されている。なのでスターミル家系列の多くは政治的な策略に長けていて能力が高いことが有名だ。
お相手であり次期当主である長男のカポヴィン様は噂が貴族の中でも多いお方で謎に包まれている。噂でよく聞くのは四つ。
一つ目は大食いであること。食事量は基本的には一人前で十分らしいが、胃袋が底なしと言われている。好きなだけ食べていいと誕生日には机いっぱい料理があり、通常の三倍近くの量でもかかわらず全て食べきっているという噂だ。ちなみに何人分の食事かというと、約三十人は食べられる量だったらしい。
二つ目は戦闘でのことだ。スターミル家の領土で洗脳を得意とする魔物が生息している。洗脳といっても命に別状はなく、洗脳された人は魔物が食料を盗み終えるまでほかの人の邪魔をするだけというものだ。カポヴィン様はそんな魔物の洗脳は効かないらしく、洗脳された騎士や平民をたたいて洗脳を解いていたらしい。
三つめは契約をしている魔物の話だ。そもそも魔物かどうかも怪しいらしく、基本的にカポヴィン様は移動時に使っているらしい。とんでもない速さで飛んだり、どこかに消えたりと謎が多い。
四つ目は見た目が愛らしいとの噂だ。身長は同世代と比べると低いらしく、そのご尊顔も女の子らしく愛らしいのだと元使用人さんだと言っている人がが語っている。
カポウィン様は噂と出生届の経過観察でしか情報が無く、今までお茶会にもパーティーにも参加はされてこなかった。主に政治関連を携わるスターミル家系列の家々は表舞台に出るものと出ないものに分かれる。ニックの家もスターミル家系列であり、表舞台であるパーティーやらお茶会やらで会えるのは珍しいことなのだ。ニックに聞いたが表舞台に出るには条件をクリアする必要があるらしい。流石に条件の詳細までは無理だったがざっくりとは教えてはくれた。年齢と学、そしてそれぞれの当主から課される課題への成果。これらを全て見做した者のみが表舞台に上がれるという系列方針らしい。
あの時はまさかモカ様に婚約の申し込みをするなんて思いもよらなかったし自分にも関係ないと思いそれ以上聞かなかったが今になって後悔している。
挑戦劇の始まる前に国内をまとめるために当時国王のティワ様が作られた制度が系列だ。
【政治】【武術】【医術】【学術】【魔術】【農業】【神聖】、そしてここ三十年ほど前に新たに作られた系列である【文化】。
系列のトップはどれも公爵家であり、束ねるのは国王のお役目。
どれも国を支えるうえで重要であり欠けてはいけないものではあるのだが、どこの世界でも考えというものが違うと争いは起きる。それは系列外の対立だけでなく、内部にも存在している。
それでも協力なしには何もできないことはぞれぞれが理解してはいるのだ。現にこの国の中で最上級でもあり、挑戦劇の勝利記念として建てられた魔法学校は八つすべての系列が合わさって出来ている。
だからと言って完全なる協力なんてしているはずもなく、必要とは知りながらも今も他の系列をどう吸収・排除しようかと考える輩はいるわけで…。
あぁ、面倒くさい…。政治のトップでもあるスターミル家が国の姫様に婚約の申し出が来たなんて知れば他の系列が黙っているわけにいかない。どこから漏れたのかモカ様の婚約話は瞬く間に広がり、この二週間は大量の婚約の申し出の手紙を裁くことの方が多かった。目を閉じても文字が浮かんで寝付けないし、手紙の内容に書かれている文章は要約するとどれも同じで飽きるし面白くない。メンタルを保てたのは政治と武力と農業からの婚約の申し出が一通もなかったこととモカ様とニックのおかげだ。
疲労困憊していた私は会うだけでとモカ様にお願いを申し上げた。日本伝統のDOGEZAをして。あの時のモカ様は滅茶苦茶驚いていたな。「えっ⁉何それちょっ!イヴ??いいから顔を上げて?!」大変お可愛らしくて心が癒された。ちゃんと事情を話してしぶしぶだが了承してもらえた。ニックにはほぼ愚痴を聞いてもらったので今度何かお礼をしておこう。
そして今日はカポウィン様との初のご対面の日!手紙を裁く傍らで設備した会場はいつもより華やかで、モカ様の衣装もいつもより高貴さと合わさって美しさが増している。この二週間頑張って本当に良かったと思うくらいだ。
「モカ様…大変お美しいでございます。」
「なんだか変な言い方になっているわよイヴ。」
「気のせいです」
「そう…。えっと、大丈夫なの?お仕事で疲れてるのにと一緒にいて」
「むしろ喜びで心の休息です。」
「イヴがいいのならいいのだけれど…。ふふ、イヴと話してると緊張が解けてきてさっきよりも息がし易くなったわ」
あ~~~~、心が癒される~~~~。
このお茶会も全力でお守りしよ。
コンコンっと扉がたたかれる音が聞こえた。
ということは、カポウィン様が到着したという合図だ。
「ねぇ、イヴはカポウィン様のお噂は本当だと思う?」
「噂は基本的に脚色が付いていることが多いです。ですが、火のないところに煙は立ちません。少なくとも、その噂の本質は本当なのかもしれませんね。モカ様は信じておられるのですか?」
「えぇ。だってそんな方が本当にいらっしゃるとしたら、とても面白いじゃない」
駄目だ、モカ様が愉快犯になってきた…。
この世界の住民、愉快犯多くないか?
私も面白いことは好きだけれど、ツッコミばかりは嫌だぞ。
『モカ様、カポウィン様がお見えになられました』
「ピエ…」
「イヴが私より緊張してどうするのよ…。でも緊張がほぐれてよかったわ」
ついにこの時が来てしまった…。
さっき変な声が出たけど、思ったより緊張してたんだなぁ…。
扉がゆっくりあけられて、カポウィン様のお姿がお見えになってきた。
やめてくれ、そんなゆっくり扉を開ける演出は。
壮大なのは分かるけど!ゆっくり見えることでより心臓に悪い。
もうバンッと勢い良く開けられた方がマシだ。
私がクソビビると思うけど
カポウィン様のお姿は、お噂どうりの可愛らしいという印象だ。
同世代にしては女性よりの顔立ちや身長、長男と聞いていたがあふれ出る弟感。
桃色の髪は可愛いという印象をも強くして、幼さが増している。
「お初にお目にかかります、モカ姫様。この度は我がスターミル家との婚約話の場を設けていただき、心より感謝いたします。」
うっわ、声高い…。声も思ったより幼い。
私よりも高いんじゃないか…?いや、幼少の男子という声変わり前はこういう声だっただろうか…。
そもそもこの世界に声変わりはある…だろうな。うん。
「お初にお目にかかりますわ、カポウィン様。どうぞおかけになさってください」
「それでは、お言葉に甘えて」
そういってカポウィン様はモカ様の向かいの椅子に腰を下ろした。
貴族の社交辞令でしかない言葉はやはり慣れない。
だからか、この可愛らしい見た目でも警戒してしまう。
警戒しながら私は二人に紅茶の入ったカップを置き、話し合いの場がこれで完成した。
というより、このお話し合いにカポウィン様の従者は一人もつかないのだろうか?
カポウィン様が腰を下ろすと同時に、従者であろう人たちは颯爽と部屋から出て行ってしまった。
この空間には今、私とモカ様とカポウィン様の三人しかいない。
「まずは、モカ姫様がお外に出られるようになりおめでとうございますと祝う言葉を送らせてください。」
先ほどの形式ばった話し方から、フランクのように柔らかい話し方に変わった。
見た目通り人懐っこいのか計算なのかが分からないな。
「お言葉、感謝いたしますわ。私としても、外に出られるようになってからいいことしかありませんの」
「だからこそ、僕は謝罪しないといけませんね。外に出られるようになったからとすぐに婚約というお話を持ってきてしまいました。本当に申し訳ありません」
「いえ、頭をお上げください。私も王族という責務がある以上、避けられないことなのです。スターミル家の長男であるカポウィン様もまた、そのような運命に当たるのですから。あまりお気になさらなくともよいのですよ。」
「モカ姫様の寛大な心に感謝いたします。お噂の通り、心までもお綺麗なお方ですね」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
…
何故無言の雰囲気が出来上がった?!
さっきまで順調に会話してたじゃん!
気まずいよ~…。
「えっと、今回は婚約のお話でしたわよね。カポウィン様はなぜ、私をお選びになったの?」
「えっと…それなのですが…」
カポウィン様は急にもじもじしだした。
「家のため」とかは言いずらいだろうし、それに婚約の話を親がしていたら意味までは話しにくいのかもしれないな。
「実は…モカ姫様とお話してみたかっただけなのです…」
「ほへ?」
モカ様から拍子抜けた声が漏れる。
私もズッコケそうになった。
「私と…お話…ですか?」
「はい。お恥ずかしながら、僕はあまり友人というものがいないんです。家の事情で表の舞台には行けないことが多いというのもあるのですが、僕には噂があるでしょう。大食らいだとか、洗脳が効かないとかの奇妙な噂というものが。」
自分の噂を知ってたんだこの方。
噂の「可愛らしい容姿」は確かに合っているな。
「噂も相まってか、僕は奇異な目でよく見られます。それでも僕はずっと誰かとお話がしたかったんです。そんな時、モカ姫様がお外に出られるようになったと聞いて、お優しいと噂があるモカ様ならお話してくれるかなと…」
「えっと…それで婚約のお話を?」
「はい!婚約話ではお互いのことを話す機会ですから」
目に一切の曇りなく言い放ったぞこの人…。
マジか。
盛大にいろんなことがズレてる。
モカ様が困惑しておられるのか、ちらちらと私の方を見てくる。
「カポウィン様、モカ様とのお話し中に申し訳ありませんがご指摘させていただきます。婚約話というのは、将来結婚するかどうかという極めて重要なものです。」
「はっ、はい!」
「それも、モカ様は王族の姫です。そしてカポウィン様は公爵という最高位の位の持ち主です。そのお二人の婚約話というものは、国をも巻き込んでいるのです。」
「はい…」
「婚約話でなくとも、交流という機会の申し出ででもよかったのではありませんか?」
「たっ…確かに…!」
マジで考えてなかったみたいな反応なんだけど。
『目から鱗』ということわざの通りだな。
「もももっ!申し訳ございませんモカ姫様!僕はそんなに重大で重要なことだと思っておらず、単に僕が話したいだけという都合で巻き込んでしまい、申し訳ありません!」
ゴンっと勢い良く頭を机にぶつけて謝罪をしているカポウィン様。
警戒してたのが馬鹿らしくなるほど純粋だな。
大丈夫だろうかこの人は。
曲がりなりにも、公爵家次期当主だ。
こんなに後先を考えずにただ一つのことしか見えていなかったとなれば、当主という座は彼にとって荷が重く周りが見れなくなってしまうのではないだろうか。
ここまで純粋なのはいいことだろうけれど、これから成長できるのだろうか…。
「…ふふ、頭をお上げくださいな。カポウィン様」
モカ様は形式上の笑顔ではなく、素の笑顔でカポウィン様に話しかけた。
「実は私、貴族のあの張り詰めた仮面のような空間が苦手でしたの。誰も彼もが探りあって本心の見えない。だから今回の婚約話もきっとそのような張り詰めた空気になるんじゃないかと思っていましたの。でも、貴方はずっと本心で話してくださったわ。それでいて、自身の間違っていた行動を素直に認めて謝罪して下さる誠実さを私はとても美しいと思います。」
モカ様はカポウィン様の手を取って、まるで女神のように話した。
「私、貴方様とお話しできてとても嬉しいのです。よければ、私のお友達になってくださいませんか?」
おぉ…。
モカ様ご自身からの友達申請だ…!!
成長スピード早すぎんか?
というより羨ましいんですけど。
こんなの初恋泥棒じゃん
「はっ…はい!よろしくお願いします!!」
カポウィン様は頬をうっすら赤らめて、元気よく承諾した。
うん、落ちたな。
やはり推しは女神だったのかもしれない…。
私は警戒心を抱くような相手ではないと判断して、出来るだけ離れて見守ることにした。
流石に二人っきりはいけないからな。
会話の内容を盗み聞きのようにしていたが、お二人は趣味や思考などの相性がいい。
完全に相手のことを否定しない優しさや貴族社会の窮屈さの悩みなど、形式上では絶対に話せなかった本心でのお話をするという機会は、幼いこの時期であっても貴重なものだ。
特に貴族の中でも最上位に偉い方々ともなると、そんな相手が出来るということは稀でしかない。
元の世界ならありふれたことでも、ここでは貴重なんだなと価値観の違いがここでもいやというほどに理解してしまう。
ニックとのあの会話も、実際はとても貴重なものなのだろな。
かなり時間が過ぎた頃して扉がノックされた。
思ったより時間は経っていたのだろう。カポウィン様のお帰りの時間だ。
「カポウィン様、またいらしてくださいね。」
「はい。今度は友人として、交流の場を申し出させてください。それでは、ありがとうございました。さようなら」
と、カポウィン様の従者がいるのかまた形式上の言い方で別れの挨拶をなされた。
従者の前ではあのように本心では過ごせていないのだろう。
カポウィン様のお姿が見えなくなると、モカ様は少し興奮気味に私に話しかけた。
「イヴ!私、お友達が出来てしまったわ!それも異性のよ。とっても気が合って、本当に物語のような友達に出会えたわ」
「楽しんでおられるようで何よりです。」
「それでね、カポウィン様も本を読むことがお好きなようなの。種類は違うけれど、冒険のようにカッコいいお話をよく読むのだそうよ」
「今度からはそちらの種類の本にも手を出されますか?」
「少し興味があるの。だから今度からはお願いしてもいいかしら」
「お任せくださいませ」
今度からの本の調達は、恋愛の他に冒険も追加だな。
趣味の共有化とは…この二人本当はコミュ力強いんじゃないのか…?
「それではモカ様、私は少し片づけのお手伝いに行かせていただきますね」
「えぇ、お願いね。」
「失礼いたします」
そう言って、私は部屋から出た。
カポウィン様が来たことにより【歓迎を込めての豪華な装飾の片づけ】も勿論あるが、私がする手伝いは他にある。
その手伝いを頼まれた人の部屋の扉をノックして、部屋の中に入った。
「で?どうでしたか?カポウィン様は」
「警戒するのが馬鹿らしいほどの純粋な坊ちゃんでしたよ」
「それはそれはとてもおもしろ…興味深いですね~」
「もう面白そうって言ってるじゃないですか…」
キノンさんはコロコロと笑う。
モカ様とカポウィン様からしたら友達になるためのお茶会でしかなかっただろうが、婚約話だったということを忘れてはいけない。
こうしてキノンさんに話しているのも、婚約話はどうだったかという報告でもある。
「それで?カポウィン様はモカ様と婚約できると思うかい?」
「爵位で言うと大丈夫ですし、相性も良好です。あの山のようにあるモカ様への婚約を申し込んだ貴族の中で、これ以上の条件を持ち合わせたような方がいるとは思えません。」
「君的には、カポウィン様とモカ様は結婚してもいいと思うかい?」
「私は、モカ様がしたいことを全力で応援するだけですよ。いいか悪いかを私が決めることではありません。」
推しの幸せを願うのはいたって普通のことだろう。
「幸せならOK」まさにこの言葉に尽きる。
「でも貴族間での幸せな結婚は難しいですよ。」
「それ難しい原因のほぼほぼはプライドとか世間体じゃないですか」
「ははっ!それは確かにそうですね」
キノンさんも貴族の出でありながら、その内情は複雑だ。
私もこの世界では貴族らしいことをというものはあまりしていない。
そういう認識は、この貴族社会にとっては奇異なのだろう。
貴族社会が普通で、誰もが本心を隠しながら。
まるで演劇だね。
「で?これからのモカ様の婚約話はどうしますか?流石に、一回だけの交流では婚約という決定打を打つわけにはいきませんよね」
「はい。なのでカポウィン様を第一候補なのはそのままで、他の婚約話の交流の場を設けようと思うのです。」
「おや?意外でしたね。イヴさんの性格上、すべて断られるのかと思いましたよ」
「流石に一人だけっていうのはまずいっスよ」
「世間体的に?」
「世間体的に」
最初の一人目の話で即婚約、となると後々他の貴族からの批判が来るだろう。
そうならないためにもモカ様には悪いが、婚約話の交流の場はいくつかあった方がいい。
それに一点集中というのも、もしものためには視野の拡大の方が優先だ。
「ま、私が決めることではないんですがね」
「最終的な決定打は王様ですから」
この会話も報告をするための一つでしかならない。
何故キノンさんが選ばれたのかは、きっとリオマー様が推薦したからだろう。
妹の婚約のことだ、リオマー様が関わらないわけがない。
しかし表立ってしまえば以前のようにイザベラ様が…ということもあり得なくはない。
まどろっこしいやり方でも、これが一番のというものだったのだろう。
「報告は終わりましたので、部屋から出ていいですか」
「勿論構いませんよ。お疲れさまでした。」
部屋から出ると夕日の光が嫌というほど綺麗に見えた。
元の世界と同じオレンジ色の光は、この世界に来てから心が締め付けられるようになる。
元の世界に帰りたい気持ちもありこの世界でも生きてみたいと思ってしまう今日この頃に、現実を逃避するように飾りの片づけを手伝いに行くことにした。
きっと掃除までは終わっていないだろう。
そう期待も寄せて、廊下を歩みだした。
以上
内容:婚約騒動
感想と反省:
・気も体も疲れた
・モカ様マジ女神様
・貴族でも純粋な心の持ち主はいた
・私はどうしたいのだろうか…




