系統が違うとかなり面白い
夏の刻10、11、13、15
春が終わり段々気温が上がる今日、私は一刻ぶりに実家であるレリブロー邸に帰っていた。
休息という帰省なら問題はないのだが、帰省理由は弟であるホーチマが関係している。
ホーチマの誕生日の数日後に一通の手紙が届いたらしい。内容は婚約の申し出だった。
婚約するにはまだ早いのではないのかと話し合い、とりあえず顔合わせはしようという結論になったらしい。
お相手はルチア・バブゼル伯爵令嬢。ホーチマより歳は一つ上でレリブロー家と同じでフリーク公爵家系列である。
フリーク公爵家系列の連帯を強められるのと跡取り問題の解決の二つのメリットがあるので受ける方がいいという意見もある。だが同じ系列とはいえあまり関わり合いのなかった家であり、何故いきなり婚約話をしてきたのかが不明なままではいくらメリットのほうが大きいからと言って即決はできない。何よりホーチマの意志も固まっていない現時点では勝手に決めたくないという父と母の心情だろう。
もう一つの理由がホーチマの専属使用人さんとの初の顔合わせだ。
その専属使用人さんだがこちらも私の一つ下で、男爵家から来た少年と聞いている。
名前は、ミロル・パチィース。
情報はこれだけしか聞いていないので顔合わせの前には色々と聞いておこうと思う。
では何故ホーチマ関係であるのに私が帰省しているのか。
答えは単純で、歳が近いので内情を探ってほしいとのことだ。
ホーチマ本人だと本音で話は出来そうにないだろうし、姉さんだと三歳差で少し話題が合いにくいかもという判断で私が選ばれたということだ。
ホーチマはギリ分かるとして話題て…。確かに元の世界でも二個下の妹と私とではカリキュラムが変わっていたりとしていたが流行の話題とかなら姉のほうが理解あると思う。なんなら三歳差ならそこまで話題に差はないだろうと手紙で書いてみたが、ルチア嬢との面会日は姉さんもヒムトラ様とのお約束があるためそもそも面会が不可能だったらしい。
ちなみにモカ様と国王様からも帰省の許可は下りているため一週間は休みである。モカ様からは「帰ってきたらその時のお話聞かせてね。謎に包まれた婚約話に謎の人物が従者となるなんてミステリー小説みたいでドキドキしちゃう」なんて言われた。
なので一週間は王宮にはいないと帰省が決まった日の鍛錬の時にニックに話すと「オレ、相棒の家行ってみたい」と言われた。
婚約者でもない異性、そして身内のごたごたがあるので出来れば来てほしくはないと伝えたが「オレは気にしないよ。相棒のご家族にも挨拶したいしね」となぜか行く気満々だ。
家族に友達ができたことを報告と自慢をしたいので自分はいいのだが、家族の都合というのもあるため父に手紙を出しておいた。
返事が来たのは帰省をする日の二日前、帰省前の鍛錬の最終日だったのでニックへの返事は間に合った。返事の内容が思ったより楽しそうに書かれていたが、多分母と姉のテンションに吞まれたのだろう。
隣に座るニックを見ながらどうやって報告しようか考える。
「相棒どうしたの?あ、まさかオレの顔に惚れ惚れしてた?まっ、俺って格好いいから仕方ないよね~」
「格好いいのは否定しないけど惚れ惚れはしてないかな。アンタをどう家族に報告しようか考えてんの。」
「オウ…直球だね…。手紙で大方書いてるならわざわざ報告は口頭でしなくてもいいんじゃない?」
「父には大丈夫なんだけど問題は母と姉。やっぱり友達といえど異性を家に呼ぶのって勘違いされるものなのか…?」
「まぁまぁいいじゃんか。オレも家族に言ったら勘違いされてたしさ」
「どう対処したん?」
「特に何もしてないよ。ただ、本当にそういう関係って奴なら婚約を申し込んでるって言っただけだよ。オレも相棒も婚約者がいないんだし申し込んでも問題はないじゃん。」
「なるほど…たんなる友達でやましいことを想像するなってことか。」
「そーいうこと~♪」
確かにやましいことなど何もないのだから正直に言っても構わないな。
悩んでいたことが馬鹿らしくなってきた。一先ず先のことを考えることは後にしよう。
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ニックと話しているといつの間にか馬車は止まっていた。
家の中に入ると歓迎やらで盛大に盛り上がっていて静まったのは約二時間後だ。
主に質問攻めだったので若干喉に違和感が生まれている。ニックの方も少しぐったりとはしている様子だ。
母と姉にはどういう関係か根掘り葉掘り聞かれて、ただの友達とか友情系の相棒だとかを言ったはずなのだが目からは生暖かい視線が感じられた。
「すまんニック…うちの家族や使用人さん方は陽気な人が多かったみたいだ。いつもはこうじゃない…はず」
「あははは…大丈夫だよ。それだけ相棒は愛されてるんだなってことだと思うよ。「イヴお嬢様とお友達になってくださり有難うございます!今後とも末永くイヴお嬢様のお隣に!」って執事さんに感涙されながら言われた時は驚いたけどね。後はお城での相棒の様子とか聞かれたり、今まで相棒がどうしてたのかの話をしてくれたりとわりと楽しかったよ。」
家庭訪問友達Ver.とか恥ずかしい通り越して虚無だな。この世界に来てまで家庭訪問とかいう早く帰れること以外はいいことのない行事はしてほしくなかった。
何はともあれ嵐は過ぎて、今いるのは父の公務室だ。
現在、父は隣にある書斎で資料を調べてるらしく一区切りしたらこちらに戻ってくるらしい。仕事でだろうけど嵐の被害にあいたくないのが一番の理由だったんだと思う。
ニックは父と挨拶を済ませたら帰ると言っていたが本当に何しにここに来たのだろうかと今更改めて思う。挨拶だけなら別日でもよかったし何より疲れて帰るなんて損しかないのでは?目的がわからないが帰るまでに余計なことを考えずに済んだ…からよかったのかな。
「お待たせしてすまないね。お帰りイヴ、それにこんにちはニコラス・ホークジークさん。」
父が隣の書斎とつながっている扉から出てきた。
「初めまして、ライア・レリブロー様。本日は突然ではありますがお伺いさせていただき有難うございます。今後ともイヴさんとは仲良くさせていただきます。」
おぉ、滅茶苦茶畏まってるニックは久しぶりに見たから新鮮だ。モカ様にもリオマー王子にも師匠にも無礼といわれるほどの態度ではないけどここまで堅苦しくはない。最後に見たのは国王陛下とたまたま居合わせた時くらいか。
「私としてもこれからもイヴと仲良くはしてもらいたいね。ふふ、我が家の歓迎はいかがだったかな?」
「イヴさんが愛されていることがよくわかりましたし、とても楽しい時間でした。。」
「そうかい、それならよかったよ。」
二人ともが普段とは違う笑顔、張り付けたような顔で話すこの空間の居心地が悪い。まるで貴族同士のお茶会みたいだ。いや確かに貴族だけど。
それにしてもニックの一人称が私になって、私をイヴさんって呼ぶのは違和感しかない。
「さて、そろそろ私はお暇させていただきます。本日はご挨拶させていただき有難うございました。」
「いやいや、こちらこそ来てくれてありがとう。また何時でも来てもらっても構わないよ。勿論、イヴがいるときに限るけれどね。」
「はははっ、では次に来訪するときもイヴさんと共にお伺いしましょう。では失礼します。」
深くお辞儀をしてニックは部屋から出ていった。
「礼儀正しい少年だね。それに思慮深く落ち着きがある。いい友人を持ったね。」
「品定めしているような視線で私の友人を見ないでいただけますか父上。そんなことしなくとも敵に回すような人と友人なんてなりませんよ。」
「でも警戒は怠らないに越したことはないだろう。貴族同士なら尚更ね。ふふっ」
「その話は後にしませんか?本題の私が帰省してまでホーチマの従者と婚約の申請をされた方に合わせる理由を説明していただけますか?」
「う~ん、手紙に書いていることが全てなんだけれどしいて言うなら客観視点の意見が欲しいからかな。」
「家族の時点で客観視は不可能ですよ。」
「確かに部外者じゃないから客観視というのはおかしいね。客観視というよりイヴから見た印象を話してほしいんだ。」
「それだけなら母上や姉上でも出来たのでは?歳に違いがあっても印象の捉え方は関係ないと思うのですが」
「あの二人はホーチマが婚約を申し込まれた時はパーティーでも始まるんじゃないかってくらい喜んでいたからね。従者を決めた時も泣いて喜んでいたくらいだ。そんな二人と一対一で話すと相手方は畏縮してしまうだろう。それに興奮している時にとらえる印象は普段とは異なるからね。イヴはこの婚約話と従者のお話をどう思ってるって聞いたときに何を言ったか覚えてる?」
「確か手紙で『従者の方とご令嬢の情報不足が少し気になります。それに双方共の申し込んだ経緯も不明となりますと素直に喜んでいいのが疑ってしまいます』と返したはずです。」
「私もね婚約を申し込まれた時はそう思ったよ。イヴなら私と同じ考えを持ってるんじゃないかと思ってね。」
「ほぼ賭けじゃないですか」
「ふふっ、私も昔はやんちゃをしていたからその癖が出てしまったかもしれないね。でも、勝負事でも賭け事でも最初から敗北のことを考えながら挑むことなんてないだろう。」
父は若いころギャンブラーかといわれるほどの遊び人(ド健全)だったそうだ。学業や剣術の試合、チェスやトランプと普通の遊びから日々の鍛錬や学習などで友人たちと賭け事をしていたらしい。そして全勝していたと自慢していた。
高校生で誰が奢るかをジャンケンで決めたり、荷物持ちを決めたりすることはあるのでそういうことをするのは世界共通なのかとも思ったが父は異常寄りだった。
よく聞くパチンコ狂いや競馬狂いの嫌な話で家のお金まで使って生活費がなくなるという話を聞いたことはあるが父も次期当主に就いたときに家のお金を使って賭け事をしていたらしい。そしてなんと父は賭けに勝ちまくって当時衰退気味だったレリブロー家を建て直すほどの財産を稼いできたというなんとも信じれない話だ。そこから当時のフリーク家当主である祖父の目に入り、いま父は軍師としてその才をふるっていると母から聞いた。ちなみに母は父にとって唯一勝てていない相手らしい。
軍師としての仕事や当主としての仕事をするうちに落ち着いているがこのように癖がたまに出てくる。
「印象なんて人によって感じるものは違うんじゃないですか?」
「ふふっ、私の勘がこう言っているのだよ。イヴなら面白いことをしてくれるてね♪」
「娯楽扱いやないですか…」
「まぁまぁ、それに報酬はなしってわけじゃないから安心してよ。」
父が何やら長方形の木箱を取り出した。
箱の中身を空けてみると中には紅に染まった生地に吉祥文様が施された一反の絹織物だった。
「イヴはよく書斎で極東の本を読んでいるだろう?ご褒美は特別に極東の大大陸である宝陽から仕入れたものなんだ。」
「こっこここここれは…かなりの高級なものでは!!!????」
宝陽とは前の世界でいう中国のことである。
江戸時代では中国の絹織物は珍重され、特に高級品として武士や裕福な商人や町民に需要があったと歴史で習った。とある武士が一反の羽二重を購入するのに銀10両、現代でいうと約300万~500万円くらいだったと何かの資料で読んだことがある。
あっ、そっか。中国も極東にだったな。極東といえば日本だと思ってうっかりしていた。日本という国を極東で言い表したいなら極東の島国と言わなければ伝わらないか。
でも子の絹織物は欲しい!
「やってやろうやないですか!」
「うん、イヴならそう言ってくれると思っていたよ。従者にする子の情報はここ数日で調べておいたから資料を渡しておくね。」
報酬で最終的に乗り気になってしまった私は後に頭を抱える問題に合うことをこの時には予想できなかった。
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ミロル・パチィース。フリーク家系列の男爵家で代々当主は女性と貴族間では珍しいところがある。そしてパチィース家で生まれる子どもは女児の割合が9割を超えて、使用人も合わせてもパチィース家内での男性の割合は1割も超えないとの調べだ。噂として男性に厳しいというのも補足されている。
ここまでが潜入前で分かる情報らしく問題は潜入した後の資料だ。
噂は本当らしく、潜入した女のメイドさんが言うには男性は汚らわしいものと同じような扱いを受けていたという。男性の触ったものは即刻消毒され、衣服や食事は平民よりもひどい。それは使用人さんに限らず婿養子として嫁いでこられた旦那様もミロル君本人も受けていたらしく指摘しようものなら折檻を受けたと書かれていた。
女尊男卑、この言葉に尽きるだろう。資料の最後に書かれていたのはメイドさんの状態だった。体は痣まみれで鞭でたたかれた跡がいくつもあった。それ以前にメイドさんの旦那さんを見るや気持ち悪いものを見る目をしていたらしく、この様子から折檻と共に洗脳まがいののこともしていたと考えられると書かれてあった。メイドさんに多額の資金を渡し、治療と洗脳を解くために休養されて現在は戻りつつあると最後の分に書かれていた。
最後の資料は何故従者にしようと思ったのかという理由と出来れば探ってほしいという報告書と使命が書かれたものだ。従者にしようと思った理由は、父の昔の友人でもあり現パチィース家当主の旦那さん本人からの懇願だ。『このままでは息子は命を落とすかもしれない。家のためにと深く考えず婿養子に出た俺の落ち度でしかないが息子のことを頼みたい。身勝手なお願いだがどうか聞き入れてほしい』とボロボロの手紙に書かれていたそうでその分だけ少し歪んでいた。父からの使命はミロル君を通してメイドさんの後のパチィース家の動向を探ることと彼自身の精神状態を調べることらしい。
コンコンッっと応接室の扉がタイミングよくたたかれた。
「どうぞ」と言うと恐る恐る開かれた扉にいたのは目に光をともしていない少年だった。
髪は全体は茶髪だが水色のメッシュがあり、瞳の色も光はともしていないがおそらく茶色なのだろう。第一印象は大人しそうな綺麗な少年だが、服装は半ズボンの執事服とショタという言葉が似合いそうだ。元の世界での友達にショタコンがいたから少し反応してしまったが、服を着ていてもやせ細っていることが分かる。
「ミロル・パチィースです。本日よりホーチマ様の従者として仕えることとなりました。どうぞよろしくお願いします。」
「イヴ・レリブローだ、今は家にいるが現在はモカ様の護衛従者としての責務を担っている。お互い従者としての最善を尽くそう。」
無難に私は挨拶をしてみる。
「こちらに来て少し話を聞かせてほしいんだけどいいかな?」
「わっわたくしめがそのような綺麗な椅子に座るなど…。お話でしたらこのまま立ったままで結構です。」
「じゃあ私も立ったまま話をしようか…と言いたいところだけど立ったままだと落ち着かないからやっぱり座りたい。一人だけ座って相手は立っているっていうのはなんか嫌だから君も座ってくれるとありがたいんだけど。」
「しかし…」
「じゃないと私は地面に座って話を聞き始まるぞ」
謎の脅しではあるが効果はあったらしい。恐る恐る椅子に座ったミロル君は少し顔をほころばせた。
「ふかふか…」
「紅茶と水どっちがいい?」
「飲み物の準備までさせるわけには」
「あ、ごめん言い忘れててた。この部屋にいるときは私をレリブロー家の次女じゃなくてただの従者の同僚として扱って欲しい。だから無理な敬称とかつけなくていいよ。そっちの方が私も楽だしさ。」
「は…はい…」
まっ、私も敬称なしでいいよって言われても出来ないから人のこと言えないけど。
「はい紅茶、好みでミルクと砂糖を調整してね~。」
「はい…あっ美味しいです…」
「それはよかったよ。でもまだまだ練習中だからもっと美味しく入れたいものだ。」
ちなみに私は全力で紅茶をミルクティーかというほど甘くまろやかにしている。
もともと紅茶はあまり飲まなかったのでやっと馴染んできたところだ。麦茶が飲みたい…。
「さて本題の話をする前に、軽く三つの質問をさせていただくよ。」
まずは使命の彼の精神状態を調べるために軽い質問をしてみる。本題の前ということである程度肩の力は抜けるはずだ。
「一つ目は、もうホーチマに会った?」
「はっはい…すでにお会いしました。挨拶も既に済ましております。」
「ほうほう、では二つ目の質問だ。ホーチマと会ってどう思った?君が思ったことそのまま、印象でもいいから教えてほしい。」
「そう…ですね…。とてもお優しい方です。こんな僕に手を差し伸べてくれて、これからよろしくと言ってくださいました。初めて会った時と変わらず純粋な目で、僕のことを…」
「え?待って今日が初めての対面じゃないの?もうこれが三つ目の質問でええわ。」
「はい…今日よりもずっと前に一度お会いしたことがございます。イヴ様ともその時に…あっお会いしたといっても挨拶を交わしてはいないので一方的に見ただけですが…」
待って話が違う。めっちゃ初対面だと思ってたのに。
「ごめん四つ目になるけど、いつどこで会ったん?」
「えっと、一刻前の王国主催のパーティーでです…。」
「三つとか縛らんでよかった…。ごめん五つ目、というよりもう本題いくわ。君は当事者としてパチィース家をどう思う?」
やはり自分には隠し事をして話すことは苦手だ。ニックにもモカ様にも嘘をつくのが下手だねと言われているだけある。
本題を話した途端、ミロル君が震え始めた。
「気分を害したら悪いが私から見たらパチィース家は異常や。その家にはその家の方針があるのは理解できるけど、人格否定と性別による差別と折檻という名の虐待はただの犯罪やと思ってる。折檻は肉体的な死があるし、人格否定や差別は精神の死でもある。いわば殺人と同義や。ミロル君も薄々気づいとると思うけどすでに君と君の家のことは調査済みや。この調査は個人的な視察ではなく、国民の安全のための調査であり国王陛下の許可が出ている者での結果や。」
資料に押されてあった主因はレリブロー家とフリーク家の家紋、そして国の国旗の朱印。国の国旗の朱印は国王しか押してはいけないもの。つまり潜入捜査は従者をする者に対しての調査として雇われたというのは表向きの理由で本当は過激な噂がある以上、国民の安全と平和を守るために国王直々に捜査隊に命令したものだ。
今も応接室の外には国の使者の者がいる。
大人だと警戒されてぼろが出にくい。かといってホーチマや姉では万が一のことが考えられる。いくらか鍛えて尚且つ国の重鎮の護衛をしているという国からの圧を持っている私は当事者本人への聞き込みにうってつけなのだろう。
元の世界の方言が出ているが関西弁は圧があるからちょうどいい。何ならこちらの方が楽だ。
「さて、ほんまならここで君は何をされてきたんかと聞きたいところやけど私が今一番知りたいのは君はここで働いてもいいんかっていう確認や。従者という仕事はメイドさん方や執事さん方と同じで人に接待をするものや。敬称や敬語はちゃんとせなアカンし自由時間はあんまりない。常に周りに気を配って従者の主人でもあるお人に不快な思いはさせないように配慮することが義務になる。主人が自身と相性が合わんかったり、嫌いや負の感情を抱いている相手の奉仕なんてストレスは溜まりっぱなし。それでも君は、自由を代償に侯爵家次期当主の従者をするという責務を負う覚悟はあるんか?」
モカ様と私の相性はいいと思う。なんなら推しのお世話なんて苦にもならないからストレスは今のところモカ様に抱いたことはない。ストレスは体を蝕む遅効性の毒であり、仕事とは生活を支えるためにあるものである。その生活を仕事で出来たストレスによって侵されることは本末転倒だと私は考えている。
紅茶の中身は自白剤を含んだ茶葉(協力:キノンさん)を使用しているので嘘はつけないはずだ。流石魔法のある世界。自白剤も存在するとは…。
「あのお方は…ホーチマ様は…神様でございます。」
ん?
「もしくは神様に祝福されし神様の子でございます。でなければ塵のような僕に手なんて差し出したりなどは致しません。」
あれ?なんか予想と違う
「ホーチマ様のような尊いお方のお側にいられるだけでも光栄なことなのに、お世話もしていいなんて!これはご褒美か何かなのでしょうか⁉ホーチマ様に自由を奪われる?どうぞどうぞ、元より僕の自由はホーチマ様の者でございます。あぁ、あの地獄のような家から出られて尚且つ尊いお方のお世話ができるなんて今までの苦労は全てこの日のためだったのですね。殴られることも蔑ろにされることもホーチマ様にお仕えするとなるととてもいい練習でした。虫唾は走りますがあのくそババアとゴミのような女たちには感謝でもしておきましょうか。なんにせよ、ホーチマ様の素晴らしさはあのゴミどもにも恩恵を慈悲を与えたのでしょう。やはりホーチマ様は平和の象徴でございます。この国に、いえこの世界の生命体全てにホーチマ様の素晴らしさを自覚していただかないといけませんね。」
あっこの子信仰形布教型オタクだ!自白剤ってこんな効果あったっけ⁉
あと普通にくそとかゴミとか言っているので家族と周囲の人に関しては嫌悪感しかなさそう。
これならすんなり内情を話してくれそうだな。
自白剤すげぇ。
「聞いておられるのですか⁉」
「おー聞いてる聞いてる」
その後もミロルのマシンガントークは続いた。
相槌をうちながらパチィース家ではどんなことをされたのかとかの内情を聞き出す質問をしてみたらすんなり答えてくれた。顔を歪ませて憎悪と情がこもった声で話してくれた内情は、胸糞の悪い話だった。物心がついたのは4歳からだそうで今までは女の子の格好をさせられていたようだ。妹が産まれて男児と女児の違いが見ようとしなくても目についてしまうようになると当主は暴力と暴言を浴びせた。止めようとする従者には躾という洗脳を、子孫を残すためと嫁がせた夫には家畜以下の扱いをと暴君もいいところだ。流石に領土に住む平民まで手を出すような頭の悪い人ではないようだが、腐っているところが一部でもあると全体に菌が回るのと同じで女尊男卑の被害は今も領土内で多発しているらしい。
この国ではどんな出自であろうとも出生届を提出することが義務付けられている。この国の成人年齢である15歳になるまでの子どもの情報も逐一記録しないといけない。勿論、子どものいる家庭には国から15歳になるまで養育費なるものが支給されているので大概のことがない限り育てられる環境でもあるのだ。それでも育てられないという家庭もあるのでその場合は国が子どもを引き取る形となっている。なのでそこまで男という性別を嫌うのであればミロルを国に引き取ってもらうことも可能だったのにしなかったのは恐らく世間体なのだろう。早々に対処する必要と原因を突き止めるべきと報告書に記載しておこう。
ちなみに何故ホーチマにそこまで敬愛するようになったのかと聞くと、
『王国主催だからと嫌々連れてきておいて自慢の息子だと周りに宣うくそババアに「ねぇ父様、あの人は仮面でもつけてるの?明らかに噓をついてる空気が体からにじみ出ているのに、あんな笑顔が出来るなんてすごい仮面だよね!」と大きな声で言われていたのです。あの時のくそババアの真っ赤な顔といったら…くくっ。そして近くにいた僕と目が合ったホーチマ様は手を差し出してこう言ったのです。「君の瞳、ぼくの大好きなプリンみたいで凄く綺麗!お友達になって欲しいな!」と。その後、ホーチマ様は僕の残る傷跡を模様だと思いカッコイイとも言ってライア様に話していました。あの事があったからこそ僕は今ここに来れたのです。』と涙を流しながら語っていた。
ミロルは紅茶の入ったポットがなくなるまで話し続けていた。
外で待機されていた王国の方には必要な部分だけを書いた報告書を渡しておこう。
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ミロルと対面して二日が経過したこの日はついに婚約を申し込まれたご令嬢との面会日だ。
私との対面は午後からで午前いっぱいはホーチマと両親が対面するというスケジュールになっている。
情報が少なすぎるため父には対面したときにいくつか探りをいれてもらっている。
ミロルもホーチマの従者としてともに対面するらしくその時の第一印象を教えてほしいとお願いしていた。
対面が終わった父とホーチマから聞いた話で集まった情報は、
『おっとりしていて物腰も上品。友好的に感じられる笑顔を常に絶やさないがバブゼル家のことを少しでも触れようとすると話を変えられるという頭が切れる部分があった。』
『流行りのものを身に着けていることからかなりのおしゃれ好きだと思われる。ホーチマ様を見る目が明らかに違う。何故だか生涯の敵にあった気分になった。この婚約はしない方が良作!』
ということが分かる。
父の話からするに食えない相手ということだろう。ミロルのは…前半の部分を見るに普通の女の子ということが分かる。後半はほぼ私情だな。
コンコンッ「失礼しますモカ様、ルチア・バブゼル様がお見えになられました」
「あぁ、入ってもらっても大丈夫だ。連絡ありがとう」
このところタイミングがいい時に人物が来るな。何かの兆しなのか単なる運なのか…
「初めましてイヴ様。お待たせしてしまい申し訳ございません。」
開かれた扉から入って来たのは一言で言うと美少女だ。
ロングヘアの濃紺の髪はハーフアップに近い髪形にされている。確か今の流行りの髪型はお団子だったな。よく見ればハーフアップにお団子をしているので流行りではある。顔の右サイドの房には黄色、左サイドの房には桃色の髪留めがされている。
流行りのもう一つに紅白が基調のアクセサリーを身に着けることちあったが、彼女は白色のストールに赤色の腕輪をしているのでまぁ流行りを意識していると言えばしているのだろう。
それにしても今は夏だというのに暖かそうな衣服を身に着けているな。
バブゼル家の領土は寒冷地に近いこともあって着込んでいるのは分かるが流石に暑いだろう。エアコン以前に扇風機もないこの世界では外から吹く風か氷からの冷気でしか涼めない。
「初めましてルチア・バブゼル嬢。お会いできて光栄です。暑くはないですか?ストールくらい外しても構いませんよ。」
「お気遣い感謝いたします。私はこのままでも大丈夫ですわ。」
と人のいい笑顔で返されてしまった。本人が大丈夫だというのなら無理強いはしないでおこう。
「どうぞおかけください。紅茶の準備は整っていますので今お淹れるしますね。」
「まぁ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えますわね。」
ルチア嬢が椅子に腰かけるとに私は紅茶を淹れたカップを彼女の前に置いた。
「さて、準備は整いましたね。それではお話合いと参りましょうか。」
「その前に少しいいですか。イヴ様は何故敬称を渡しにお使いなさるのです?イヴ様のほうが身分は上であり、私に敬称は不要ですのよ」
「最初から敬称なしで話すなど馴れ馴れしいではありませんか。それも、弟の婚約者になるかもしれない貴方には少しでもいい印象を持ってもらった方が得策でしょう。」
「正直にものを言うのですね。でもご安心ください。元より貴女様方にはよい印象しか持ち合わせておりませんの。そう畏まらないでくださいまし」
「じゃあ遠慮なく普段のスタイルでいかせてもらおうか。」
今回は方言が出ないようにしないと。後いくら敬語を使わなくてもいいからと言って高圧的な態度はとってはいけないように…。ルチア嬢が紅茶を一口飲んだタイミングで私は話し始めた。
「ホーチマとの面会はどうだった?昨日からルチア嬢との挨拶に無礼がないようにと練習していたんだ」
「まぁそうなのですね。なんともお可愛らsンンッ!失礼いたしました。ホーチマ様のご様子は少し頬を赤く染めながらも紳士な対応をしていただきました。」
「それはよかった。練習の成果以上にホーチマの性格が出たんだろうね。貴方と今日会うことをとても楽しみにしていたからよかっ…たんだけどどうした?顔を抑えて」
「いえ少し…私もホーチマ様と合えることを楽しみにしていましたので嬉しくて。顔が緩んでいましたの、お恥ずかしい…」
ダメだどうしても顔を抑えるのは尊さに耐えているオタクの仕草にしか見えない。
なんなら自分もするし最近同じ仕草をする同僚が増えた。
まさかルチア嬢、君もなのか…⁉
「いえいえ、ルチア嬢が楽しみにしてくださり家族としてとてもうれしい限りだよ。それで一つお聞きしたいのだけれど、何故婚約を申し込んだんだい?」
質問をした途端、ルチア嬢はまた人のいい笑顔に戻った。
「先ほどもライア様にお伝えはしましたがこの婚約のお話は私自身が父に頼み込んでしたものです。バブゼル家ではなく私自身の意志でございます。」
今回の紅茶の中身にも自白剤の茶葉(協力:キノンさん)を使用しているのでこれは本当なのだろう。
前回のようなバーサーカー化がなければいいのだが。
「なら何故お嬢さんがホーチマの婚約者に名乗りをあげたんだい?理由がないなんてことはないだろう。」
「それはもちろんなのですが…えっと…。ホーチマ様がお優しくて格好良かったので…」
人のいい笑顔が崩れかけている。あと少し
「こんなことを言っては何だが優しいのは表面上だけかもしれないぞ。かっこいい人なら他にもいるかもしれない。ホーチマでなければいけない理由はないのかい?」
企業の面接のようになってしまったな。でもありきたりな理由では誰でもいいのではと思ってしまうし、ちゃんとした理由が聞きたい。
「ホーチマ様の優しさは純粋そのものです。そんなホーチマ様の魅力に気づかれる前に隣を確保しておかなければ…私が怒り狂ってお相手を亡き者にしてしまいますわ。」
おっと既視感が
「ホーチマ様のあのカッコよさからたまに見られる可愛らしさ。少し経った現在もその魅力は増していくばかりで一刻も早く妻の座を手に入れなければ数多の人がホーチマ様を狙いに来てしまうのです。私だけのホーチマ様がどこぞの馬の骨なんかに取られてはいけませんわ!ホーチマ様のカッコよさも可愛らしさも純粋な心も何もかも全てが私のでないと気が済まないのです!ホーチマ様に一番に思ってくださる相手も愛してくださる相手も私でないと気が狂いそうになるのです!」
あっこの子信仰形同担拒否オタクだ!しかも夢系だ!
これは地雷を踏んだら大変なことになるぞ!今までの雰囲気が一気に吹き飛んだな。
「私とホーチマ様との出会いは春の刻に開催された花のお茶会でのことですわ。私は花の美しさに気を取られお母様たちとはぐれてしまいましたの。少し泣きそうになった私にホーチマ様は現れましたの。「綺麗なご令嬢さん、よければこの薔薇を受け取ってほしいな。」と言って一輪の黄色い薔薇をくださいました。あの時のホーチマ様はほかのどの男性よりもかっこよくて見とれてしまいましたの。その後も、ホーチマ様は私と一緒にお母様たちを探してくださり逸れないようにと手をつないでくださいました。お母様たちを見つけられた時によかったと喜んでくださった笑顔は今までのカッコよさから一転して可愛らしさがあって「あぁ、この人が私の運命のお人なんだな」と思ったのです。それと同時に周りがホーチマ様に視線を送っていることに気付いたのです。このままではホーチマ様はどこぞの誰かに取られてしまう!焦った私はすぐにお父様にお願いして今こうして婚約を申し込んでいるのです!ホーチマ様のお隣は絶対に私でないといけないのです!そこのところどうお考えですか⁉」
「うん、家のために婚約を申し込んだとかで疑ったことを申し訳なく思うほどの重い愛の感情だ。」
「家のためではなく私のためですわ!お父様に無理を言って婚約の申し出をしてもらったのです。今まで関りがなかった同系列のお家同士での婚約なんて絶対に警戒されると思っておりましたが、イヴ様が理解できるお方でよかったのです!本当はここまで話す気はありませんでしたの。警戒される方々の前でですとこのお話をしても信じてもらえれるか不安しかなかったものですから。でもイヴ様が信じてくださったようで安心しましたわ。それでなのですが…イヴ様は私とホーチマ様との婚約を賛成してくれますか?」
絶対これ自白剤とほかにもなんか混ぜてあるな!感情を爆発させとるがな!
というより目が肉食獣のそれなんだけど。これ反対したら殺されない?
「私は、結婚は愛のある者同士でするものだと思う派の人間だ。ホーチマを愛してくれている君に全力で協力しよう。」
「ハワァァァ。ありがとうございます、イヴお義姉様♡あっ、あとお聞きしたいのですがホーチマ様の隣にいるあの従者は何なのですの?ホーチマ様に向ける視線が他の方々とは違いすぎますわ。それに私とは対立しているような気がしますの。ですから、あの従者をホーチマ様専属の従者から外すことはできませんか?」
「出来ませんねー」
実際に対立はしているから何も言えない。主に解釈の違いで。
でもホーチマにセコムが増えるのはいいことだ。あのほわほわしてる純粋な弟に頼もしい人が身近にいてくれるのは姉としても有り難い。周りに被害さえなければ問題はない。
とにかく私は帰省理由でもある使命を果たしたわけだ。これであの絹織物がもらえるというのだから安いものだろう。
さて、そろそろ報告書をまとめないとな。書くことが多すぎてまとめられるか心配だが、何とかなるだろう。
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父にパチィース家に関する報告書を提出した後に二人がホーチマに向ける思いの十分の一以下をまとめたものも提出しておいた。確認した父は笑っていて近いうちに従者も婚約も承諾するのだろう。
さてここで問題だ。オタク内で解釈の違いが起こった時どうなるのが多いでしょう?
1︰言い争う
2︰相手の解釈を変えようとする
3︰許容する
さてど~れだ♪
「それは聞き捨てなりませんね。ホーチマ様の魅力を世に知らしめるためにホーチマ様の素晴らしいところを他の方に語るのは義務であるのですよ。この神のようなお方を独り占めなんて罰が当たるとは思わないのですか⁉ホーチマ様信仰教として貴方のその認識は信仰に違反しています!」
「寧ろほかの方に時間を取られてご自分との時間が減っても貴方はよいのですか⁉ホーチマ様をお慕いする信仰教の中で貴方のような異教徒がいますと士気が下がってしまいますわ!一刻も早く認識をなおすか脱退をしてくださいまし!」
かれこれ二時間に続く二人の信仰者の争いに何故か巻き込まれている私。
そして信仰されている本人のホーチマは現在、私の膝を枕にして夢の中にぐっすりだ。よくこのうるさいところで寝られるな…。
衝突は避けられそうにないとは思っていたがこんなに早くとは思わんだろう。
「二人ともストップしときな~。そのままだと成長したホーチマに「二人は仲がよさそうだし、もしかしたら恋仲になりたいのかも」って認識をされるようになるのがオチだぞ~」
「うわっ」「ひぇっ」
何はともあれ弟に激重な好意の感情を向けているので被害は(ホーチマには)出ないはず。
今のところ被害は私のみなのでいいのだが私が城に帰るとどうなるのかが不安だ。
二人からはホーチマの話を聞いてくれる人という謎の信頼を得ている。
信頼されるのは有り難いが衝突は他でやってくれ。信仰はしていない一般ピープルなんだ。
え?じゃあ私はどう思ってるのかだって?弟は弟で家族という感情しかないだろう。
この一連の話をニックとモカ様にお話ししたが二人ともが笑いながら頑張れという言葉をいただいた。
以上
内容:ホーチマは天然の人たらしかもしれない
感想と反省:
・家庭訪問みたいでいたたまれなかった
・宝陽の絹織物、もらえたのはよかったけどどうしよう…
・やはり気が抜けると方言が出てしまうからできるだけ出さないようにしよう
・地雷怖い
補足:ホーチマに二人のことを聞いてみた
ミロル→前よりも瞳の色がプリンみたいに輝いていて友達になれてよかった!従者っていうのはよくわからないけどずっと一緒に入れるってことだよね?これからもずっと仲良くしていけたらいいなぁ。
ルチア嬢→とっても可愛い子でびっくりしたよ。ルチアさんとボクが将来父様と母様のようになるんだと思ったらボクも頑張らないとって思っちゃったんだ。だってこんなに可愛い人の隣に立つにはカッコよくいないといけないでしょ。
二人に話すと感涙して熱を出ていた。